自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2017年11月15日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないシマポンママとクロちゃんです。

   【 感知器 】
 
 「猫の目は、光を感知する杆状体(かんじょうたい)が人間より発達しているものの、色を見分ける錐体(すいたい)細胞は二種類しか無いので三種類持つ人間と比べると、緑や赤が鮮やかに見えません。その為、彼らは一般的に色弱であると思われがちですが、そうとも言えないのです」

テーブの上に科学雑誌や論文を広げて、全国賃貸住宅連盟の山下会長に説明している田辺教授は、獣医学博士ではなく超常心理学者だった。

「確かに猫に花を見せても色あせた写真のようにしか見えないかもしれませんが、光を認識するのは脳なのです。人間は脳の中で、本来は入ってきた情報を遮断している可能性があり、猫は遮断しないので紫外線等は人間よりもよく見えているという研究結果もあります。まだ脳の発達過程にある幼児が、あらぬ方向を指差して笑うのもそのせいでしょう」
「そ、それはウチの孫がよくやっています」

 山下がブルっと震えた。田辺教授は満足そうに頷くと話を続けた。

「また猫はフリッカー融合頻度が高い事から人間の目には滑らかに動いているように見えるアニメーションも猫の目には高速で点滅しているだけに見えます。その能力ゆえ猫達が何もない壁を凝視している時には、そこに異物が潜んでいる可能性があると私は考えています」



 最近、連盟加入の賃貸アパート・マンションで事故物件が増えている。

 いわゆる瑕疵(かし)物件というやつで、殺人事件が起きたという様な特殊なケースだけでなく、入居者の高齢化による孤独死で何日も経ってから発見されるという場合が多い。日本では、そうした物件は予め借り手に知らせる義務があるので、多くは期間を定めて、家賃を割り引く事で、納得して借りてもらっている。

 勿論部屋で死人が出たとしても、殆どの場合何も起こらない。
 単に気持ちが悪いという精神的な理由だけだ。

 ところが中には本当に「幽霊が出た!」と言って、入居者が引っ越してしまう場合がある。こうなるとその物件は噂になり、家主はお祓いを頼んだりタダ同然の家賃設定をしなければならなかったりと苦労する。
 
 もし、予め部屋に霊が憑いていない事が証明できれば、連盟加入の家主もそれ程家賃を割り引かなくても済むし、後に噂になって苦労する事もないだろう。

 賃住連の山下会長が、著名な超常心理学者である田辺に会いに東都大学を訪れたのは、その対策を相談する為だった。

「なるほど。紫外線域も感知でき、極めてシャッター速度も早いカメラを制作して事故物件を撮影すれば、そこが何もいない部屋なのか、それともお祓いを必要とする部屋かを選別できるということになりますね」

 山下は教授の言葉をボイスレコーダーに記録しながらそう言った。

「そうですね。ただ、それだけでは十分と言えないかもしれません。山下さんは人間の中に稀に四種類の錐体細胞を持つ人がいるのを知っていますか? そういう人から見れば、我々には同じ緑に見えていても鮮やかさの異なる色に見える事があるそうです」
「ほう? 犬猫が二種類、普通の人間が三種類なのに対し四種類の錐体細胞ですか。そんな能力を持った人が存在するんですか」

「例えばサンティエゴに住む画家のConcettaさんがそうです。彼女は四色型色覚を持った人で、これは我々哺乳類の祖先が夜に活動する生活をしていたことから進化の過程で忘れてしまった能力と言われています。さらに言えば四色型色覚は性染色体のXに起因しているので女性特有とも言われています。私は、カメラにはそうした機能も追加した上で異物が感知できたら、それを通常の人間が分かる色彩に直して見せてくれたらいいと思います」

「これは面白い試みになるかもしれません。協賛してくれるメーカーにもお願いして、製作してみようと思います」

「完成したらウチの研究室にも、ぜひ一つ分けて頂きたい」


 山下会長は教授から聞いた事柄を実現させるべく、経済界のツテを頼って、長野にある精密機器メーカーでプロトタイプを製造してもらった。

 担当してくれた技術者・高畑は興奮したように「これは人類の宗教観を根底から覆させるかもしれませんよ」と言いながらかなり重いカメラを渡し、さらに実験で撮った『写っちゃった』画像をモニターに出していくつか見せてくれた。

 どうやら高畑はカメラの性能を試すため、インターネットに度々登場するいくつかの有名心霊スポットまで足を運んだらしい。カメラの大型モニターには一度見ただけでトラウマになりそうな恐ろしい亡霊が写り込んでいた。

「想像以上のものができましたね・・・」
 山下のカメラを持つ手が震えた。

「これさえあれば、会員の悩みを軽くできます。ただ賃貸物件は東京だけで約340万戸(国土交通省)あり、その中でウチの連盟に加入する物件は12万棟で50万戸。家主も7万人を超えます。これを全国で展開するには相当数のカメラが必要になってきます」

「その事に関しても手は打ってあります。会長が今持っておられるカメラは試作品で、実はこのカメラの必要最小限の機能を組み込んだモバイルができたのです」

 高畑はポケットに入るスマホ型のモバイルを見せた。
 モニターには現在彼らのいる研究室が映し出されていた。

「スマホに組み込む装置として売り出すことを考えています。今は研究室以外、映っていませんが、幽霊がいればそこに映り込みます。暗視機能もすぐれているので別の用途にも使えるでしょう。そうなれば提供料金も安くできます」

 高畑は胸を張った。

「すばらしい。ぜひお願いします。ネーミング等もお考えですか?」

「ええ、ポケットに入るモバイル型Ghost sensor,、略して『ポケ・モバ・ゴースト』でどうでしょう。ウチの社長には承諾を頂きましたが・・・」

 その安易なネーミングと、モバイルのカメラを向ければ、そこに潜む何かが見えるという機能に、山下は若干不安を覚えたが、高畑の熱意に押されてGOサインを出してしまった。

 すると案の定、京都にある某ゲーム会社からクレームが付いた。

 製品化され、連盟所属の家主の元に届くのはもう少し先になるだろう。


         (おしまい)

   
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2017年10月18日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチのめっちゃ君です。

   【 猫とトキソプラズマの関係 】
 
「君はジュネーブ議定書を知っているね。だとしたら何故こんなおぞましい物を私の前に出してきたんだ!」
 オランフ大統領は提出された書類を見て激怒し、執務室の机を叩いた。
 
「まあまあ、大統領落ち着いて下さい。君、大統領にお茶でも差し上げて」
 ハノーバー上級戦略官が慌ててとりなし、ボーイを呼んだ。

「ティーパーティは好きだが、関税はかからんだろうね」
 大統領は少し落ち着き、紅茶を飲みながら冗談を言った。
「まあ、話だけでも聞いてやろう。少しぬるいようだが君も飲み給え」
「ありがとうございます、大統領。では私はコーヒーをブラックで」
 上級戦略官は砂糖を断り、芳醇な香を楽しむと一口飲んだ。それからおもむろに書類を広げ、その説明を始めた。

「まず最初に説明をしなければなりません。これは生物兵器ではなく、治療薬です」
「ならばどうして公衆衛生局ではなく君が書類を手にしているんだ?」
「極秘だからです」

「フン、それみたまえ。どうせ軍の研究所から上がって来たものだろう。細菌か?」
「いえ、この兵器もとい治療薬はサトリ茸というキノコが原料で、インド山中のごく限られた地域から取れる貴重な物質です」
「毒キノコなのか? それをミサイルマンじゃなくてコメットマンに飲ますんだろう?」

「ミサイルマンに飲ましても仕方ないですからね。いえ、毒性はありません。また特定の要人が対象でもありません。紛争地域全体にばら撒くのです。培養には成功しましたが大量に必要ですし、容姿という別の問題もあるので煮沸した抽出液を薄めた物になっています。でないと、頭のてっぺんからキノコが生えますので」

「煮沸して薄めた抽出液を、ばら撒くとどうなるんだ?」
「体内に取り込まれると、論理的に話が通じるようになります。寛容さが戻り、中東では一部の先鋭的な教義の流布はなくなり、本来の平和が戻るでしょう。コメットマンは造形技術を活かして北極ではなく、南極1号とか2号を製造するようになるかもしれません」

「そんなバカな。死に至らせる毒ならともかく、人間を操る力などキノコにあるものか」
「そう言われるのではないかと思っていました。そこで補足資料も添付してあります」
 そこには『猫とトキソプラズマの関係』と書かれた資料があった。

「キノコではありませんが、生物が特定の物質で人間の感情をも操るという例としてこのトキソプラズマを上げました。これは猫を最終宿主とする寄生虫です。珍しいものではなく全人類の三分の一の体内にもいると言われています。エイズ患者や妊婦などを除けば、ほぼ無害と言われているものですが、ただこれに寄生されますと・・・」
「どうなるんだ?」
「主な症状としては、猫が好きになります。ですからまあ、人間の場合はさほど問題がないんですが、実はネズミにも寄生するんです」
「すると?」
「猫が好きになります」

「何? そうなったら・・・」
「ハイ、猫の前に平気で現れて食べられるという悲劇が起こります。つまりネズミはトキソプラズマにコントロールされ、自ら猫に命を捧げることになります」
「恐ろしいな。ネズミは寄生虫にコントロールされることがあるのか。だが人間は猫が好きになるだけなんだろう?」

「女性の場合には社交的になり、容姿にも気を使い愛情豊かになるそうですが、男性の場合は嫉妬深くなり、規則に従うのを好まなくなる事もあるとか」
「まあ、猫と共生しているような寄生虫だからな。猫の気質を投影しているのかもしれんな。で、君の言ってることを証明するような統計はあるのか?」
「フランスではトキソプラズマを持っている人が80%、日本が低くて20%ほどだそうです」

「説得力があるな。フランスで民主革命が起きたわけも、感染率の低い東洋で人間が従順なのも説明できる。だが、君は先にサトリ茸が治療薬と言ったが、トキソプラズマに害がないのであれば、なぜ今回のプロジェクトを持ってきたんだ?」
「それはですね」
 上級戦略官が紫色に着色された顕微鏡写真を取り出した。

「これは最近発見されたトキソプラズマの亜種でシープ・トキソプラズマというものです。猫を宿主とする物とは違い、羊を最終の宿主とするもので、これに感染するとドーパミンが泉のように湧き出てきます。性格も変わり、社会の規範、国際的な枠組みを極端に嫌うようになって、自分達だけが正義だと勘違いするテロリストになります。どの羊にもいるわけではありませんが、特定の地域では・・・」

「なるほど。言うことは分かった。生物が出す物質には感情までコントロールするものがあるというんだな。だから毒には毒というわけか。が、シープ・トキソプラズマの感染者だけにサトリ茸を飲ますという事は事実上不可能ではないのか?」
「ですから抽出液の薄めたものを散布するんです。するとこのキノコの出すアンチヘイトキシンという物質によって、様々な考え方を容認できるようになり、人間が丸くなります」

「しかし、今までの話を聞いているとサトリ茸を飲ますべきは偏狭な指導者だけで、むしろそれにおとなしく従う国民には猫のトキソプラズマをばら撒いた方が効果的なような・・・」
 オランフ大統領は、ハッとして目を見開いた。

「待った。まさかとは思うが、だから被験者第一号として私を選んだというオチではないだろうな。例えば先程飲んだ紅茶とかにサトリ茸の薄めたものが入っているとか」

 だが、上級戦略官は落ち着いてコーヒーを飲むと、それを否定した。
「いいえ。大統領に薄めた抽出液なんて効きませんよ。貴方には生きたサトリ茸の胞子をたっぷりと飲んでもらいました」

 その言葉に大統領は激怒した。
「なんだとハノーバー、貴様自分で言ってる事が分かっているのか!」
 オランフ大統領がティーカップを床に叩きつけたその瞬間・・・、
 ポンと頭に小さなキノコが開いた。

「許す!」
 キノコを頭に乗っけた大統領は満面の笑みを浮かべて戦略官を抱擁した。


    ( おしまい )
 
   
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2017年09月20日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチにやって来るハチワレ(仮称)です。

   【 ハエと蚊の役割り 】
 
 大学における研究とは、テーマを見つけ、仮設を立て、検証するということだ。

 研究結果は常に世界初の物でなくてはならず、誰かが発表した後で同じ物を公表しても全く価値がない。
昨今ではそういった意味で研究者は皆、過酷な環境に置かれていると言える。

 原因はコンピューターとインターネットの発展だ。これにより研究者は文献の検索等で大幅な時間の節約ができるようになったと同時に、秒単位で世界のライバルと競い合わなければならなくなり、敏速に成果を上げられない研究者は大学を追われるのだ。


「諸君、山田教授の『南洋・地衣類研究室』が廃止になった」
 一週間ぶりに全国食べ歩きを終え、研究室に戻ってきた内村教授の第一声がこれだった。

 諸君と言われても、この研究室には助手の俺と大学院生の未華子しかいない。
 俺と未華子はお互いに顔を見合わせながら「やっぱり」と呟いた。

 山田教授の『南洋・地衣類研究室』は、表向きは『南洋における地衣類の研究を通し、新薬の開発をする』というものだが、実際の所、教授はサーフィン好きでその為に南洋を選んだだけなのだった。研究所員も皆、今時珍しい小麦色で潮焼けしており、あまり研究熱心とは言えなかった。

「これで今年、我が研究室が廃止されるという最悪の事態は回避されたと言える!」
 教授は胸を張り、未華子は小さく拍手したが、だからといって来年度の存続が約束されたわけでもなかった。

 我が研究室は主に『種の役割と有益性』という漠然としたテーマの研究をしており、山田教授の『南洋・地衣類研究室』と共に廃止リストの最上位にあったのだ。

「しかし教授、大学側からはこの所ずっと、早く研究論文を上げろと催促されています! 目に見えた成果が出ないと明日は我が身ですよ」
 俺は脳天気な教授に、少し危機意識を持ってもらいたかった。
 他の研究室からも誘われている未華子と違って、俺の場合は研究室の廃止=失職=ホームレスだったからだ。

 だが教授は俺の苦言に対し、ニヤリと笑うと、
「心配するな吉田君、ちゃーんと秘策を練ってある」
 と言ってポケットからUSBを出した。

「なんですか? それは」
「名誉教授の丸岡さんから借りてきたI◯M社のAI(人工知能)、『できる君』だ」

「そんな小さい物に入ってるんですか?」
 未華子が目を丸くした。
「そうなんだよ。もっともこのUSBは128ギガもあるけどね」

 教授は得意げだが、それはおそらく機能を簡略化した、『お試し版』だ。
 1週間しか使えないし、規約により研究発表にも使えない。本物の『できる君』はウチのような貧乏研究室で使えるような値段ではないのだ。
 それを指摘すると教授は、
「勿論、分かってるさ。これを起動すると1週間だけI◯M社のスパコンと繋がり、膨大なデーターを検索しながら仮説を検証させることができる。僕はね、今までに書き溜めた多くの仮説を1週間の内に全て検証させてみようと考えてるんだ」
 と得意気に言った。

「例えばどんな検証をさせるんですか?」
「そうだねえ。『絶滅危惧種は食物連鎖上で役割を終えた種か』というのはどうだい?」
「面白いですね。打ち込んでみましょう」
 すると・・・、

A [なんとも言えない。⇒ 種を限定する等、質問の仕方を変えること] 
という答えが帰ってきた。 

「なるほど。では『パンダは食物連鎖上で役割を終えた種か』と打ち込んで見なさい」
A [Yes 現在においてパンダは食物連鎖の傍流を担っているに過ぎず、その見方に於いては有用な種とは言えない] と出た。

「えー、ひどい言い方です。パンダ、可愛いのに!」
 未華子が抗議した。

「だから、食物連鎖上はだろう。客寄せとしては十分に有用なんじゃないの」
 と俺はなだめた。

「では食物連鎖上で最も重要な生物はなんだろう?」
 教授が興味本位で質問を打ち込んだ。

A [答えは、ハエ。蝿は生物の屍処理に最も適した生物である。この役割を代替する者としては菌類が考えられるが、菌類の異常な繁栄は全ての多細胞生物にとって危険!]
 と、出た。

「驚いたな。そういう見方もあるのか。すると蚊も重要な役割があるのか?」

A [答えはYes。 全ての生物の中で最重要な役割を持った働き者]
「だそうな。何故?」
 AIは数多くのデーターから驚くべき推測を述べた。要約すると・・・、

 環境の変化は人為的な物でなくとも、地球上では絶えず起こっており、進化を忘れた種には終末が訪れる。蚊は血を吸うことによってベクターウィルスを感染させ、多種間での遺伝子交流を促進させる役割を担っている。故に蚊が絶滅すると地上の生物も絶滅する。
 ちなみに水中の生物の場合は水事態がウィルスの感染に寄与していて、蚊がいなくても滅びることはない。

 という事らしい。

 教授はこの仮説を気に入り、次の論文は『地球生物の生態連鎖における、パンダの不要性とハエ・蚊の有用性』で行くと言って興奮しているが、パンダを愛する世界中の人々から石を投げられるのが必至だ。
 と、そこで俺はある事に気づいた。

インターネットに繋がった状態のAIで、仮説の証明や研究論文の作成をすれば、それらは全てビッグデーターとしてI◯M社の知るところとなり、同種の研究論文を先に発表されてしまわないのだろうか? また、そんな道義的に問題のある事をしないとしても、各大学の研究室が何を研究しているのかは筒抜けになるに違いない。

 我が慶明大学でも丸岡・名誉教授が、お試し版をばら撒いているとすれば、各教授の研究内容がビッグデーターとして取り込まれていたとしてもおかしくない。

 と、すると・・・。

 俺は試しに、慶明大学において現在最も不要な研究室はどこか? と聞いてみた。
 すると案の定・・・、

A [それは内村教授とその研究室]
 と、予想通りの答えが帰ってきた。
 ウチの研究室の価値は、ハエや蚊には遠く及ばないようだ。

            ( おしまい )

   
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2017年08月23日 (水) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のない、めっちゃ君です。


       【 方技官5 御獄舎 】
    
 紀尾井町にある官舎の一番外れに『御獄舎』と呼ばれる建物がある。
 
 外見は他の官舎と変わらないが、官吏の出入りは無い。
 
 それどころか、よく見ると窓も壁に貼り付けてあるだけで、実際には付いていない。
 
 ここは内閣官房付きの組織、封魔方が管理する霊封じの館。早い話が祓おうとしても祓えないしつこい霊を閉じ込めて置く、幽霊専用の監獄なのだ。


「田端君、ちょっと」

 俺は、十朱補佐官と世間話をしている、この春入所したばかりの田畑職員を呼んだ。

「君は陰陽寮(封魔方のライバル組織)の古川君と知り合いだったと聞いたが?」

「はい、八柱方技官。私と彼とは延暦寺大学で共に密教学を専攻した仲でした。それがあんな事になって・・・」

「葬儀にも行ったんだね」

「ただもう家族の方にも申し訳なく顔を合わせる事もできませんでした」

「それは君のせいじゃない。彼は封じてはいけない『神』を封じようとして怒りを買ったんだ」
 

 今から一週間前の話になる。

 陰陽寮の詰所(事務所)に、栃木県の某市から祟りを鎮めて欲しいという依頼があったのだ。『先行して何が起こっているのか様子を見て来い』と、上司の希沙良次席方技官から言われた古川は、田端を誘って現地に向かった。

 そこでは県道のバイパス工事が行われていたのだが、『不貫の藪』と呼ばれる一帯の工事に取り掛かった処、けが人が続出しだしたという。

 古川と田端は現場で話を聞き、藪の中に立ち入ってみると、江戸時代に張られたと思われる古い結界があり、そこに『何人も立ち入るを禁ずと』書かれた苔むした石碑があった。

 このようなものが出た場合は、何もせず上司の判断を待てと言われていたにも関わらず、古川は「俺が鎮めてやる」と経文を念じ始めた。田端は「危険だ!」と止めたが、「工事を遅らせるのは気の毒だ」と魔封じの経文を念じたという。だが、彼が封じようとした物は単なる悪霊ではなく神だった。

 いわゆる邪神だったが、普通の悪霊とは桁違いの霊力を持った存在で並の霊能力者程度の実力で何とかできるものではない。
 事実、古川が笑いながら工作機械に飛び込んで自殺し、田端は一心不乱に奇妙な踊りを続けているという報告を現地に飛んだ吉岡補佐官から聞いた俺は、県の建設局に自ら乗り込んで、藪を回避するルートに変更するように強く指導した程だ。


「実は古川君が自分の死を受け入れられず、未だ陰陽寮に出勤しているらしい」

「そんな馬鹿な……」

 田端が絶句した。

「勿論、通常の組織ならば誰もそれに気が付かないから良いんだが、陰陽寮の職員は全員能力者だからねえ。希沙良君も困っているらしい」

「希沙良さんは張本人じゃないですか。古川を説得できないんですか?」

「説得しても、『冗談を言わないで下さい。僕はこの通り生きてるじゃないですか』と言うだけで、葬儀の写真を見せても、『そういうアプリが出回ってますねえ』と言って笑うらしい」

「ああ、ありますね。そのアプリ。先程、十朱補佐官が見せてくれました」

「そこで、希沙良次席方技官からの要請で古川君をある場所に連れて行くことになった。そこに君がうまく誘導して欲しいんだ」

「ある場所? お寺とか?」

「いや『御獄舎』だ。知ってるね」

「はい。悪霊を封印する目的で作られた官舎ですね。そんな所にですか……」

 田端しばし絶句した。

「やむを得ない措置なんだよ。それに、彼が心から死を認めた瞬間に開放されることになる。これは大事なことでね。『御獄舎』から逃れる目的で死を認めても、出ることは不可能なんだ。心から悟らないとね」

「分かりました。で、古川はいつ来るんですか?」

「来てますよ。すでに」

 希沙良の声がした。

 庶務室の端においてある来客用の椅子に神出鬼没の希沙良が座っており、その横に極めて影の薄い古川が揺れながら立っていた。

「見えるか? 田端」

「見えます……」

 田端もまた能力者だから幽霊を見るのは初めてではないが、友人の幽霊はおそらくこれが最初の経験だったようだ。
「では、よろしく」

 何事にも調子の良い希沙良が古川を残して部屋を出た。

「しかたがない。田端行くぞ。それから吉岡補佐官、お前も付いて来い」

「え、私もですか」

 テレビのワイドショーで電車事故に巻き込まれ、ケガをしていたタレントが復帰したという映像を見ていた吉岡が不満そうに言った。
「『御獄舎』はお前の設計だ。どんな霊を収容しているのかも一番詳しいだろう? この機会に新人君にも説明してやってくれ」

「わかりました」

「俺の車で行くぞ。ガレージにやつ(古川)を見学会に行くとでも言って連れて来い」

 そう言うと吉岡が止めた。

「駄目ですよ。そんな事をしたら古川君にバレまっすって。八柱方技官の愛車・マセラティGT-Sは、僕と田端君だけでもギュウギュウなのに、どうやって古川まで乗せられるんですか。おかしいと気づかれますよ」

「やつは、自分の葬式に出てても気付かず毎日出勤して来るんだぞ。そんな鈍いやつはヒザの上にでも乗せとけ」

 お茶を飲みながら話を聞いていた十朱補佐官がクックと笑った。

 俺と吉岡、田端、それに古川を乗せた本来二人乗り仕様のマセラティGT-Sは、無事紀尾井町の『御獄舎』に到着した。

 他の官舎の側面にある花壇がツツジなのに対し『御獄舎』は全面ヒイラギに覆われているということを除けば、偽の窓も良く出来ていて、さほど違和感は無かったが、玄関は眼球の虹彩認証と厳重で、責任者のものでないと開かない為、俺が開けた。

 中は人の気配がなく、受付を兼ねる管理室を含め寒々としていた。例えて言うなら廃病院に近い。

 俺は受付に座っている、元封魔方職員の小倉に訪問内容を告げた。

 この小倉という男も既にこの世の人間ではない。

 本人は自分の死を悟っているので、ここにいる必要はないのだが、責任感の強い男だったので、誰かが管理しなければならない『御獄舎』の管理人に収まっていた。遺族には年金にプラスして給与が振り込まれている。

「八柱方技官、施設の案内が終わりましたら声をかけて下さい」

 小倉はそう言って壁の中に消えた。

「ヒエッ」

 この施設の事をよく知らなかった古川が思わず声を上げた。

「驚くのはまだ早い。ここの住民はちょっと変わってるぞ。吉岡、先導して案内してやってくれ」

 俺は吉岡に施設の案内を頼んだ。

「じゃあ、まず二階から」

 吉岡は田端に古川から目を離すなと、言いつけて階段を上がっていった。

 『御獄舎』にエレベーターはない。それは義務付けられている保守点検が出来ないからだ。

 二階は薄暗いLED証明の廊下を挟んで小部屋が両側にズラリと並んでいた。

 小さな窓から覗き込むと、窓すらない部屋の中に祭壇がひとつ置かれている。ここにも電球色のLEDランプが灯されており、壁には、おそらく住民のものと思われる古い写真や死亡届のコピー等が貼られていた。

「なんだか不気味な部屋ですね。住民はどこに?」

 と言いかけた田端が直後にギャッと悲鳴を上げた。

 顔の歪んだ老人がいきなり窓の前に現れて田端を睨みつけたのだ。

「心配するな。今はまだ敵意の塊だが、この部屋からは出られない。彼は数年前に建て替えられた某マンションの一室で孤独死していた男だ。現場で祟るので僕が頭に札を貼り付けて連れてきた」

「そんな人ばかり集めたアパートですか」

 今まで何も喋らなかった古川が初めて声を出した。小さな声だった。

「そうみたいだな」

 田端が相槌を打ってやった。

「三階は女性が収容されている階。死後に性別は関係ないが、中には色情狂の霊もいるし、異性に対してものすごい憎しみを抱いている霊もいるのでね」

 吉岡は三階の一室を紹介した。田端が覗き込むと天井から首を吊ってぶら下がっていた女の霊がクルリと向きを変え田端を見てニタリと笑った。

「恐ろしい……」

「こんな連中を恐れてもらったら困るね。ここにいる者で、本当に怖いのは地下にいる霊たちだよ」

 俺は田端に言った。

「では、地下に行きますが、意識をしっかりと保っているように」

 吉岡が真顔で言った。

 地下は、特に呪い方がきつい霊の他、神格化が進んだ極めてやっかいな霊達が収容されているのだ。

 その為、我々全員が痛みを感じるような、生者にまで影響を及ぼす強力な結界を、管理人の小倉に一時的にレベルダウンしてもらって入る必要があった。

 地下室のLEDは青みがかった色だった。

 これは攻撃性を緩める効果があるのだ。

 どの部屋の戸口にも二階や三階では貼られていなかった、御札がべったり貼られている。能力者が見れば極めて徳の高い僧侶か神職が書いた強力なものと分かるだろう。

「なるほど。これは生身の人間でも火傷しますね」

 と、生身の人間でない古川が感心したように呟いた。お札に触れたのか彼の右手から煙が立ち込めていた。

「わあ、本当だ!」

 ちょっと触ってみた田端が悲鳴を上げた。

 俺と吉岡は顔を見合わせた。

 と、一番奥にある空間がパッと明るくなった。

「彼女がステージを始めるようです」

 いつの間にか背後にいた管理人の小倉がそう言った。

「先生が歌われる時は、夜中だろうが何だろうが駆けつけて鑑賞しなければなりません」

 小倉がそう説明した。

 ここに収容される時には普通にやっかいな霊だった者が、ある日力を帯びて神格化することがある。彼女はそんな霊なのだ。

「今、一番人気のある歌手がカバーしたことで、昔の彼女の歌が再認識されることになり、急速にファンが増え、地元では神社も建設され祭り上げられたんだよ」

 俺は何のことかわからない田端に説明してやった。

「さあ、ステージを鑑賞しましょう」

 俺達は、死後何十年も経っている往年の有名女性歌手のステージを聞くことになった。カラオケをバックに唄うその女性歌手の歌には万人を引きつける魅力があり、それは彼女が最も輝いていた頃の声だった。

「ああ、すばらしい! 今日の彼女の歌声は、ここを出て行く私をまるで見送ってくれているかのようです」

 小倉が涙した。

「えっ、小倉さんここの管理人を今日で辞めちゃうんですか。て、ことは後を古川に?」

 田端が驚いてそう言った。

「いやいや、彼一人だと頼りないが、他にもいるからね。田端君、君は今朝、十朱君から君自身の葬儀の写真を見せられていただろう。それを見て気づかなかったのか?」

「嫌だなあ八柱方技官、あれはSNOWみたいなアプリじゃないですか」

「そう思っているうちは、しばらくここで暮らす必要がありそうだな。でも八柱方技官、彼らだけでは少し頼りなくないですか」

 吉岡が疑念を述べた。

「君に彼らの管理も任せる予定だ」

「あ、ダメダメ、ダメです。この建物は生きている人間が暮らす設計にはなってないのでトイレさえないんです。それに僕は鬱陵峠の懸案も抱えてますので」

「分かってないようだね。俺のマセラティは確かにツーシートだが、助手席には封魔刀やら法具が数多く乗せられている。生身の人間は助手席に座ることが出来ないんだ。君はどうやってここまで来たんだ?」

「! ! !」

「古川君が神を封じようとして死んだ、例の『不貫の藪』で、君から報告を受けた私と希沙良君が何故、県の建設局に電話し、藪を回避するルートするように指導したのかというと、君までが電話の途中で奇声を発し、その後、電車に飛び込んだからだよ」

「そんなことは、そんなことはないですよ」

「今朝のワイドショーで亡くなったのは吉岡さんと実名で報じていたのに気付かずテレビを見ているようでは、しばらくここの管理人を君にやってもらうしかないじゃないか。これは君自身の問題でもあるしね」

「吉岡さんはともかく私は死んでません」
 と言い張る田畑や、

「ではこれで、陰陽寮に帰ります」
 と言う古川を残して俺は『御獄舎』を出た。

 彼らが、自分の死を悟った時は小倉のように旅立つ時だ。その時は『御獄舎』の管理人を誰に任せたら良いだろう?

 俺は少し悩みながら帰路についた。

     
    ( おしまい )


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2017年07月26日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチのクロちゃんです。

   【 医療用ロボット・プロジェクト 】
 
  無知の知を説いたのはギリシャの哲学者・ソクラテスだ。
人間はどこまで学び、考えたとしてもそんな物はごく僅かで、知らない事の方が多い。
己の無知を知る者は、自分を博学と吹聴する者よりずっと知識が深い。という意味だろう。

 だが、人間の世界では、少なくとも自分がプロであると宣言する分野においては、何でも知っていると相手に信じ込ませないといけない商売がある。
 宗教家や教師、医師などだ。
「私が言う以上、間違いがない」と断言する事は、それがプラシーボ効果を狙ったものなら良いが、時に浅学なるがゆえの思い込みで、人を誤った道に導く者が出るのは問題だ。

 東大阪で産業用ロボット部品を作る、吾妻加工(株)の社長・吾妻和豊(63)のかかりつけ医師もそんな人だった。
 数日前からカラオケに行っても痛くて歌えない等、喉の異常を感じていた吾妻は、もしや癌ではという恐れを抱いて、駅前のかかりつけ医に診察をしてもらった。

「こらあ、なんてことない風邪やな」
 医師はそう言って、うがい薬と解熱鎮痛薬を処方した。正直、吾妻はそれを聞いてホッとし、家に帰って薬を飲み、しばらく安静にしていたが二三日経っても症状は良くならなかった。

「◯X医院は、前からヤブや言うてますがな。悪い事は言えへんから評判のええ△◇医院に行きなはれ」
吾妻は妻に言わるまま、別の医師にかかったところ、今度は
「こらあ、急性喉頭蓋炎言うやっちゃ。要するに甲状腺に炎症が起きとるちゅうこっちゃ」と診断され、抗菌薬とステロイド薬を投与された。
「これできっとすぐに治るでえ」
妻は断言したが、痛みは増すばかりだった。

「こらあかん。俺の病気はもっと悪いに違いない。やっぱり、癌やなかろうか」
もはや大病院へ行って徹底的に診てもらうしか無いと考えた吾妻は覚悟を決め、紹介状を持たずに、名医と評判が高い和田医師のいる大学病院を尋ね、これまでの経緯を述べた後、生検等を依頼しようとしたが、和田医師は、
「これはもしかすると、原因が喉やのうて、心臓にあるんやないか?」と言い出した。

「そんなアホな・・・」
と思いつつも心電図を取ると明らかな異常が示された。
 和田医師は、「心臓の痛みは横隔神経を通じて脳に届く際に、脳が錯覚を起こして、喉の痛みやと思い込む事があるんや」と言った。
結局、吾妻はカテーテル手術を施されて回復。喉の痛みも嘘のように消えた。

「良かったですね。もうちょっと遅れとったら、心停止してたかもしれませんで」
「本当にまあ、お父ちゃん良かったねえ。先生、ありがとうございました」
 妻は何度も和田医師に頭を下げたが、吾妻には割り切れないものが残った。

 日本の医療制度では病気にかかった者はまず、規模の小さな病院か町の診療所で診察を受けることになっている。そこで治せないような重病が見つかると、初めて大病院を紹介される仕組みになっているのだ。
 何故、そうなっているのかと言えば、重篤な患者が速やかに大病院で治療を受けられるようにする為だ。


「それは俺にも分かるんや。けどなあ、今回みたいに専門外の知識が不足しとって、誤診をされたら、患者はたまったもんやないで」
 吾妻はいきつけのスナックでママを相手に愚痴を言った。
「どうしようもないがな。健康に気いつけたらええんや」
「ほな、酒も控えなアカンな。店にもあんまり来られへんようになるなあ」
「そんなん言わんといてえな。ちょっとお酒飲むんは逆にストレス解消にええねんで」
 ママは吾妻のコップにビールをついだ。

「テレビで言うとったんやけど、アメリでは、家庭医ていう制度が定着して、初診を担当する地域の医者は自分の専門分野だけやのうて、診療科をまたぐ知識を身に付けとるそうや」
「何の話やそら?」
「アメリカは大きいよって、専門医制度を取れんていう事情もあったんやろうけど、その方が良かったんやなあ。だいたい患者は素人やから、病気の原因がどこにあるんか分かれへん。ママかてこの間、大腸がんになったかもしれんて騒いどったけど、痔やいうて肛門科に回されたやろ」
「誰から聞いたんやそれは!」
「要するに、内科に行くべきか、循環器科か、それとも精神病院へ行ったらええんか、そんなもん、分からんちゅうこっちゃ。それやったら」
「諦めて死ぬんかいな」
「ちゃうわい! あらゆる知識を持った、スーパードクターが必要やて言うんや」
 吾妻は立ち上がってそう叫んだ。
「そんなもん、あんたが言うてもどうにもならんがな」
ママの言うとおり、それは厚労省の担当分野で、号令をかけるのは政治家だった。
「そらそやな」と、吾妻も椅子に座り直したが・・・、

考えてみると、吾妻の家業は産業用ロボットの部品メーカーだった。
「それやったら、スーパードクターを俺が作ったろうやんけ!」
吾妻は宣言し、「つけっ!」と言って自宅に戻ると、さっそく設計図を書き始めた

が、よくよく考えると吾妻がやろうとしているロボット医師で重要なのはAI(人工知能)であり、その入れ物であるロボット等はさほど重要ではないことに気づいた。
「あかん。AIはさっぱり分からん・・・」

 これがもし他の地域であれば、そこで諦めたかもしれない。しかし、吾妻のいる東大阪は中小企業の経営者が集まって、国家もしくは巨大企業でしか作れない人工衛星を自作してしまうという土地柄だった。
 吾妻は翌週の親睦会で、皆が酒に酔ったところでスーパー・ドクター・ロボット構想をぶち上げた。
「おもろい! やったろうやないか」
 ベロベロに酔った小松沢金属の社長が賛同した。
「ウチも混ぜんかい」「俺んとこも乗った!」
 殆どのメンバーが賛同し、帰ってから妻に報告して「アホかいな!」と怒られた。

 ともあれ、誰もが子供のように熱中し、ツテを頼って大学のAI研究室も巻きこみ、プロジェクトは動き出したが、そんな活動がテレビで流されると途端にストップがかかった。

 本来は一番協力して欲しかった、医師会と厚労省だった。

「そらまあ、考えてみたら当たり前やわな。最近は囲碁でも将棋でもプロがAIに勝たれへんのやから、そんなもんができたら連中は商売あがったりやで」
 と、大松電装機器の三代目が言えば、

「この間も駅前のヤブに行ったら、『アンタもくだらん物に首突っ込んどるらしいな。そんなやつはワシんとこへ来んな。塩でも飲んどれ!』て、言われてしもたわ」
と、園村産業の婿養子が力なく笑った。

「ウチの親会社は、『医療分野が売上の半分以上を占めとるから、お前とこと契約しとるとマズイ』て脅されてしもたわ。せやから悪いけどウチは降りるわ」
 メンバーの大部分が弱気になったが、

ここで戦略の変更を提案したのが、小松沢金属の社長だった。
「ロボットはアフリカ向けや言うたらええんや。アフリカは医師も足らんし、衛生環境も悪い。エボラなんかが流行っとる時は欧米のボランティアも現地に行きたないんやないか? そんな場所で活躍するロボットであって、優秀な日本の医療環境で使うもんやないて言うたらええやないけ」
「せやけど、それは最初の目的やないやないか!」
 吾妻が噛み付いた。

「なんでもええんや。このまま厚労省が協力してくれへんかったら、AI研究しとる大学も降りよる。アフリカが目的やて言うたら、人道上も反対されへんやんけ。それにな、連中も本当は分かっとるはずや。日本がこの研究を辞めたかて、よその国が先行するだけやてな。だいたい囲碁のAIかて、その最終目的が医療用やいうのは、誰でも知っとる事やないけ」
 小松沢金属・社長の意見はなかなか説得力があった。この発言によって、

「週間秋冬が医師会の圧力を取材しとったから、そんな風に説明するわ」
 大松電装機器の三代目が宣言した。
こうして吾妻達のプロジェクトは再び動き出し、NHKでも『面白い試み』と話題にされるようになった。
しかし、この話がアルジャジーラTVによって世界に配信されると、別の問題が持ち上がってきた。

「えらいこっちゃ。スェーデン・カロリンスカ大学の偉い先生が引き抜かれた!」
 日本がこの分野の研究を始めたことを知ると、中国の国営企業やイギリスの研究所が名医と呼ばれる人達の囲い込みを始めたのだ。
診察用のAIは、名だたる医師の診察手順をアーキテクチャー化してプログラムに組み込む事によって成り立っている。
だが、医療もビジネスである為、ライバル達は特殊な疾病の推察方法を持つ医師の手順に、特許のような形で指導費を支払う契約をしていたのだ。
 無論、東大阪の町工場の予算で対抗できるものではなかった。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。名医の引き抜きがネットで話題になると、
「私はもう現役は退いているが、多少なりともお役に立てるなら協力させてもらおう」
 と申し出てくれた医師がいた。かってNHKのドクターGに出演し、同業の視聴者をも唸らせた名医だった。
 これをきっかけに続々とこのプロジェクトに参加してくれる医師も増えた。
 駅前のヤブ医師までが、「こうなったらワシも協力したろうやないか!」と申し出てくれたが、これは小松沢金属の社長が丁重にお断りした。

 AIのプログラミングが順調に進む中、吾妻達のロボット本体の組み立ても佳境に入った。
 残念ながら今回は二足歩行は諦め、どこかの電話会社のペッ◯ー君のように車輪になったが、手は6本でそれぞれに注射やメスをもたせることもできる。吾妻は阿修羅みたいやなと思ったが、大松電装機器の三代目は「ノース2号かいな」と、マニアックな事を言った。

「診察手順のプログラミングはまだしばらくかかるんですが、駆動系のテストをお願いします」と研究所の学生が言ってきたので、β版ソフトをインストールすると、それまで首をうなだれていたロボットがシャキーンと胸を張り、「ドウ ナサイマシタカ?」と言うではないか。

 吾妻達は小躍りして、どこかに病人はいないかと探すと「今朝から、ちょっと鼻水が出るねんけど、あんたらの為に、ジュースの差し入れ持って来たったで」という、スナックのママを見つけ、ロボットの前に立たせた。
「おい、診察させたら医療法違反やで」
「診察ちゃうがな、駆動検査や」

 ロボットはセンサーのついた指をママの鼻に押し入れると、何やら計算をしだし、診察を下した。
「前立腺炎デスネ。セルニルトン ヲ ショホウ シマショウ」
「エ~、ママは男やったんかい!」
「ちゃうわい、このポンコツ・ロボット!」
 ママはロボットの頭を思いっきり叩いた。

 どうやら、開発の道はまだまだ遠そうだった。


   ( おしまい )

   
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