自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2017年07月26日 (水) | 編集 |
b008_2017072618270440e.jpg
  写真は記事とは関係のないウチのクロちゃんです。

   【 医療用ロボット・プロジェクト 】
 
  無知の知を説いたのはギリシャの哲学者・ソクラテスだ。
人間はどこまで学び、考えたとしてもそんな物はごく僅かで、知らない事の方が多い。
己の無知を知る者は、自分を博学と吹聴する者よりずっと知識が深い。という意味だろう。

 だが、人間の世界では、少なくとも自分がプロであると宣言する分野においては、何でも知っていると相手に信じ込ませないといけない商売がある。
 宗教家や教師、医師などだ。
「私が言う以上、間違いがない」と断言する事は、それがプラシーボ効果を狙ったものなら良いが、時に浅学なるがゆえの思い込みで、人を誤った道に導く者が出るのは問題だ。

 東大阪で産業用ロボット部品を作る、吾妻加工(株)の社長・吾妻和豊(63)のかかりつけ医師もそんな人だった。
 数日前からカラオケに行っても痛くて歌えない等、喉の異常を感じていた吾妻は、もしや癌ではという恐れを抱いて、駅前のかかりつけ医に診察をしてもらった。

「こらあ、なんてことない風邪やな」
 医師はそう言って、うがい薬と解熱鎮痛薬を処方した。正直、吾妻はそれを聞いてホッとし、家に帰って薬を飲み、しばらく安静にしていたが二三日経っても症状は良くならなかった。

「◯X医院は、前からヤブや言うてますがな。悪い事は言えへんから評判のええ△◇医院に行きなはれ」
吾妻は妻に言わるまま、別の医師にかかったところ、今度は
「こらあ、急性喉頭蓋炎言うやっちゃ。要するに甲状腺に炎症が起きとるちゅうこっちゃ」と診断され、抗菌薬とステロイド薬を投与された。
「これできっとすぐに治るでえ」
妻は断言したが、痛みは増すばかりだった。

「こらあかん。俺の病気はもっと悪いに違いない。やっぱり、癌やなかろうか」
もはや大病院へ行って徹底的に診てもらうしか無いと考えた吾妻は覚悟を決め、紹介状を持たずに、名医と評判が高い和田医師のいる大学病院を尋ね、これまでの経緯を述べた後、生検等を依頼しようとしたが、和田医師は、
「これはもしかすると、原因が喉やのうて、心臓にあるんやないか?」と言い出した。

「そんなアホな・・・」
と思いつつも心電図を取ると明らかな異常が示された。
 和田医師は、「心臓の痛みは横隔神経を通じて脳に届く際に、脳が錯覚を起こして、喉の痛みやと思い込む事があるんや」と言った。
結局、吾妻はカテーテル手術を施されて回復。喉の痛みも嘘のように消えた。

「良かったですね。もうちょっと遅れとったら、心停止してたかもしれませんで」
「本当にまあ、お父ちゃん良かったねえ。先生、ありがとうございました」
 妻は何度も和田医師に頭を下げたが、吾妻には割り切れないものが残った。

 日本の医療制度では病気にかかった者はまず、規模の小さな病院か町の診療所で診察を受けることになっている。そこで治せないような重病が見つかると、初めて大病院を紹介される仕組みになっているのだ。
 何故、そうなっているのかと言えば、重篤な患者が速やかに大病院で治療を受けられるようにする為だ。


「それは俺にも分かるんや。けどなあ、今回みたいに専門外の知識が不足しとって、誤診をされたら、患者はたまったもんやないで」
 吾妻はいきつけのスナックでママを相手に愚痴を言った。
「どうしようもないがな。健康に気いつけたらええんや」
「ほな、酒も控えなアカンな。店にもあんまり来られへんようになるなあ」
「そんなん言わんといてえな。ちょっとお酒飲むんは逆にストレス解消にええねんで」
 ママは吾妻のコップにビールをついだ。

「テレビで言うとったんやけど、アメリでは、家庭医ていう制度が定着して、初診を担当する地域の医者は自分の専門分野だけやのうて、診療科をまたぐ知識を身に付けとるそうや」
「何の話やそら?」
「アメリカは大きいよって、専門医制度を取れんていう事情もあったんやろうけど、その方が良かったんやなあ。だいたい患者は素人やから、病気の原因がどこにあるんか分かれへん。ママかてこの間、大腸がんになったかもしれんて騒いどったけど、痔やいうて肛門科に回されたやろ」
「誰から聞いたんやそれは!」
「要するに、内科に行くべきか、循環器科か、それとも精神病院へ行ったらええんか、そんなもん、分からんちゅうこっちゃ。それやったら」
「諦めて死ぬんかいな」
「ちゃうわい! あらゆる知識を持った、スーパードクターが必要やて言うんや」
 吾妻は立ち上がってそう叫んだ。
「そんなもん、あんたが言うてもどうにもならんがな」
ママの言うとおり、それは厚労省の担当分野で、号令をかけるのは政治家だった。
「そらそやな」と、吾妻も椅子に座り直したが・・・、

考えてみると、吾妻の家業は産業用ロボットの部品メーカーだった。
「それやったら、スーパードクターを俺が作ったろうやんけ!」
吾妻は宣言し、「つけっ!」と言って自宅に戻ると、さっそく設計図を書き始めた

が、よくよく考えると吾妻がやろうとしているロボット医師で重要なのはAI(人工知能)であり、その入れ物であるロボット等はさほど重要ではないことに気づいた。
「あかん。AIはさっぱり分からん・・・」

 これがもし他の地域であれば、そこで諦めたかもしれない。しかし、吾妻のいる東大阪は中小企業の経営者が集まって、国家もしくは巨大企業でしか作れない人工衛星を自作してしまうという土地柄だった。
 吾妻は翌週の親睦会で、皆が酒に酔ったところでスーパー・ドクター・ロボット構想をぶち上げた。
「おもろい! やったろうやないか」
 ベロベロに酔った小松沢金属の社長が賛同した。
「ウチも混ぜんかい」「俺んとこも乗った!」
 殆どのメンバーが賛同し、帰ってから妻に報告して「アホかいな!」と怒られた。

 ともあれ、誰もが子供のように熱中し、ツテを頼って大学のAI研究室も巻きこみ、プロジェクトは動き出したが、そんな活動がテレビで流されると途端にストップがかかった。

 本来は一番協力して欲しかった、医師会と厚労省だった。

「そらまあ、考えてみたら当たり前やわな。最近は囲碁でも将棋でもプロがAIに勝たれへんのやから、そんなもんができたら連中は商売あがったりやで」
 と、大松電装機器の三代目が言えば、

「この間も駅前のヤブに行ったら、『アンタもくだらん物に首突っ込んどるらしいな。そんなやつはワシんとこへ来んな。塩でも飲んどれ!』て、言われてしもたわ」
と、園村産業の婿養子が力なく笑った。

「ウチの親会社は、『医療分野が売上の半分以上を占めとるから、お前とこと契約しとるとマズイ』て脅されてしもたわ。せやから悪いけどウチは降りるわ」
 メンバーの大部分が弱気になったが、

ここで戦略の変更を提案したのが、小松沢金属の社長だった。
「ロボットはアフリカ向けや言うたらええんや。アフリカは医師も足らんし、衛生環境も悪い。エボラなんかが流行っとる時は欧米のボランティアも現地に行きたないんやないか? そんな場所で活躍するロボットであって、優秀な日本の医療環境で使うもんやないて言うたらええやないけ」
「せやけど、それは最初の目的やないやないか!」
 吾妻が噛み付いた。

「なんでもええんや。このまま厚労省が協力してくれへんかったら、AI研究しとる大学も降りよる。アフリカが目的やて言うたら、人道上も反対されへんやんけ。それにな、連中も本当は分かっとるはずや。日本がこの研究を辞めたかて、よその国が先行するだけやてな。だいたい囲碁のAIかて、その最終目的が医療用やいうのは、誰でも知っとる事やないけ」
 小松沢金属・社長の意見はなかなか説得力があった。この発言によって、

「週間秋冬が医師会の圧力を取材しとったから、そんな風に説明するわ」
 大松電装機器の三代目が宣言した。
こうして吾妻達のプロジェクトは再び動き出し、NHKでも『面白い試み』と話題にされるようになった。
しかし、この話がアルジャジーラTVによって世界に配信されると、別の問題が持ち上がってきた。

「えらいこっちゃ。スェーデン・カロリンスカ大学の偉い先生が引き抜かれた!」
 日本がこの分野の研究を始めたことを知ると、中国の国営企業やイギリスの研究所が名医と呼ばれる人達の囲い込みを始めたのだ。
診察用のAIは、名だたる医師の診察手順をアーキテクチャー化してプログラムに組み込む事によって成り立っている。
だが、医療もビジネスである為、ライバル達は特殊な疾病の推察方法を持つ医師の手順に、特許のような形で指導費を支払う契約をしていたのだ。
 無論、東大阪の町工場の予算で対抗できるものではなかった。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。名医の引き抜きがネットで話題になると、
「私はもう現役は退いているが、多少なりともお役に立てるなら協力させてもらおう」
 と申し出てくれた医師がいた。かってNHKのドクターGに出演し、同業の視聴者をも唸らせた名医だった。
 これをきっかけに続々とこのプロジェクトに参加してくれる医師も増えた。
 駅前のヤブ医師までが、「こうなったらワシも協力したろうやないか!」と申し出てくれたが、これは小松沢金属の社長が丁重にお断りした。

 AIのプログラミングが順調に進む中、吾妻達のロボット本体の組み立ても佳境に入った。
 残念ながら今回は二足歩行は諦め、どこかの電話会社のペッ◯ー君のように車輪になったが、手は6本でそれぞれに注射やメスをもたせることもできる。吾妻は阿修羅みたいやなと思ったが、大松電装機器の三代目は「ノース2号かいな」と、マニアックな事を言った。

「診察手順のプログラミングはまだしばらくかかるんですが、駆動系のテストをお願いします」と研究所の学生が言ってきたので、β版ソフトをインストールすると、それまで首をうなだれていたロボットがシャキーンと胸を張り、「ドウ ナサイマシタカ?」と言うではないか。

 吾妻達は小躍りして、どこかに病人はいないかと探すと「今朝から、ちょっと鼻水が出るねんけど、あんたらの為に、ジュースの差し入れ持って来たったで」という、スナックのママを見つけ、ロボットの前に立たせた。
「おい、診察させたら医療法違反やで」
「診察ちゃうがな、駆動検査や」

 ロボットはセンサーのついた指をママの鼻に押し入れると、何やら計算をしだし、診察を下した。
「前立腺炎デスネ。セルニルトン ヲ ショホウ シマショウ」
「エ~、ママは男やったんかい!」
「ちゃうわい、このポンコツ・ロボット!」
 ママはロボットの頭を思いっきり叩いた。

 どうやら、開発の道はまだまだ遠そうだった。


   ( おしまい )

   
y001
 新刊・不条理な弱点 発売中です。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784344993259


  ツイッターのフォロアー募集してます!
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
リンクフリー。大歓迎です!

どのような感想でも頂けると幸いです

 ↓ 押してほしいです。
にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村


スポンサーサイト
2017年06月28日 (水) | 編集 |
c004
 写真は記事とは関係のない、ウチのシマポンママです。(^^;)

今回は以前、後半だけをUPしました「生き神(イキガミ)」の前半部分もくっつけた完全版。
前・後半合わせてお読みいただければ幸いです。(所要時間は約4分です)


   【 生き神(完全版) 】
 
       ( パート1、 永瀬響子 編 )

「永瀬、いつまでかかっているんだ? コピー一つでそんなに時間がかかるのか!」
 部長が苛立ってコピー室までやって来た。

「すみません。でも何故か機械の調子がおかしいんです」
 私はあやまりながら、前衛アートの様な芸術性の高い書類を見せた。

「またか。もういい俺がやる」
 部長がため息をつきながらボタンを押すとコピー機は、それまでのラップ音楽のような異音に変わって滑らかな作動音をたて、正常にプリントを終えた。

「いったいどこを操作したらこんなサイケデリックな書類になるんだ? 機械オンチめ」
 部長は年代を感じさせる悪態を吐きながら、自分でコピーした書類を持って立ち去った。

 だが、私も部長と同じボタンを押しただけだ。なのに私がコピーを取ろうとすると、この機械は先程のようなパフォーマンスを見せる。どこがおかしいのだろうと思ってコピー機のセンタートレイを覗き込むと、途端にバフっと言う音と共にトナーを吹き出した。

「響子、あんた呪われてるわね。最近、彼氏をハデに振ったりしなかった? この前だって、サンプル商品に躓いて、社長の頭にお茶をぶち撒けたでしょ。あんな光景、めったに見られないわよ」
 化粧室の鏡の前で、顔についたトナーを洗い流していると、先輩の吉川さんが横に立ち、軽くメイクを直しながら、そう言って笑った。

 誰かに呪われてるんじゃないか? という言葉は毎回言われるが、私の場合、彼氏をハデに降ったことなんてない。それどころか私は生まれて26年間、恋人など出来たこともない。

 高校にいた時思い切ってバレンタインデーに大きなチョコを渡したこともあるのだが、渡した相手は義理チョコをくれた女子の方ばかりを見つめていた。

 だが仮に、気になった男子と良い関係になったとしても、すぐに振られていただろう。

 校庭でクラスメイト達と楽しくおしゃべりをしている最中に、たまたま飛んできた鳩が私の頭の上にポタリと糞を落として話題になったり、文化祭のドミノイベントでは完成間近に足を滑らせて倒し、みんなに居残りをさせるという古典的失態も演じた。

 家庭科の授業では火加減を間違えて鍋から引火。前髪を焦がしただけでなく、のけぞった拍子に後ろのテーブルで説明していた先生を倒し、料理の中に顔を突っ込ませたりもした。

 要するに私は昔から異常なくらいドジで運も悪いのだ。現在でもその状態は続いていて、数日前も映画を観た帰り、シネコンビルのエレベーターに閉じ込められた。

 混むのが嫌なのでエンドロール途中で席を立ち一人で乗り込んだ処、停止しないはずの階で止まり、ドアも開かなかった。

 そのままどのボタンを押しても動かなくなったので非常用のインターフォンを押すと、
「すみません、補修員があいにく別の現場に行っていますので、しばらくお待ち下さい」
と言われ、ようやく出してもらったのは三時間後。

 終電にギリで間に合いそうだったが、電車に乗る前にトイレを済ませたことで、結局間に合わず、金欠病なのにタクシーで帰宅。

 しかもその日に限って幹線道路は工事の為に大渋滞。睡眠不足と疲れが重なり翌日は遅刻。部長からは「もっと自分にあった会社を探した方がいいんじゃないか」などとイヤミを言われたのだ。

 そんな私を見て吉川さんのような人は『あなたは呪われている』とか『悪い霊が憑いている』とか言ってくる。冗談で言う人もいれば真剣に『お払いを受けなさい』と勧めてくれる人もいる。確かにサイフを落とす、バスを間違えるといった個人的ミスは仕方ないのだが、エレベーターの閉じ込め事故といった災難や、お茶を社長の頭にぶちまけるといった珍事が続くと、あまり不運を気にしない私でもちょっとヘコむ。

 エレベーター事故の翌日、私は思いきって近所に住む祖母に悩みを打ち明けた。

「お婆ちゃん、私って呪われてるのかな? いつも周りからそう言われるんだけど……」
 祖母は私の顔をじっと見た後で、「だいじょうぶ。響ちゃんは呪われてなんていないよ。それどころか、とても強い神様に守られているんだからね」と励ましてくれたのだ。

 祖母のその言葉は、私を安心させてくれた。本当は私も呪われてなど無く、むしろ守られているのではないかと感じていたのだ。というのも、どんな災難も大事には至らず、比較的短期間でウソのように収束するからだ。

 それでも災難は毎日飽きずにやって来る。

 今度は買ったばかりの定期券を落としてしまったのだ。どこかに落ちていないかと、探しながら道を戻っていると、商店街の空き店舗前にいた易者が声をかけてきた。

「そこのお嬢さん、あんたは貧乏神に取り憑かれておる。早うお寺に行って祈祷を受けよ」
「やれやれ……」
私はフッとため息をついた。



    (パート2、 イキガミ編)

「これがお前の守護する永瀬響子に降りかかる今年一年のリスクだ。生き神よ、本当にこれを回避するつもりか?」
 廃病院の地下。元霊安室の壁の中から滲み出るように現れた死神が、かすれた声で疑問を投げかけながら、俺に一冊のファイルを差し出した。

 そこには日本人の三大疾病だけでなく、発症例の数少ない病もいくつか挙げられており、さらに交通事故や落石による怪我まで記されていた。

「彼女はまだ26歳なのに循環器系のリスクまであるのか?」
 俺は死神に愚痴を言った。

「決めたのは俺じゃない。すべての人間に無作為に降りかかる疾病を彼女は回避できない。そこは分かっているだろう?」
 黒衣のフードを深く被り顔も見えない死神は、そう言い残して壁の中に消えていった。

「これは高く付きそうだ……」
 俺はため息を付きながらファイルを、束帯(そくたい)の袖に押し込んだ。

 命に関わる病魔や横変死を防ぐには、それなりの対価を支払わねばならない。
 俺が守護を請け負った永瀬響子を死に至らせないためには、これらに変わる不幸と等価交換をせねばならないのだ。

 俺は死神から渡されたファイルを手に、貧乏神が住む下町の祠(ほこら)を訪ねた。

 祠は路地裏の古びた鳥居の背後に、忘れ去られたように置かれていた。江戸の昔からずっとその場所にあって、いわくつきの富を手にした者が、それが原因で大きな厄災を被るのを防ぐために祀られているものだった。

「貧乏神、貧乏神はいるか」
「その声は守護役の生き神か。例の娘の病を昇華しに来たのだな」
貧乏神が首だけを祠から出してそう言った。

「この者から風邪以外の疾病懸念を引き取ってもらいたい」
 俺は貧乏神の面前に死神から受け取ったファイルを広げた。

「等価で、三千七百八十四不幸……」

 財布を落とす。仕事が認めてもらえない。

 好意を持った男性に無視される。お茶をこぼす。

 弁当を忘れる。通り過ぎる車に水たまりの泥をかけられる。

 宝くじ三角くじはみなハズレ。ガラガラ抽選は全部ティッシュ。

 電車やバスは直前で発車。夜中に間違い電話をかけられる。

 鳩に糞を落とされる。役場に行けば長蛇の列。買い物で並べば前の人でSOLD OUT。

 貧乏神は命に関わる疾病を、彼女であれば我慢できる不幸と取り替えてくれた。

 ただ、その数が多い……。

 今日も朝から通勤用の自転車がパンクし、電車に乗り遅れて遅刻。

 さらに同僚のミスで巻き添え叱責。

 先輩社員・吉川の寿退社送別会が長引いて終電を乗り遅れ、タクシーで帰宅。

 玄関前でゲロという予定だ。

 どうして永瀬響子という女が、不幸と等価交換しなくてはならないほど疾病のリスクが高いのかといえば、彼女の青年期における『健康係数』が異常に低いからだ。

人間は、胎児期、幼年期、青年期、壮年期、老年期と、それぞれランダムに『健康係数』を与えられて生まれて来る。ところが稀に(余命があるにも関わらず)一時期の『健康係数』がゼロに近い者が現れるのだ。

 我ら生き神は、そうした者達を、出来る限り生き存(ながら)えさせる仕事をしている。その目的で、次々と不幸を与え続ける事になるので、守っている人間から逆に恨まれるというのが辛いところだ。

 しかし響子は、『不幸の洪水』に見舞われながらも恨みがましいことを一切言わない。

 一昨日もこういうことがあった。買ったばかりの定期券を落としてトボトボと歩いている響子を、少しだけ霊能力のある易者が呼び止めたのだ。

 易者は響子の背後にいる俺を指差して「そこのお嬢さん、あんたは貧乏神に取り憑かれておる。早うお寺に行って祈祷を受けなさい」と告げた。

 俺は貧乏神ではなく生き神なわけだが、「まあ似たようなものか……」と、苦笑していると、

 驚いたことに彼女は易者に向かって、「大丈夫です。私には貧乏神さんなんて取り付いてはいません。守ってくださる方がいるだけ。そう感じるんです」と、笑顔で答えたのだ。響子に霊能力はなく俺が見えるはずもない。だが彼女はなんとなく守護者(俺)の波動を感じていたのだろう。

 健気なる者よ、我慢せよ。30歳を過ぎれば、お前の『健康係数』は高くなる。しかも、これまで不幸に見舞われた反動で耐久力も付き、幸運が怒涛の如く舞い込んで来るだろう。

 俺は出勤前の自転車のパンクに焦っている響子の髪をなでながら「がんばるんだぞ」と呟いた。  
 

                (おしまい)
 
  ツイッターのフォロアー募集してます!
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
リンクフリー。大歓迎です!

どのような感想でも頂けると幸いです


2017年05月31日 (水) | 編集 |
IMG_4466.jpg
   写真は記事とは関係のない「ルドルフとイッパイアッテナ」を観るウチのクロちゃんです。

   【 外来種 】
 
「今回、こちらに伺いましたのは、先に伝えましたワクト・プラバ第二星系条約に基づき、新たに判明した外来種の駆除について承認を頂きたかったからです。分かっておられるとは思いますがここで言う外来種とは地球上で移動したアライグマのようなものではなく、他の星系からもたらされた生物及び異星人によって遺伝子操作された生物を言います」
 扇風機のような平顔のパラスカス星人が国連総長に対して、独特の胴体ピストン運動を繰り返しながらそう告げた。

「銀河連盟1等外務官の方にこんな辺境の惑星までお越し頂き、痛み入ります。勿論地球政府は連盟のご意向に従う所存です」
 ボハンギ国連総長は、笑顔を絶やさず、かといって卑屈に見られないよう気を使いながら連盟からの使者に対してそう答えた。イギリスや中国・ロシアなど、会議室にいる10数人の国連大使もボハンギの言葉に逐一大きく頷いて激しく同意している。
『茶番劇だな。初めから逆らえるはずもない』お歴々に紅茶を運びながら俺はそう思った。


 2087年、ワシントン上空に飛来した4隻の巨大UFOに、パニックになったアメリカが攻撃をしかけて滅ぼされた。その際のUFOからの反撃が極めて激烈で、太平洋と大西洋が繋がり、当時のアメリカはアラスカ共和国、ロッキー諸島、ハワイ共和国を残すだけだ。
 アメリカと同盟国であったイギリスや、俺の故郷の日本は、ためらっているうちに、決着が付いたので助かったといえる。

 この攻撃により世界は沈黙し、ニューギニアのポートモレスビーに移された国連が、使者を迎え入れて失礼を詫たことで、地球は連盟の末席に加えてもらうことができた。( 国連が、ロンドンやパリ、東京ではなくポートモレスビーを選んだのは混乱を最小限に抑えるため )以来100年間、地球人は連盟の指導の元、観光を生業として細々と生きている。


「我々は10年前、外来種が持ち込まれたことで一時大混乱になった経験がありますからね。銀河連盟が外来種を駆逐してくださるのは大歓迎と言えます」
「そう、ボグタ星の観光客が持ち込んだパラサイト・スライム。あれは酷かった」
 ボハンギ国連総長の言葉にフランス大使が頷いた。

 パラサイト・スライムは沼の星・ラウンに住むアメーバー状の生き物で、悪魔のスライムと言われている。触れると一瞬で対象の生物を包み込み、体内に浸透するのだ。やがてその生物は遺伝子を書き換えられ、知覚器官のある頭だけを残し、首から下はスライムになる。今でもパソコンの写真サイトには『閲覧注意』と付いた画像が数多く残されている。
この化物を連盟の専門チームが地球上から一掃してくれたのだ。余談だが地球にスライムを持ち込んだボグタの若者は自身がスライム化されラウンで終身刑にされているそうだ。

「で、駆除を予定されているのは、どのような動植物が対象なのでしょうか?」
「まず一つは、地球人がカモノハシと呼んでいる生物です」
パラスカス星の外務官は壁面に写真とDNA解析表を映し出した。
「カモノハシ? カモノハシなら地球に昔からいる生物ですが・・・」
訂正を試みたオーストラリア大使に対し、連盟の外務官はますます胴体ピストン運動を強めながらその発言を打ち消した。

「カモノハシには進化の過程の化石が一切見つかっていないのではないですか? しかもそのDNAには爬虫類、鳥類、哺乳類の系統が全て入っています。(事実です)不思議に思われたことはないですか?」
「そういえば奇妙な生物ではあるな。鶏と同じように肛門・尿道・生殖口が一つになっている単孔類だし、性染色体が5対もあるし・・・(事実です)」
「あれは140万年前に連盟に属さないタミラス星の科学者が、この星で行った実験によって誕生した生物なのです」
「しかしそうだとしても、カモノハシはすでに生態系に組み込まれている。これを排除するというのは、やりすぎではないのですか?」
 諦めきれないオーストラリア大使の言葉に、数人の大使が賛意を示したが、連盟の外務官は容赦なかった。

「地球には強力なウイルス・ベクターがいます。このウイルスは対象の生物のDNAを別の生物に転写する能力を持っています。千年や1万年といった単位では、さほど問題はありませんが、長い目で見るとその星にいる全ての生物に影響を与えるのです」
「そ、それはそうかもしれませんが、すでに140万年も経っているのに・・・」
 オーストラリア大使はギュッと唇を噛んだ。

「で、もう一つの生物とは?」
 国連総長の質問に対し、パラスカス星の外務官は居並ぶ大使達を順番に指さした。
「え、我々人類ですか?」
「バ、バカな!」
「140万年前、あなた方が“ホモ・ハビリス”と呼ぶ霊長類の一種にタミラス星の科学者は、自分達のDNAの一部を移植しました。古い記録によれば宇宙船の事故で故郷に帰れなくなった寂しさを紛らわすために行ったとされています。こうした記録が最近の調査で明らかになったことで、連盟としてもワクト・プラバ第二星系条約を履行しなければならなくなったのです」
 パラスカス星の外務官は冷徹に言い放った。

「ホモ・ハビリスの中から人為的に作られた知性ある種こそがホモ・エルガステルであり、それがホモ・サピエンスに繋がったと我々は見ています。ライフサイクルが極めて短いウイルス等は別ですが、10年以上の動物でこんな急速な進化をした例はありません」
「少し遺伝子が入ったというだけで、我々地球人を抹殺すると言われるのか!」
 中国の大使が激昂した。

「抹殺するとは言ってません。あくまで地球の生態系を守るため、あなた達には人工惑星に移って頂こうと考えています。残念ながら、あなた達は去勢され外部とは隔絶されますが、食料や娯楽施設を与えられ、最後の一人が死ぬまで安楽に暮らしていけます」
 バラスカス星人の言葉で俺は、日本における[特定外来生物による生態系等に係わる被害防止に関する法律]によって、隔離されている交雑種の施設を思い浮かべた。

「もし我々が隔離を拒否したら?」
「残念ながら実力行使となります。その場合は全ての国がアメリカのようになるでしょう」
「生態系を守ると言いながら陸地をなくしたら人間以外の生物も絶滅するではないか!」
 イギリスの大使がテーブルを叩いた。

「地上の生物は多かれ少なかれ毒されています。特に人間の近くにいる動物はウイルス・ベクターの悪戯により、まるで人の様な行動を取るようになっています。あなたがたが拒否された場合、我々は海洋生物のみを守ることになるでしょう」
 パラスカス星の外務官の言葉によって、俺は実家にいるオッサン臭くなったシロを思い出した。

「いかんせん、我々に勝ち目はありません。やつらには重力砲があって、狙ったプレートを千メートル沈下させることができるんですよ。ここは他の生物を守る為、人間が犠牲になるしか無いのではないでしょうか」
 一人の大使が弱気なことを言った。

「ありえん! 我が国は断じて自国を守るぞ!」
 それは勿論、どの大使もできればそうしたいと考えているだろう。
「ではあなたは、どうやって彼らと戦うんです? アメリカが3分で消滅したというのに」
 そう言われると、大使達全員が押し黙った。そんな中、

「拒否します!」
 俺は思わず大声を上げていた。
「君は誰だ? ボーイか。何の権限があって勝手な事を言っているんだ。退出しなさい」
 国連事務総長がガードマンを呼んだ。

「俺は、ここでアルバイトをしている国連大学の学生で、銀河連盟法を学んでいる者です。連盟法ではこういった場合、加盟惑星が異議を唱えて裁判を起こす権利を有しています」
「何、そんなことができるのか?」
 大使達がいっせいにパラスカス星人を見ると、俺の発言を聞いた外務官は天井にも届くかと思われる程の胴体ピストン運動を繰り返していた。それは誰の目にも動揺しているように見えた。

「君、裁判になると勝てる確率は?」
 大使達の目が今度は俺に突き刺さる。
「正直に言えば、ワクト・プラバ第二星系条約はかなり重要な条約ですので、このままではまず勝てません。ですが、連盟での裁判は長引くのです。地球時間で言えば数百年は続きます。その間に・・・」
「なるほど。我々も反陽子爆弾等を開発して、やつらに対し恫喝外交をやるのですな」
 どこかの大使が言った。

「いえその逆です。数百年の間に様々な星系と交流し、味方を増やしていくのです。そしてあらゆる惑星の知的生命体が様々な要因で繋がってきたことを証明し、地球人にのみ向けられた不当な扱いを訴えていけば、やがて未来が見えてくるはずです」
「それで行こう!」
 国連総長のボハンギが力強く俺の肩を叩いた。

 パラスカス星人はと見ると、天井に頭をぶつけて泡を吹いていた。

                    ※・・・この物語はフィクションです。
     ( おしまい )


   
y001
 新刊・不条理な弱点 発売中です。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784344993259


  ツイッターのフォロアー募集してます!
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
リンクフリー。大歓迎です!

どのような感想でも頂けると幸いです

 ↓ 押してほしいです。
にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村


2017年04月29日 (土) | 編集 |
d002.jpg
  写真は記事とは関係のないウチのシマポン親子です。

   【 英雄との遭遇 】
 
「宇宙船カリエトは現在、減速してネオアースからわずか100億キロ付近を航行中。まもなく乗員はコールド・スリープを終え、ひと月後にはこちらに到着すると見られます」
 航宙局のマクナガン長官の言葉に会議室はどよめいた。
「ついに我々は600年前の英雄と対面できるのか」
 行政長官である私のみならず、誰もが感慨ひとしおだった。

 カリエトは2115年、人類がまだ火星や木星の衛星エウロパの海に都市を築いている頃、大いなる夢を抱く若者数十人と移住に必要な機材、植物の種、数々の動物の冷凍卵を乗せて11光年離れた地球型惑星Aq77cに向け、帰らぬ旅に飛び立った初めての恒星間宇宙船だ。
 ワープ航法も確立されていなかった時代、スイングバイ航法によって光速の約50分の1にまで加速し、600年をかけて到達するという壮大な計画を持って送り出された大冒険時代の船なのだ。

 だが、宇宙工学の進歩は彼らの勇敢な試みをさほど意味のないものに変えてしまった。
 タイタンの権益を巡る紛争によって飛躍的に発展した技術はついに人類にワープ航法をもたらせ、新たな植民船は先に旅立ったカリエトを安々と追い抜き、わずか数ヶ月で、今我々がネオアースと呼んでいる星(Aq77c)に降り立った。

 それから600年、Aq77cの開発は進み都市が出来、森が生まれ、生命の痕跡がなかった海には地球から運び込んだ幾多の海洋生物が爆発的に繁殖した。Aq77c改めネオアースは文字通り、第二の地球として歩み出し、新たな宇宙開発の拠点となって繁栄し続けている。

 勿論、人類は勇敢な冒険者達を乗せたカリエトを忘れたわけではなく、回収すべきかどうかの議論はされていた。しかしカリエト本体に起きた何らかのアクシデントで、その位置が数百年間も分からなくなっていたのだ。それが数ヶ月前、個人所有の宇宙クルーザーによって、我々の住むこのネオアースから900億キロの地点で発見されたのだ。

 船体は隕石による破損でかなり損傷を受けていたが、一見したところ、居住空間には問題がなさそうだったので、派遣されたパトロール船が寄り添う形で見守ってきた。
 そのカリエトがもうすぐネオアースに降り立つのだ。

 ここでふと我々はカリエトに乗る600年前の英雄をどう処遇したら良いのかという問題に直面した。

なにせ彼らが飛び立って数年後に開発されたワープ航法によって、彼らが人類で初めて降り立つはずであったAq77cは人口30億人の賑やかな惑星に変貌しているのだ。
つまり本来彼らが得るべきであった栄誉も0からの開発という生きがいもすでに無い。
我々が彼らの立場であれば全てを捨てて夢にかけた600年は何だったのかと落ち込むのではないだろうか。

「彼らをネオアースの砂漠地帯に誘導し、そこで初めての開発という夢を見てもらってはどうか」というバカげた意見も出たが、600年前の技術でもドローン等を使い星の隅々まで見渡すことも可能で、本当のことが分かった時点で彼らは激怒するだろう。そこで・・・、

 ここは正直に人類初の恒星間飛行を成し遂げた英雄として、その業績にふさわしい地位と生活基盤を与え、本を執筆してもらったり、銀河テレビに出演してもらったりして栄誉を称えるのが良いのではないかという結論に達した。

 一月後、万全の体制を整えて我々はカリエトを待った。600年前の資料からカリエトがAq77cのどの地点に降りるのかが分かっていたので、その付近にあった数軒の農家には移転してもらった。
(なおこの時、『立ち退きをしてもらうのが農家だから良かった。これが有力者の邸宅であれば』云々と言った行政官はクビになった)

 空の上から遠目に見ても傷だらけのカリエト本体がゆっくり垂直着陸をしてきた。すでに船体の大部分を占めるエンジン部分はネオアース突入前にすでに切り離している。
 我々は「ヒーロー歓迎!」と書いた横断幕を上げて数万人で待ち構えた。

 だが、ドアが開いても誰も降りてこなかった。
 無理もない。無人の荒野に降り立つはずが、宇宙人(!)数万人に取り囲まれているのだ。
勇敢な冒険者といえども面食らうことだろう。そこで・・・、

 私は志願した女性行政官ら数人と共にカリエトの中に乗り込んだ。

 が、中で見たものは・・・、想像されたよりも酷く損壊した移住区と、ケースまで破壊されたコールドスリープ装置。そしてそこに眠る56体のミイラだけだった。

「なんてことだ。英雄達はすでに全員が亡くなっていたのか」
 私は落胆し、船を降りようとした。とその時、一人の行政官が声を上げた。

「長官、このコールドスリープ装置はまだ機能しています」
 それは通常サイズのコールドスリープ・カプセルの約2分の1の大きさで、唯一壊れておらず、目標の地点に降りたというのに未だ凍りついたままだった。

「子供も乗っていたのか。たぶん大人達が基地を開設してから起こす予定だったのだろう。だが、大人達が全員死んだので起こされることもなく眠り続けているんだ。早く起こしてあげなさい」
 私は後から船内に入ってきた、当時の機器を扱える技術者にそう命じた。

 白い氷に閉ざされたカプセルを温風が包み、やがてそこに眠る者が姿を表した。

「子供じゃありません。猫です! 生きています」
 技術者がピクリと動いた猫を見て驚いたように叫んだ。
 成人用のコールドスリープ装置に寄り添うように置かれていたその小さなカプセルは、おそらく、その人が可愛がっていた猫だったのだろう。首にはチャコと書かれたリボンが巻かれていた。

 もし我々が先にこの惑星を開発していなければ、このまま何千年も眠り続けるか、生命の全く存在しない星で唯一人死の時を待つしか無かったろう。

「あなたが連れてきたチャコちゃんは、我々が大事に育てます。この星には猫がすでに沢山いるので、チャコちゃんの友達もすぐにできますよ」
 私は猫のカプセルの隣で眠るミイラにそう言った後、恐る恐るチャコを抱き上げると、小さな英雄はミャウーと鳴いた。

 ようこそ、ネオアースへ。長旅ご苦労様でした。

      ( おしまい )

   
y001
 新刊・不条理な弱点 発売中です。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784344993259


  ツイッターのフォロアー募集してます!
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
リンクフリー。大歓迎です!

どのような感想でも頂けると幸いです

 ↓ 押してほしいです。
にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村


2017年04月05日 (水) | 編集 |
DSCF1410.jpg
  写真は記事とは関係のないウチのシマポン親子です。

   【 最後の審判員 】
 
 「う~む、これは・・・」
 内閣情報調査官である俺が差し出したファイルを見て、河上総理は絶句した。

 そこには官民問わず数千人を動員し、わずか1週間で仕上げた『吉岡雅也』に関する、(生まれてから四七歳になる今日までの)詳細な記録が書き込まれていた。

「概略を述べてくれ」
 そう言ったのは佐竹官房長官だった。
 俺は内閣の主要閣僚と公安関係者、アメリカ他、数か国の大使の前で『吉岡雅也』の略歴及び現在の状況を読み上げた。

「吉岡は七歳の時に両親が離婚、その後は母親に育てられています。生活は貧しいながらも、仲の良い親子でした。しかし小学校・中学校を通じて壮絶なイジメにあっています」
 イジメという言葉を聞いて数人が顔をしかめた。

「それは担任の証言なのか?」官房長官が尋ねた。
「そうです。彼の小学校の担任は、当時採用されたばかりで、吉岡をよく覚えていました」
「ガッデム!」アメリカ大使が舌打ちをした。
「続けてくれ」

「きっかけは朝礼で放った校長の一言のようでした。吉岡は少し歯が出ていて、普段の顔が笑っている様にに見えるのです。まじめに聞いていないと思った校長は、そこのクラス! と、怒声を発しました。そのことでクラスの数人の子供達が、『お前のために怒られた』と因縁を付けたのです」

「アンビリーバブル」と言ったのはイギリス大使だった。
「日本ではそんなことで、全体が責任を問われるのですか?」
「いえ、クラスの子らは、安全にイジメることができる生贄を探していたのです」
 要するにその時、学級カーストというものが出来、吉岡はその最下層に置かれたのだ。

「ただし、彼はめげませんでした。場を和ませる為に笑顔を絶やさず、また当時テレビで流行っていた、『なんちゃって』等のギャグを連発し、クラスメイトと仲良くなりたいと努力したようです」
「で、結果は?」官房長官が促した。

「まさに火に油でした。それはクラスの中心人物の野島や三浦をさらにイラつかせました。彼らは教育熱心な両親の元、有名私立中に入るよう厳しいプレッシャーをかけられており、ストレスが貯まっていたのです。野島はあの頃を振り返って、まるで催眠術にでもかかったように吉岡に腹をたてていたと振り返っています」

「つまらんギャグの連発か・・・。確かにそれはイラつくかもな」
自身がエリートコースをたどってきた大山文部大臣がポツリと言った。

「吉岡にとって不運だったのは、野島や三浦達と中学時代も一緒に過ごさねばならなかった事です。野島達は受験に失敗して以降、生活も乱れていました。吉岡は学校では毎日のように暴行を受け、外では彼らの遊興費を調達させられました」
「小中学校で九年間も加害者と過ごすのはいじめられっ子にとっては悲劇だな。だが中学卒業後、吉岡は就職できたんだろ。すぐに辞めたようだが・・・」

「ハイ、どう言えば良いのか・・・、人間には誰からも怒りの対象にされるような者もいるようで、この吉岡がまさにそれです。彼は入社して早々、社訓を読む表情がニヤけていると社長から怒鳴られたようで、上司が社長の気持ちを忖度(そんたく)して、厳しいことで知られる社員研修会社に身柄を預けました。そこで教官から激しい仕打ちを受けたのですが、例によって吉岡は、この場を和ませようと、『なんちゃって』等の冗談を言ったのです」

「そりゃ大変だねえ・・・」飯島法務大臣が、思わず笑ってしまってから口を押さえた。
 
「元々、軍隊教練のような場でしたから、教官は激怒し、危うく吉岡は殺されかけました。その後、研修会社は吉岡の上司に『この人物は将来に於いても全く見込み無し』と書いて寄越したそうです。その結果、吉岡はクビになりました。しかもどうせ辞めていく人間だからと、当時捜査の対象になっていた使途不明金の責任を押し付けられたようです。後からそれは古参の事務員が株の損失の穴埋めに横領していたことが分かりました」

「はあ・・・」
 ここで小辻財務大臣がため息を付いた。
「で、その後は?」

「吉岡は懲戒処分を受けたことで、新しい職が見つからず自宅アパートに引きこもります。しかし八年後に母親が死去。家賃が払えず二七歳でホームレスになりました。以来二〇年間、大阪のあいりん地区で、時々は日雇いをやりながら、西成労働福祉センター脇で路上生活をしています」

「よりによってホームレスか・・・」
 河上総理が頭を抱えた。
 人類存続の唯一の希望が、『吉岡雅也』だったのだ。



 数ヶ月前のこと、地球上の全ての都市が七時間ばかり闇に閉ざされた。月ではない異様に大きな物体が太陽と地球の間に割り込んだのだ。驚くべきことにそれは人工物で、管理者を名乗る異星人の操る宇宙船だった。彼らは人類の全てのパソコンにハッキングをかけ、そのユーザーの言語で、我らは幾多の文明の『間引き』を担当する管理者であると名乗った。

 国連を始めとする国際機関、各国政府がそれぞれにコンタクトを取り、管理者の意図を探った処、古典的なSF小説まがいの難題を突きつけてきた。すなわち、一定の段階に達した文明を、新たな段階に導き、彼らのメンバーとして迎えるか、それとも今いる人類の全てを消去して新たな人類を創造するか、それを我々人類から無作為に選んだ三名を審判員として、自由意志で存続か消去かを決定させるということだった。

 人類自らが選ぶのであれば、この文明の消去などあり得ないはずが、彼らが補足した説明によると、人はこれまで七度挑戦してその全てが『間引き』に会ったという。ちなみにここ2万年の間ではクロマニヨン人のアトランティスと明石原人のムーが滅ぼされたそうだ。

 勿論そんな不条理な提案は受け入れられないと、どの機関も政府も主張したが、脳天気な映画じゃあるまいし、武力で抵抗できないことは誰の目で観ても明らかだった。

 彼らを怒らせては元も子もない。なのでおとなしく経緯を見守るしか無かった。
管理者が言う無作為の選考結果はなかなか発表されなかったが、10日ほど前になって、ようやくアラブ王族のイブン・フセイン、アメリカ人のキャサリン・ベッカード、日本人の吉岡雅也という名前が発表されたのだ。

 選ばれし三人の名前は、異星人によってハッキングされている世界中のパソコンに表示される為、国連や政府も隠蔽できず、世界の誰もが知っている。当初、地球上で最も裕福な国に属する人間が二人、さらには石油によって贅沢に暮らすアラブの王族というラッキーな組み合わせに地球上の誰もがホッと胸を撫で下ろした。が・・・、

『突然空に巻き上げられた人物』の目撃談と、発表された名前から、アメリカのマスコミが人物を特定し、調査したところ、イブン・フセインはともかく、アメリカ人のキャサリン・ベッカードは相当やっかいな人だという事が分かった。彼女はハルマゲドンを待ち望むカルト教団を率いる教祖だったのだ。残る一人、吉岡雅也については今のところ政府筋しか知らないが、世界中のマスコミがその名を追っていることから、すぐに素性がバレるだろう。

「Mr.吉岡はたぶん大丈夫だと思います。我々の分析ではMr.フセインは今の世界に不満が無く、Miss.ベッカードは今回の事が最後の審判と捉えるでしょう。残るMr.吉岡審判によって人類の存続が決まりますが、彼は今までに二度自殺未遂を犯しているものの、他人を巻き込まない配慮が見られました。今回のみ全世界を巻き込もうとは思わないはずです」
そう断言したのはアメリカ大使の後ろに控えていたFBI調査官のホッチキスという男だ。

「総理、私も同意見です」と発言したのは佐竹官房長官。
「吉岡は温厚な男です。これまで常に迫害を受けていますが、復讐を企てたことはありません。しかも、今回地球を救えば、それまでの彼の生活は一変します。おそらく日本だけでなく世界中でビップ扱いになるでしょう」
「しかし佐竹君、吉岡は宇宙船に空中転送されてからは我々と会っていない。つまりは地球上の誰とも交渉していないのだろう?」
「彼は地球に戻った後の歓待ぶりを想像する能力があるはずです」ホッチキスが断言した。

「ならば我々は吉岡審判員の裁きに期待するとしよう。管理者達は6月1日、グリニッジ標準時12:00に発表すると通告してきたようだ」
 河上総理は、居並ぶ閣僚や大使達に向かい、重々しく言った。


 そして運命の日・・・。

 地球の全ての都市が再び闇に閉ざされ、空に巨大なスクリーンが出現した。
 そこに映し出されたのはイブン・フセイン、キャサリン・ベッカード、吉岡雅也の顔。

 フセインが手を振り何かを指差して微笑んでいるところを見ると、彼らにも地上の人々の様子が見えるようだった。
 フセインのにこやかな表情は人々に安心を与え、アメリカ大統領はホワイトハウスの窓で見上げながら側近に、「この事が終わったら、あの大統領以来制限してきたイスラムからの移民をもっと増やしても良い」と呟いた。

 一方で、目を閉じ、一心に祈るキャサリンの様子は人々に不安を与えたが、右端の吉岡が微笑んでいた為、2対1で存続は間違いないようだった。

 吉岡は幸運な男だ。彼のその後の人生は一変するだろう。すでにこの時、日本だけでなく世界中から数千人の女性が彼に熱い視線を送っていた。彼は世界を救う英雄であり、近日中にはタイムズ誌の表紙を飾る男なのだから。

 予想通りアラブの王族、フセインは彼の臣民だけでなく世界の人々に向けて慈愛を込めた表情で「私はこの世界の存続に一票を投じる」と告げた。不思議な事に彼の話すアラビア語は、中国人にもブラジル人にも日本人にも母国語のように内容が理解できた。

 そしてまた予想通り、ベッカードは「この世界に今、審判が下される。神と共に有る者は天国への扉が開かれ、不信心者は地獄に落ちる。ソドムはたった今消滅する!」と告げた。
 これで1対1。これまた予定通りだった。

 残るは吉岡一人。

 だが、彼の顔が先程と違って険しい。
 吉岡は、まるでヒットラーの演説のように押し黙ったまま1分近く沈黙した。
 そして、おもむろに口を開く。
「地球は消滅!」
「な、なんだとー!」
 全世界の人々が驚愕した。

「なーんちゃって、ウソウソ。俺はこの世界の存続に1票を・・・」
 だが、管理者は最後まで聞いていなかった。
「あい分かった!」
 地球全体を揺らすような音声が響いた。
 吉岡の冗談は管理者も理解できなかったのだ。

 やがて火星の背後にあるアステロイドベルトの中から直径4キロ程の小惑星が地球に向かって移動し始めたという報告が天文台よりもたらされた。


        ( おしまい )

   
y001
 新刊・不条理な弱点 発売中です。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784344993259


  ツイッターのフォロアー募集してます!
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
リンクフリー。大歓迎です!

どのような感想でも頂けると幸いです

 ↓ 押してほしいです。
にほんブログ村 小説ブログ 短編小説へ
にほんブログ村