自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2017年09月20日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチにやって来るハチワレ(仮称)です。

   【 ハエと蚊の役割り 】
 
 大学における研究とは、テーマを見つけ、仮設を立て、検証するということだ。

 研究結果は常に世界初の物でなくてはならず、誰かが発表した後で同じ物を公表しても全く価値がない。
昨今ではそういった意味で研究者は皆、過酷な環境に置かれていると言える。

 原因はコンピューターとインターネットの発展だ。これにより研究者は文献の検索等で大幅な時間の節約ができるようになったと同時に、秒単位で世界のライバルと競い合わなければならなくなり、敏速に成果を上げられない研究者は大学を追われるのだ。


「諸君、山田教授の『南洋・地衣類研究室』が廃止になった」
 一週間ぶりに全国食べ歩きを終え、研究室に戻ってきた内村教授の第一声がこれだった。

 諸君と言われても、この研究室には助手の俺と大学院生の未華子しかいない。
 俺と未華子はお互いに顔を見合わせながら「やっぱり」と呟いた。

 山田教授の『南洋・地衣類研究室』は、表向きは『南洋における地衣類の研究を通し、新薬の開発をする』というものだが、実際の所、教授はサーフィン好きでその為に南洋を選んだだけなのだった。研究所員も皆、今時珍しい小麦色で潮焼けしており、あまり研究熱心とは言えなかった。

「これで今年、我が研究室が廃止されるという最悪の事態は回避されたと言える!」
 教授は胸を張り、未華子は小さく拍手したが、だからといって来年度の存続が約束されたわけでもなかった。

 我が研究室は主に『種の役割と有益性』という漠然としたテーマの研究をしており、山田教授の『南洋・地衣類研究室』と共に廃止リストの最上位にあったのだ。

「しかし教授、大学側からはこの所ずっと、早く研究論文を上げろと催促されています! 目に見えた成果が出ないと明日は我が身ですよ」
 俺は脳天気な教授に、少し危機意識を持ってもらいたかった。
 他の研究室からも誘われている未華子と違って、俺の場合は研究室の廃止=失職=ホームレスだったからだ。

 だが教授は俺の苦言に対し、ニヤリと笑うと、
「心配するな吉田君、ちゃーんと秘策を練ってある」
 と言ってポケットからUSBを出した。

「なんですか? それは」
「名誉教授の丸岡さんから借りてきたI◯M社のAI(人工知能)、『できる君』だ」

「そんな小さい物に入ってるんですか?」
 未華子が目を丸くした。
「そうなんだよ。もっともこのUSBは128ギガもあるけどね」

 教授は得意げだが、それはおそらく機能を簡略化した、『お試し版』だ。
 1週間しか使えないし、規約により研究発表にも使えない。本物の『できる君』はウチのような貧乏研究室で使えるような値段ではないのだ。
 それを指摘すると教授は、
「勿論、分かってるさ。これを起動すると1週間だけI◯M社のスパコンと繋がり、膨大なデーターを検索しながら仮説を検証させることができる。僕はね、今までに書き溜めた多くの仮説を1週間の内に全て検証させてみようと考えてるんだ」
 と得意気に言った。

「例えばどんな検証をさせるんですか?」
「そうだねえ。『絶滅危惧種は食物連鎖上で役割を終えた種か』というのはどうだい?」
「面白いですね。打ち込んでみましょう」
 すると・・・、

A [なんとも言えない。⇒ 種を限定する等、質問の仕方を変えること] 
という答えが帰ってきた。 

「なるほど。では『パンダは食物連鎖上で役割を終えた種か』と打ち込んで見なさい」
A [Yes 現在においてパンダは食物連鎖の傍流を担っているに過ぎず、その見方に於いては有用な種とは言えない] と出た。

「えー、ひどい言い方です。パンダ、可愛いのに!」
 未華子が抗議した。

「だから、食物連鎖上はだろう。客寄せとしては十分に有用なんじゃないの」
 と俺はなだめた。

「では食物連鎖上で最も重要な生物はなんだろう?」
 教授が興味本位で質問を打ち込んだ。

A [答えは、ハエ。蝿は生物の屍処理に最も適した生物である。この役割を代替する者としては菌類が考えられるが、菌類の異常な繁栄は全ての多細胞生物にとって危険!]
 と、出た。

「驚いたな。そういう見方もあるのか。すると蚊も重要な役割があるのか?」

A [答えはYes。 全ての生物の中で最重要な役割を持った働き者]
「だそうな。何故?」
 AIは数多くのデーターから驚くべき推測を述べた。要約すると・・・、

 環境の変化は人為的な物でなくとも、地球上では絶えず起こっており、進化を忘れた種には終末が訪れる。蚊は血を吸うことによってベクターウィルスを感染させ、多種間での遺伝子交流を促進させる役割を担っている。故に蚊が絶滅すると地上の生物も絶滅する。
 ちなみに水中の生物の場合は水事態がウィルスの感染に寄与していて、蚊がいなくても滅びることはない。

 という事らしい。

 教授はこの仮説を気に入り、次の論文は『地球生物の生態連鎖における、パンダの不要性とハエ・蚊の有用性』で行くと言って興奮しているが、パンダを愛する世界中の人々から石を投げられるのが必至だ。
 と、そこで俺はある事に気づいた。

インターネットに繋がった状態のAIで、仮説の証明や研究論文の作成をすれば、それらは全てビッグデーターとしてI◯M社の知るところとなり、同種の研究論文を先に発表されてしまわないのだろうか? また、そんな道義的に問題のある事をしないとしても、各大学の研究室が何を研究しているのかは筒抜けになるに違いない。

 我が慶明大学でも丸岡・名誉教授が、お試し版をばら撒いているとすれば、各教授の研究内容がビッグデーターとして取り込まれていたとしてもおかしくない。

 と、すると・・・。

 俺は試しに、慶明大学において現在最も不要な研究室はどこか? と聞いてみた。
 すると案の定・・・、

A [それは内村教授とその研究室]
 と、予想通りの答えが帰ってきた。
 ウチの研究室の価値は、ハエや蚊には遠く及ばないようだ。

            ( おしまい )

   
y001
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2017年08月23日 (水) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のない、めっちゃ君です。


       【 方技官5 御獄舎 】
    
 紀尾井町にある官舎の一番外れに『御獄舎』と呼ばれる建物がある。
 
 外見は他の官舎と変わらないが、官吏の出入りは無い。
 
 それどころか、よく見ると窓も壁に貼り付けてあるだけで、実際には付いていない。
 
 ここは内閣官房付きの組織、封魔方が管理する霊封じの館。早い話が祓おうとしても祓えないしつこい霊を閉じ込めて置く、幽霊専用の監獄なのだ。


「田端君、ちょっと」

 俺は、十朱補佐官と世間話をしている、この春入所したばかりの田畑職員を呼んだ。

「君は陰陽寮(封魔方のライバル組織)の古川君と知り合いだったと聞いたが?」

「はい、八柱方技官。私と彼とは延暦寺大学で共に密教学を専攻した仲でした。それがあんな事になって・・・」

「葬儀にも行ったんだね」

「ただもう家族の方にも申し訳なく顔を合わせる事もできませんでした」

「それは君のせいじゃない。彼は封じてはいけない『神』を封じようとして怒りを買ったんだ」
 

 今から一週間前の話になる。

 陰陽寮の詰所(事務所)に、栃木県の某市から祟りを鎮めて欲しいという依頼があったのだ。『先行して何が起こっているのか様子を見て来い』と、上司の希沙良次席方技官から言われた古川は、田端を誘って現地に向かった。

 そこでは県道のバイパス工事が行われていたのだが、『不貫の藪』と呼ばれる一帯の工事に取り掛かった処、けが人が続出しだしたという。

 古川と田端は現場で話を聞き、藪の中に立ち入ってみると、江戸時代に張られたと思われる古い結界があり、そこに『何人も立ち入るを禁ずと』書かれた苔むした石碑があった。

 このようなものが出た場合は、何もせず上司の判断を待てと言われていたにも関わらず、古川は「俺が鎮めてやる」と経文を念じ始めた。田端は「危険だ!」と止めたが、「工事を遅らせるのは気の毒だ」と魔封じの経文を念じたという。だが、彼が封じようとした物は単なる悪霊ではなく神だった。

 いわゆる邪神だったが、普通の悪霊とは桁違いの霊力を持った存在で並の霊能力者程度の実力で何とかできるものではない。
 事実、古川が笑いながら工作機械に飛び込んで自殺し、田端は一心不乱に奇妙な踊りを続けているという報告を現地に飛んだ吉岡補佐官から聞いた俺は、県の建設局に自ら乗り込んで、藪を回避するルートに変更するように強く指導した程だ。


「実は古川君が自分の死を受け入れられず、未だ陰陽寮に出勤しているらしい」

「そんな馬鹿な……」

 田端が絶句した。

「勿論、通常の組織ならば誰もそれに気が付かないから良いんだが、陰陽寮の職員は全員能力者だからねえ。希沙良君も困っているらしい」

「希沙良さんは張本人じゃないですか。古川を説得できないんですか?」

「説得しても、『冗談を言わないで下さい。僕はこの通り生きてるじゃないですか』と言うだけで、葬儀の写真を見せても、『そういうアプリが出回ってますねえ』と言って笑うらしい」

「ああ、ありますね。そのアプリ。先程、十朱補佐官が見せてくれました」

「そこで、希沙良次席方技官からの要請で古川君をある場所に連れて行くことになった。そこに君がうまく誘導して欲しいんだ」

「ある場所? お寺とか?」

「いや『御獄舎』だ。知ってるね」

「はい。悪霊を封印する目的で作られた官舎ですね。そんな所にですか……」

 田端しばし絶句した。

「やむを得ない措置なんだよ。それに、彼が心から死を認めた瞬間に開放されることになる。これは大事なことでね。『御獄舎』から逃れる目的で死を認めても、出ることは不可能なんだ。心から悟らないとね」

「分かりました。で、古川はいつ来るんですか?」

「来てますよ。すでに」

 希沙良の声がした。

 庶務室の端においてある来客用の椅子に神出鬼没の希沙良が座っており、その横に極めて影の薄い古川が揺れながら立っていた。

「見えるか? 田端」

「見えます……」

 田端もまた能力者だから幽霊を見るのは初めてではないが、友人の幽霊はおそらくこれが最初の経験だったようだ。
「では、よろしく」

 何事にも調子の良い希沙良が古川を残して部屋を出た。

「しかたがない。田端行くぞ。それから吉岡補佐官、お前も付いて来い」

「え、私もですか」

 テレビのワイドショーで電車事故に巻き込まれ、ケガをしていたタレントが復帰したという映像を見ていた吉岡が不満そうに言った。
「『御獄舎』はお前の設計だ。どんな霊を収容しているのかも一番詳しいだろう? この機会に新人君にも説明してやってくれ」

「わかりました」

「俺の車で行くぞ。ガレージにやつ(古川)を見学会に行くとでも言って連れて来い」

 そう言うと吉岡が止めた。

「駄目ですよ。そんな事をしたら古川君にバレまっすって。八柱方技官の愛車・マセラティGT-Sは、僕と田端君だけでもギュウギュウなのに、どうやって古川まで乗せられるんですか。おかしいと気づかれますよ」

「やつは、自分の葬式に出てても気付かず毎日出勤して来るんだぞ。そんな鈍いやつはヒザの上にでも乗せとけ」

 お茶を飲みながら話を聞いていた十朱補佐官がクックと笑った。

 俺と吉岡、田端、それに古川を乗せた本来二人乗り仕様のマセラティGT-Sは、無事紀尾井町の『御獄舎』に到着した。

 他の官舎の側面にある花壇がツツジなのに対し『御獄舎』は全面ヒイラギに覆われているということを除けば、偽の窓も良く出来ていて、さほど違和感は無かったが、玄関は眼球の虹彩認証と厳重で、責任者のものでないと開かない為、俺が開けた。

 中は人の気配がなく、受付を兼ねる管理室を含め寒々としていた。例えて言うなら廃病院に近い。

 俺は受付に座っている、元封魔方職員の小倉に訪問内容を告げた。

 この小倉という男も既にこの世の人間ではない。

 本人は自分の死を悟っているので、ここにいる必要はないのだが、責任感の強い男だったので、誰かが管理しなければならない『御獄舎』の管理人に収まっていた。遺族には年金にプラスして給与が振り込まれている。

「八柱方技官、施設の案内が終わりましたら声をかけて下さい」

 小倉はそう言って壁の中に消えた。

「ヒエッ」

 この施設の事をよく知らなかった古川が思わず声を上げた。

「驚くのはまだ早い。ここの住民はちょっと変わってるぞ。吉岡、先導して案内してやってくれ」

 俺は吉岡に施設の案内を頼んだ。

「じゃあ、まず二階から」

 吉岡は田端に古川から目を離すなと、言いつけて階段を上がっていった。

 『御獄舎』にエレベーターはない。それは義務付けられている保守点検が出来ないからだ。

 二階は薄暗いLED証明の廊下を挟んで小部屋が両側にズラリと並んでいた。

 小さな窓から覗き込むと、窓すらない部屋の中に祭壇がひとつ置かれている。ここにも電球色のLEDランプが灯されており、壁には、おそらく住民のものと思われる古い写真や死亡届のコピー等が貼られていた。

「なんだか不気味な部屋ですね。住民はどこに?」

 と言いかけた田端が直後にギャッと悲鳴を上げた。

 顔の歪んだ老人がいきなり窓の前に現れて田端を睨みつけたのだ。

「心配するな。今はまだ敵意の塊だが、この部屋からは出られない。彼は数年前に建て替えられた某マンションの一室で孤独死していた男だ。現場で祟るので僕が頭に札を貼り付けて連れてきた」

「そんな人ばかり集めたアパートですか」

 今まで何も喋らなかった古川が初めて声を出した。小さな声だった。

「そうみたいだな」

 田端が相槌を打ってやった。

「三階は女性が収容されている階。死後に性別は関係ないが、中には色情狂の霊もいるし、異性に対してものすごい憎しみを抱いている霊もいるのでね」

 吉岡は三階の一室を紹介した。田端が覗き込むと天井から首を吊ってぶら下がっていた女の霊がクルリと向きを変え田端を見てニタリと笑った。

「恐ろしい……」

「こんな連中を恐れてもらったら困るね。ここにいる者で、本当に怖いのは地下にいる霊たちだよ」

 俺は田端に言った。

「では、地下に行きますが、意識をしっかりと保っているように」

 吉岡が真顔で言った。

 地下は、特に呪い方がきつい霊の他、神格化が進んだ極めてやっかいな霊達が収容されているのだ。

 その為、我々全員が痛みを感じるような、生者にまで影響を及ぼす強力な結界を、管理人の小倉に一時的にレベルダウンしてもらって入る必要があった。

 地下室のLEDは青みがかった色だった。

 これは攻撃性を緩める効果があるのだ。

 どの部屋の戸口にも二階や三階では貼られていなかった、御札がべったり貼られている。能力者が見れば極めて徳の高い僧侶か神職が書いた強力なものと分かるだろう。

「なるほど。これは生身の人間でも火傷しますね」

 と、生身の人間でない古川が感心したように呟いた。お札に触れたのか彼の右手から煙が立ち込めていた。

「わあ、本当だ!」

 ちょっと触ってみた田端が悲鳴を上げた。

 俺と吉岡は顔を見合わせた。

 と、一番奥にある空間がパッと明るくなった。

「彼女がステージを始めるようです」

 いつの間にか背後にいた管理人の小倉がそう言った。

「先生が歌われる時は、夜中だろうが何だろうが駆けつけて鑑賞しなければなりません」

 小倉がそう説明した。

 ここに収容される時には普通にやっかいな霊だった者が、ある日力を帯びて神格化することがある。彼女はそんな霊なのだ。

「今、一番人気のある歌手がカバーしたことで、昔の彼女の歌が再認識されることになり、急速にファンが増え、地元では神社も建設され祭り上げられたんだよ」

 俺は何のことかわからない田端に説明してやった。

「さあ、ステージを鑑賞しましょう」

 俺達は、死後何十年も経っている往年の有名女性歌手のステージを聞くことになった。カラオケをバックに唄うその女性歌手の歌には万人を引きつける魅力があり、それは彼女が最も輝いていた頃の声だった。

「ああ、すばらしい! 今日の彼女の歌声は、ここを出て行く私をまるで見送ってくれているかのようです」

 小倉が涙した。

「えっ、小倉さんここの管理人を今日で辞めちゃうんですか。て、ことは後を古川に?」

 田端が驚いてそう言った。

「いやいや、彼一人だと頼りないが、他にもいるからね。田端君、君は今朝、十朱君から君自身の葬儀の写真を見せられていただろう。それを見て気づかなかったのか?」

「嫌だなあ八柱方技官、あれはSNOWみたいなアプリじゃないですか」

「そう思っているうちは、しばらくここで暮らす必要がありそうだな。でも八柱方技官、彼らだけでは少し頼りなくないですか」

 吉岡が疑念を述べた。

「君に彼らの管理も任せる予定だ」

「あ、ダメダメ、ダメです。この建物は生きている人間が暮らす設計にはなってないのでトイレさえないんです。それに僕は鬱陵峠の懸案も抱えてますので」

「分かってないようだね。俺のマセラティは確かにツーシートだが、助手席には封魔刀やら法具が数多く乗せられている。生身の人間は助手席に座ることが出来ないんだ。君はどうやってここまで来たんだ?」

「! ! !」

「古川君が神を封じようとして死んだ、例の『不貫の藪』で、君から報告を受けた私と希沙良君が何故、県の建設局に電話し、藪を回避するルートするように指導したのかというと、君までが電話の途中で奇声を発し、その後、電車に飛び込んだからだよ」

「そんなことは、そんなことはないですよ」

「今朝のワイドショーで亡くなったのは吉岡さんと実名で報じていたのに気付かずテレビを見ているようでは、しばらくここの管理人を君にやってもらうしかないじゃないか。これは君自身の問題でもあるしね」

「吉岡さんはともかく私は死んでません」
 と言い張る田畑や、

「ではこれで、陰陽寮に帰ります」
 と言う古川を残して俺は『御獄舎』を出た。

 彼らが、自分の死を悟った時は小倉のように旅立つ時だ。その時は『御獄舎』の管理人を誰に任せたら良いだろう?

 俺は少し悩みながら帰路についた。

     
    ( おしまい )


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2017年07月26日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチのクロちゃんです。

   【 医療用ロボット・プロジェクト 】
 
  無知の知を説いたのはギリシャの哲学者・ソクラテスだ。
人間はどこまで学び、考えたとしてもそんな物はごく僅かで、知らない事の方が多い。
己の無知を知る者は、自分を博学と吹聴する者よりずっと知識が深い。という意味だろう。

 だが、人間の世界では、少なくとも自分がプロであると宣言する分野においては、何でも知っていると相手に信じ込ませないといけない商売がある。
 宗教家や教師、医師などだ。
「私が言う以上、間違いがない」と断言する事は、それがプラシーボ効果を狙ったものなら良いが、時に浅学なるがゆえの思い込みで、人を誤った道に導く者が出るのは問題だ。

 東大阪で産業用ロボット部品を作る、吾妻加工(株)の社長・吾妻和豊(63)のかかりつけ医師もそんな人だった。
 数日前からカラオケに行っても痛くて歌えない等、喉の異常を感じていた吾妻は、もしや癌ではという恐れを抱いて、駅前のかかりつけ医に診察をしてもらった。

「こらあ、なんてことない風邪やな」
 医師はそう言って、うがい薬と解熱鎮痛薬を処方した。正直、吾妻はそれを聞いてホッとし、家に帰って薬を飲み、しばらく安静にしていたが二三日経っても症状は良くならなかった。

「◯X医院は、前からヤブや言うてますがな。悪い事は言えへんから評判のええ△◇医院に行きなはれ」
吾妻は妻に言わるまま、別の医師にかかったところ、今度は
「こらあ、急性喉頭蓋炎言うやっちゃ。要するに甲状腺に炎症が起きとるちゅうこっちゃ」と診断され、抗菌薬とステロイド薬を投与された。
「これできっとすぐに治るでえ」
妻は断言したが、痛みは増すばかりだった。

「こらあかん。俺の病気はもっと悪いに違いない。やっぱり、癌やなかろうか」
もはや大病院へ行って徹底的に診てもらうしか無いと考えた吾妻は覚悟を決め、紹介状を持たずに、名医と評判が高い和田医師のいる大学病院を尋ね、これまでの経緯を述べた後、生検等を依頼しようとしたが、和田医師は、
「これはもしかすると、原因が喉やのうて、心臓にあるんやないか?」と言い出した。

「そんなアホな・・・」
と思いつつも心電図を取ると明らかな異常が示された。
 和田医師は、「心臓の痛みは横隔神経を通じて脳に届く際に、脳が錯覚を起こして、喉の痛みやと思い込む事があるんや」と言った。
結局、吾妻はカテーテル手術を施されて回復。喉の痛みも嘘のように消えた。

「良かったですね。もうちょっと遅れとったら、心停止してたかもしれませんで」
「本当にまあ、お父ちゃん良かったねえ。先生、ありがとうございました」
 妻は何度も和田医師に頭を下げたが、吾妻には割り切れないものが残った。

 日本の医療制度では病気にかかった者はまず、規模の小さな病院か町の診療所で診察を受けることになっている。そこで治せないような重病が見つかると、初めて大病院を紹介される仕組みになっているのだ。
 何故、そうなっているのかと言えば、重篤な患者が速やかに大病院で治療を受けられるようにする為だ。


「それは俺にも分かるんや。けどなあ、今回みたいに専門外の知識が不足しとって、誤診をされたら、患者はたまったもんやないで」
 吾妻はいきつけのスナックでママを相手に愚痴を言った。
「どうしようもないがな。健康に気いつけたらええんや」
「ほな、酒も控えなアカンな。店にもあんまり来られへんようになるなあ」
「そんなん言わんといてえな。ちょっとお酒飲むんは逆にストレス解消にええねんで」
 ママは吾妻のコップにビールをついだ。

「テレビで言うとったんやけど、アメリでは、家庭医ていう制度が定着して、初診を担当する地域の医者は自分の専門分野だけやのうて、診療科をまたぐ知識を身に付けとるそうや」
「何の話やそら?」
「アメリカは大きいよって、専門医制度を取れんていう事情もあったんやろうけど、その方が良かったんやなあ。だいたい患者は素人やから、病気の原因がどこにあるんか分かれへん。ママかてこの間、大腸がんになったかもしれんて騒いどったけど、痔やいうて肛門科に回されたやろ」
「誰から聞いたんやそれは!」
「要するに、内科に行くべきか、循環器科か、それとも精神病院へ行ったらええんか、そんなもん、分からんちゅうこっちゃ。それやったら」
「諦めて死ぬんかいな」
「ちゃうわい! あらゆる知識を持った、スーパードクターが必要やて言うんや」
 吾妻は立ち上がってそう叫んだ。
「そんなもん、あんたが言うてもどうにもならんがな」
ママの言うとおり、それは厚労省の担当分野で、号令をかけるのは政治家だった。
「そらそやな」と、吾妻も椅子に座り直したが・・・、

考えてみると、吾妻の家業は産業用ロボットの部品メーカーだった。
「それやったら、スーパードクターを俺が作ったろうやんけ!」
吾妻は宣言し、「つけっ!」と言って自宅に戻ると、さっそく設計図を書き始めた

が、よくよく考えると吾妻がやろうとしているロボット医師で重要なのはAI(人工知能)であり、その入れ物であるロボット等はさほど重要ではないことに気づいた。
「あかん。AIはさっぱり分からん・・・」

 これがもし他の地域であれば、そこで諦めたかもしれない。しかし、吾妻のいる東大阪は中小企業の経営者が集まって、国家もしくは巨大企業でしか作れない人工衛星を自作してしまうという土地柄だった。
 吾妻は翌週の親睦会で、皆が酒に酔ったところでスーパー・ドクター・ロボット構想をぶち上げた。
「おもろい! やったろうやないか」
 ベロベロに酔った小松沢金属の社長が賛同した。
「ウチも混ぜんかい」「俺んとこも乗った!」
 殆どのメンバーが賛同し、帰ってから妻に報告して「アホかいな!」と怒られた。

 ともあれ、誰もが子供のように熱中し、ツテを頼って大学のAI研究室も巻きこみ、プロジェクトは動き出したが、そんな活動がテレビで流されると途端にストップがかかった。

 本来は一番協力して欲しかった、医師会と厚労省だった。

「そらまあ、考えてみたら当たり前やわな。最近は囲碁でも将棋でもプロがAIに勝たれへんのやから、そんなもんができたら連中は商売あがったりやで」
 と、大松電装機器の三代目が言えば、

「この間も駅前のヤブに行ったら、『アンタもくだらん物に首突っ込んどるらしいな。そんなやつはワシんとこへ来んな。塩でも飲んどれ!』て、言われてしもたわ」
と、園村産業の婿養子が力なく笑った。

「ウチの親会社は、『医療分野が売上の半分以上を占めとるから、お前とこと契約しとるとマズイ』て脅されてしもたわ。せやから悪いけどウチは降りるわ」
 メンバーの大部分が弱気になったが、

ここで戦略の変更を提案したのが、小松沢金属の社長だった。
「ロボットはアフリカ向けや言うたらええんや。アフリカは医師も足らんし、衛生環境も悪い。エボラなんかが流行っとる時は欧米のボランティアも現地に行きたないんやないか? そんな場所で活躍するロボットであって、優秀な日本の医療環境で使うもんやないて言うたらええやないけ」
「せやけど、それは最初の目的やないやないか!」
 吾妻が噛み付いた。

「なんでもええんや。このまま厚労省が協力してくれへんかったら、AI研究しとる大学も降りよる。アフリカが目的やて言うたら、人道上も反対されへんやんけ。それにな、連中も本当は分かっとるはずや。日本がこの研究を辞めたかて、よその国が先行するだけやてな。だいたい囲碁のAIかて、その最終目的が医療用やいうのは、誰でも知っとる事やないけ」
 小松沢金属・社長の意見はなかなか説得力があった。この発言によって、

「週間秋冬が医師会の圧力を取材しとったから、そんな風に説明するわ」
 大松電装機器の三代目が宣言した。
こうして吾妻達のプロジェクトは再び動き出し、NHKでも『面白い試み』と話題にされるようになった。
しかし、この話がアルジャジーラTVによって世界に配信されると、別の問題が持ち上がってきた。

「えらいこっちゃ。スェーデン・カロリンスカ大学の偉い先生が引き抜かれた!」
 日本がこの分野の研究を始めたことを知ると、中国の国営企業やイギリスの研究所が名医と呼ばれる人達の囲い込みを始めたのだ。
診察用のAIは、名だたる医師の診察手順をアーキテクチャー化してプログラムに組み込む事によって成り立っている。
だが、医療もビジネスである為、ライバル達は特殊な疾病の推察方法を持つ医師の手順に、特許のような形で指導費を支払う契約をしていたのだ。
 無論、東大阪の町工場の予算で対抗できるものではなかった。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。名医の引き抜きがネットで話題になると、
「私はもう現役は退いているが、多少なりともお役に立てるなら協力させてもらおう」
 と申し出てくれた医師がいた。かってNHKのドクターGに出演し、同業の視聴者をも唸らせた名医だった。
 これをきっかけに続々とこのプロジェクトに参加してくれる医師も増えた。
 駅前のヤブ医師までが、「こうなったらワシも協力したろうやないか!」と申し出てくれたが、これは小松沢金属の社長が丁重にお断りした。

 AIのプログラミングが順調に進む中、吾妻達のロボット本体の組み立ても佳境に入った。
 残念ながら今回は二足歩行は諦め、どこかの電話会社のペッ◯ー君のように車輪になったが、手は6本でそれぞれに注射やメスをもたせることもできる。吾妻は阿修羅みたいやなと思ったが、大松電装機器の三代目は「ノース2号かいな」と、マニアックな事を言った。

「診察手順のプログラミングはまだしばらくかかるんですが、駆動系のテストをお願いします」と研究所の学生が言ってきたので、β版ソフトをインストールすると、それまで首をうなだれていたロボットがシャキーンと胸を張り、「ドウ ナサイマシタカ?」と言うではないか。

 吾妻達は小躍りして、どこかに病人はいないかと探すと「今朝から、ちょっと鼻水が出るねんけど、あんたらの為に、ジュースの差し入れ持って来たったで」という、スナックのママを見つけ、ロボットの前に立たせた。
「おい、診察させたら医療法違反やで」
「診察ちゃうがな、駆動検査や」

 ロボットはセンサーのついた指をママの鼻に押し入れると、何やら計算をしだし、診察を下した。
「前立腺炎デスネ。セルニルトン ヲ ショホウ シマショウ」
「エ~、ママは男やったんかい!」
「ちゃうわい、このポンコツ・ロボット!」
 ママはロボットの頭を思いっきり叩いた。

 どうやら、開発の道はまだまだ遠そうだった。


   ( おしまい )

   
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2017年06月28日 (水) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のない、ウチのシマポンママです。(^^;)

今回は以前、後半だけをUPしました「生き神(イキガミ)」の前半部分もくっつけた完全版。
前・後半合わせてお読みいただければ幸いです。(所要時間は約4分です)


   【 生き神(完全版) 】
 
       ( パート1、 永瀬響子 編 )

「永瀬、いつまでかかっているんだ? コピー一つでそんなに時間がかかるのか!」
 部長が苛立ってコピー室までやって来た。

「すみません。でも何故か機械の調子がおかしいんです」
 私はあやまりながら、前衛アートの様な芸術性の高い書類を見せた。

「またか。もういい俺がやる」
 部長がため息をつきながらボタンを押すとコピー機は、それまでのラップ音楽のような異音に変わって滑らかな作動音をたて、正常にプリントを終えた。

「いったいどこを操作したらこんなサイケデリックな書類になるんだ? 機械オンチめ」
 部長は年代を感じさせる悪態を吐きながら、自分でコピーした書類を持って立ち去った。

 だが、私も部長と同じボタンを押しただけだ。なのに私がコピーを取ろうとすると、この機械は先程のようなパフォーマンスを見せる。どこがおかしいのだろうと思ってコピー機のセンタートレイを覗き込むと、途端にバフっと言う音と共にトナーを吹き出した。

「響子、あんた呪われてるわね。最近、彼氏をハデに振ったりしなかった? この前だって、サンプル商品に躓いて、社長の頭にお茶をぶち撒けたでしょ。あんな光景、めったに見られないわよ」
 化粧室の鏡の前で、顔についたトナーを洗い流していると、先輩の吉川さんが横に立ち、軽くメイクを直しながら、そう言って笑った。

 誰かに呪われてるんじゃないか? という言葉は毎回言われるが、私の場合、彼氏をハデに降ったことなんてない。それどころか私は生まれて26年間、恋人など出来たこともない。

 高校にいた時思い切ってバレンタインデーに大きなチョコを渡したこともあるのだが、渡した相手は義理チョコをくれた女子の方ばかりを見つめていた。

 だが仮に、気になった男子と良い関係になったとしても、すぐに振られていただろう。

 校庭でクラスメイト達と楽しくおしゃべりをしている最中に、たまたま飛んできた鳩が私の頭の上にポタリと糞を落として話題になったり、文化祭のドミノイベントでは完成間近に足を滑らせて倒し、みんなに居残りをさせるという古典的失態も演じた。

 家庭科の授業では火加減を間違えて鍋から引火。前髪を焦がしただけでなく、のけぞった拍子に後ろのテーブルで説明していた先生を倒し、料理の中に顔を突っ込ませたりもした。

 要するに私は昔から異常なくらいドジで運も悪いのだ。現在でもその状態は続いていて、数日前も映画を観た帰り、シネコンビルのエレベーターに閉じ込められた。

 混むのが嫌なのでエンドロール途中で席を立ち一人で乗り込んだ処、停止しないはずの階で止まり、ドアも開かなかった。

 そのままどのボタンを押しても動かなくなったので非常用のインターフォンを押すと、
「すみません、補修員があいにく別の現場に行っていますので、しばらくお待ち下さい」
と言われ、ようやく出してもらったのは三時間後。

 終電にギリで間に合いそうだったが、電車に乗る前にトイレを済ませたことで、結局間に合わず、金欠病なのにタクシーで帰宅。

 しかもその日に限って幹線道路は工事の為に大渋滞。睡眠不足と疲れが重なり翌日は遅刻。部長からは「もっと自分にあった会社を探した方がいいんじゃないか」などとイヤミを言われたのだ。

 そんな私を見て吉川さんのような人は『あなたは呪われている』とか『悪い霊が憑いている』とか言ってくる。冗談で言う人もいれば真剣に『お払いを受けなさい』と勧めてくれる人もいる。確かにサイフを落とす、バスを間違えるといった個人的ミスは仕方ないのだが、エレベーターの閉じ込め事故といった災難や、お茶を社長の頭にぶちまけるといった珍事が続くと、あまり不運を気にしない私でもちょっとヘコむ。

 エレベーター事故の翌日、私は思いきって近所に住む祖母に悩みを打ち明けた。

「お婆ちゃん、私って呪われてるのかな? いつも周りからそう言われるんだけど……」
 祖母は私の顔をじっと見た後で、「だいじょうぶ。響ちゃんは呪われてなんていないよ。それどころか、とても強い神様に守られているんだからね」と励ましてくれたのだ。

 祖母のその言葉は、私を安心させてくれた。本当は私も呪われてなど無く、むしろ守られているのではないかと感じていたのだ。というのも、どんな災難も大事には至らず、比較的短期間でウソのように収束するからだ。

 それでも災難は毎日飽きずにやって来る。

 今度は買ったばかりの定期券を落としてしまったのだ。どこかに落ちていないかと、探しながら道を戻っていると、商店街の空き店舗前にいた易者が声をかけてきた。

「そこのお嬢さん、あんたは貧乏神に取り憑かれておる。早うお寺に行って祈祷を受けよ」
「やれやれ……」
私はフッとため息をついた。



    (パート2、 イキガミ編)

「これがお前の守護する永瀬響子に降りかかる今年一年のリスクだ。生き神よ、本当にこれを回避するつもりか?」
 廃病院の地下。元霊安室の壁の中から滲み出るように現れた死神が、かすれた声で疑問を投げかけながら、俺に一冊のファイルを差し出した。

 そこには日本人の三大疾病だけでなく、発症例の数少ない病もいくつか挙げられており、さらに交通事故や落石による怪我まで記されていた。

「彼女はまだ26歳なのに循環器系のリスクまであるのか?」
 俺は死神に愚痴を言った。

「決めたのは俺じゃない。すべての人間に無作為に降りかかる疾病を彼女は回避できない。そこは分かっているだろう?」
 黒衣のフードを深く被り顔も見えない死神は、そう言い残して壁の中に消えていった。

「これは高く付きそうだ……」
 俺はため息を付きながらファイルを、束帯(そくたい)の袖に押し込んだ。

 命に関わる病魔や横変死を防ぐには、それなりの対価を支払わねばならない。
 俺が守護を請け負った永瀬響子を死に至らせないためには、これらに変わる不幸と等価交換をせねばならないのだ。

 俺は死神から渡されたファイルを手に、貧乏神が住む下町の祠(ほこら)を訪ねた。

 祠は路地裏の古びた鳥居の背後に、忘れ去られたように置かれていた。江戸の昔からずっとその場所にあって、いわくつきの富を手にした者が、それが原因で大きな厄災を被るのを防ぐために祀られているものだった。

「貧乏神、貧乏神はいるか」
「その声は守護役の生き神か。例の娘の病を昇華しに来たのだな」
貧乏神が首だけを祠から出してそう言った。

「この者から風邪以外の疾病懸念を引き取ってもらいたい」
 俺は貧乏神の面前に死神から受け取ったファイルを広げた。

「等価で、三千七百八十四不幸……」

 財布を落とす。仕事が認めてもらえない。

 好意を持った男性に無視される。お茶をこぼす。

 弁当を忘れる。通り過ぎる車に水たまりの泥をかけられる。

 宝くじ三角くじはみなハズレ。ガラガラ抽選は全部ティッシュ。

 電車やバスは直前で発車。夜中に間違い電話をかけられる。

 鳩に糞を落とされる。役場に行けば長蛇の列。買い物で並べば前の人でSOLD OUT。

 貧乏神は命に関わる疾病を、彼女であれば我慢できる不幸と取り替えてくれた。

 ただ、その数が多い……。

 今日も朝から通勤用の自転車がパンクし、電車に乗り遅れて遅刻。

 さらに同僚のミスで巻き添え叱責。

 先輩社員・吉川の寿退社送別会が長引いて終電を乗り遅れ、タクシーで帰宅。

 玄関前でゲロという予定だ。

 どうして永瀬響子という女が、不幸と等価交換しなくてはならないほど疾病のリスクが高いのかといえば、彼女の青年期における『健康係数』が異常に低いからだ。

人間は、胎児期、幼年期、青年期、壮年期、老年期と、それぞれランダムに『健康係数』を与えられて生まれて来る。ところが稀に(余命があるにも関わらず)一時期の『健康係数』がゼロに近い者が現れるのだ。

 我ら生き神は、そうした者達を、出来る限り生き存(ながら)えさせる仕事をしている。その目的で、次々と不幸を与え続ける事になるので、守っている人間から逆に恨まれるというのが辛いところだ。

 しかし響子は、『不幸の洪水』に見舞われながらも恨みがましいことを一切言わない。

 一昨日もこういうことがあった。買ったばかりの定期券を落としてトボトボと歩いている響子を、少しだけ霊能力のある易者が呼び止めたのだ。

 易者は響子の背後にいる俺を指差して「そこのお嬢さん、あんたは貧乏神に取り憑かれておる。早うお寺に行って祈祷を受けなさい」と告げた。

 俺は貧乏神ではなく生き神なわけだが、「まあ似たようなものか……」と、苦笑していると、

 驚いたことに彼女は易者に向かって、「大丈夫です。私には貧乏神さんなんて取り付いてはいません。守ってくださる方がいるだけ。そう感じるんです」と、笑顔で答えたのだ。響子に霊能力はなく俺が見えるはずもない。だが彼女はなんとなく守護者(俺)の波動を感じていたのだろう。

 健気なる者よ、我慢せよ。30歳を過ぎれば、お前の『健康係数』は高くなる。しかも、これまで不幸に見舞われた反動で耐久力も付き、幸運が怒涛の如く舞い込んで来るだろう。

 俺は出勤前の自転車のパンクに焦っている響子の髪をなでながら「がんばるんだぞ」と呟いた。  
 

                (おしまい)
 
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2017年05月31日 (水) | 編集 |
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   写真は記事とは関係のない「ルドルフとイッパイアッテナ」を観るウチのクロちゃんです。

   【 外来種 】
 
「今回、こちらに伺いましたのは、先に伝えましたワクト・プラバ第二星系条約に基づき、新たに判明した外来種の駆除について承認を頂きたかったからです。分かっておられるとは思いますがここで言う外来種とは地球上で移動したアライグマのようなものではなく、他の星系からもたらされた生物及び異星人によって遺伝子操作された生物を言います」
 扇風機のような平顔のパラスカス星人が国連総長に対して、独特の胴体ピストン運動を繰り返しながらそう告げた。

「銀河連盟1等外務官の方にこんな辺境の惑星までお越し頂き、痛み入ります。勿論地球政府は連盟のご意向に従う所存です」
 ボハンギ国連総長は、笑顔を絶やさず、かといって卑屈に見られないよう気を使いながら連盟からの使者に対してそう答えた。イギリスや中国・ロシアなど、会議室にいる10数人の国連大使もボハンギの言葉に逐一大きく頷いて激しく同意している。
『茶番劇だな。初めから逆らえるはずもない』お歴々に紅茶を運びながら俺はそう思った。


 2087年、ワシントン上空に飛来した4隻の巨大UFOに、パニックになったアメリカが攻撃をしかけて滅ぼされた。その際のUFOからの反撃が極めて激烈で、太平洋と大西洋が繋がり、当時のアメリカはアラスカ共和国、ロッキー諸島、ハワイ共和国を残すだけだ。
 アメリカと同盟国であったイギリスや、俺の故郷の日本は、ためらっているうちに、決着が付いたので助かったといえる。

 この攻撃により世界は沈黙し、ニューギニアのポートモレスビーに移された国連が、使者を迎え入れて失礼を詫たことで、地球は連盟の末席に加えてもらうことができた。( 国連が、ロンドンやパリ、東京ではなくポートモレスビーを選んだのは混乱を最小限に抑えるため )以来100年間、地球人は連盟の指導の元、観光を生業として細々と生きている。


「我々は10年前、外来種が持ち込まれたことで一時大混乱になった経験がありますからね。銀河連盟が外来種を駆逐してくださるのは大歓迎と言えます」
「そう、ボグタ星の観光客が持ち込んだパラサイト・スライム。あれは酷かった」
 ボハンギ国連総長の言葉にフランス大使が頷いた。

 パラサイト・スライムは沼の星・ラウンに住むアメーバー状の生き物で、悪魔のスライムと言われている。触れると一瞬で対象の生物を包み込み、体内に浸透するのだ。やがてその生物は遺伝子を書き換えられ、知覚器官のある頭だけを残し、首から下はスライムになる。今でもパソコンの写真サイトには『閲覧注意』と付いた画像が数多く残されている。
この化物を連盟の専門チームが地球上から一掃してくれたのだ。余談だが地球にスライムを持ち込んだボグタの若者は自身がスライム化されラウンで終身刑にされているそうだ。

「で、駆除を予定されているのは、どのような動植物が対象なのでしょうか?」
「まず一つは、地球人がカモノハシと呼んでいる生物です」
パラスカス星の外務官は壁面に写真とDNA解析表を映し出した。
「カモノハシ? カモノハシなら地球に昔からいる生物ですが・・・」
訂正を試みたオーストラリア大使に対し、連盟の外務官はますます胴体ピストン運動を強めながらその発言を打ち消した。

「カモノハシには進化の過程の化石が一切見つかっていないのではないですか? しかもそのDNAには爬虫類、鳥類、哺乳類の系統が全て入っています。(事実です)不思議に思われたことはないですか?」
「そういえば奇妙な生物ではあるな。鶏と同じように肛門・尿道・生殖口が一つになっている単孔類だし、性染色体が5対もあるし・・・(事実です)」
「あれは140万年前に連盟に属さないタミラス星の科学者が、この星で行った実験によって誕生した生物なのです」
「しかしそうだとしても、カモノハシはすでに生態系に組み込まれている。これを排除するというのは、やりすぎではないのですか?」
 諦めきれないオーストラリア大使の言葉に、数人の大使が賛意を示したが、連盟の外務官は容赦なかった。

「地球には強力なウイルス・ベクターがいます。このウイルスは対象の生物のDNAを別の生物に転写する能力を持っています。千年や1万年といった単位では、さほど問題はありませんが、長い目で見るとその星にいる全ての生物に影響を与えるのです」
「そ、それはそうかもしれませんが、すでに140万年も経っているのに・・・」
 オーストラリア大使はギュッと唇を噛んだ。

「で、もう一つの生物とは?」
 国連総長の質問に対し、パラスカス星の外務官は居並ぶ大使達を順番に指さした。
「え、我々人類ですか?」
「バ、バカな!」
「140万年前、あなた方が“ホモ・ハビリス”と呼ぶ霊長類の一種にタミラス星の科学者は、自分達のDNAの一部を移植しました。古い記録によれば宇宙船の事故で故郷に帰れなくなった寂しさを紛らわすために行ったとされています。こうした記録が最近の調査で明らかになったことで、連盟としてもワクト・プラバ第二星系条約を履行しなければならなくなったのです」
 パラスカス星の外務官は冷徹に言い放った。

「ホモ・ハビリスの中から人為的に作られた知性ある種こそがホモ・エルガステルであり、それがホモ・サピエンスに繋がったと我々は見ています。ライフサイクルが極めて短いウイルス等は別ですが、10年以上の動物でこんな急速な進化をした例はありません」
「少し遺伝子が入ったというだけで、我々地球人を抹殺すると言われるのか!」
 中国の大使が激昂した。

「抹殺するとは言ってません。あくまで地球の生態系を守るため、あなた達には人工惑星に移って頂こうと考えています。残念ながら、あなた達は去勢され外部とは隔絶されますが、食料や娯楽施設を与えられ、最後の一人が死ぬまで安楽に暮らしていけます」
 バラスカス星人の言葉で俺は、日本における[特定外来生物による生態系等に係わる被害防止に関する法律]によって、隔離されている交雑種の施設を思い浮かべた。

「もし我々が隔離を拒否したら?」
「残念ながら実力行使となります。その場合は全ての国がアメリカのようになるでしょう」
「生態系を守ると言いながら陸地をなくしたら人間以外の生物も絶滅するではないか!」
 イギリスの大使がテーブルを叩いた。

「地上の生物は多かれ少なかれ毒されています。特に人間の近くにいる動物はウイルス・ベクターの悪戯により、まるで人の様な行動を取るようになっています。あなたがたが拒否された場合、我々は海洋生物のみを守ることになるでしょう」
 パラスカス星の外務官の言葉によって、俺は実家にいるオッサン臭くなったシロを思い出した。

「いかんせん、我々に勝ち目はありません。やつらには重力砲があって、狙ったプレートを千メートル沈下させることができるんですよ。ここは他の生物を守る為、人間が犠牲になるしか無いのではないでしょうか」
 一人の大使が弱気なことを言った。

「ありえん! 我が国は断じて自国を守るぞ!」
 それは勿論、どの大使もできればそうしたいと考えているだろう。
「ではあなたは、どうやって彼らと戦うんです? アメリカが3分で消滅したというのに」
 そう言われると、大使達全員が押し黙った。そんな中、

「拒否します!」
 俺は思わず大声を上げていた。
「君は誰だ? ボーイか。何の権限があって勝手な事を言っているんだ。退出しなさい」
 国連事務総長がガードマンを呼んだ。

「俺は、ここでアルバイトをしている国連大学の学生で、銀河連盟法を学んでいる者です。連盟法ではこういった場合、加盟惑星が異議を唱えて裁判を起こす権利を有しています」
「何、そんなことができるのか?」
 大使達がいっせいにパラスカス星人を見ると、俺の発言を聞いた外務官は天井にも届くかと思われる程の胴体ピストン運動を繰り返していた。それは誰の目にも動揺しているように見えた。

「君、裁判になると勝てる確率は?」
 大使達の目が今度は俺に突き刺さる。
「正直に言えば、ワクト・プラバ第二星系条約はかなり重要な条約ですので、このままではまず勝てません。ですが、連盟での裁判は長引くのです。地球時間で言えば数百年は続きます。その間に・・・」
「なるほど。我々も反陽子爆弾等を開発して、やつらに対し恫喝外交をやるのですな」
 どこかの大使が言った。

「いえその逆です。数百年の間に様々な星系と交流し、味方を増やしていくのです。そしてあらゆる惑星の知的生命体が様々な要因で繋がってきたことを証明し、地球人にのみ向けられた不当な扱いを訴えていけば、やがて未来が見えてくるはずです」
「それで行こう!」
 国連総長のボハンギが力強く俺の肩を叩いた。

 パラスカス星人はと見ると、天井に頭をぶつけて泡を吹いていた。

                    ※・・・この物語はフィクションです。
     ( おしまい )


   
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