自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2016年10月19日 (水) | 編集 |
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写真は箱取り合戦をするシマポン親子です。

   【 仮想家族 】
 
 朝の通勤時、都心に向かう京王線は珍しく混んでいて、座りきれず立っている人もいた。

 そういう人は仕方なくスマホの画面に見入っているが、椅子に腰掛けている人達は大抵、雑誌や新聞を手にしている。

 これは最近のトレンドだ。今世紀の初頭には落ち込んでいた某少年漫画誌も発行部数が初めて500万部の大台に乗ったとか。そういえば、廃刊していった雑誌の殆どが復刊したと聞く。

 あの政策「みなし法」によって、日本経済は順調に復活しているのだろう。

 8時20分。通勤快速は定刻通り京王新宿駅に到着。俺は仕事先や学校に向かう人の流れに沿って歩き出した。

 だが急ぐ必要もない。そこで少し寄り道をしてファストフード店に入り、コーヒーを一杯注文した。

 この店も新宿の一等地にあるが、ゆったりしている。店員が二人。客は数人だ。しかし見た目は閑散でとしていても売上はすごいらしい。

「ありがとうございます。ブレンド・コーヒーと、お子様・セットが二つでございますね」
店員は注文もしていないのに、家にいる子供達の為のお子様・セットを付け加えた。最近はマイ・ナンバー・カードがお財布代わりなので客の家族構成が分かるのだ。

「コーヒーの方は店内でお召し上がりになりますか?」
 俺は黙って頷いた。

「ではファミリー・セットは、ご家庭に届けたことにしておきますね。お会計は1400円になります」
 店員はブレンド・コーヒーのみをトレーに乗せて渡した。昔はこういうファストフード店で1400円も使うことは無かったが・・・と嘆息しつつも助成金が出るので、まあいいかと思いなおして時間を潰すことにした。

 10時過ぎに出社すると、20台程並べられた営業一課のパソコンは小気味よく作業中で、ただ一人部屋にいた新入社員の加藤が、俺を見つけて「吉岡さん、今日は出勤日ですか」と、嬉しそうに声をかけた。

「何か問題は?」

「いえ、すこぶる順調です。ただ、退屈で・・・」
 加藤はそこでハッとして、就業時間中に読んでいたと思われる漫画雑誌を隠した。

「かまわんさ。退屈な時は本でも読んでいればいい。そのうち、この仕事にも慣れるさ」

「恐れ入ります」
 
 この春入社した新人は、すでに大半が辞めている。

 我が社は政府系の物流会社で、仕事は簡単、給料は高く、休日出勤もない(というか、本人が望めば毎日が日曜日だ)。
 だが、人間贅沢なもので、そういう仕事は逆に辛いのだ。

 辞めた人間はどこへ行くのか? 人事部のデーターによると、故郷に帰って農業とか漁業に従事する者が多いようだ。

 彼らの気持ちはよく分かる。あの政策でがんじがらめの東京では生きている実感がわかないのだろう。

 そのせいか新聞によると、本年度・新卒者が入りたいとする会社の上位には、一昔前だとブラック企業と呼ばれた、忙しくてなかなか自由な時間もない、ハードな所がズラリと並ぶ。

 ウチの会社のように、事業の大半をコンピューター任せで、ただ見守っているだけ。顧客からクレームが出る恐れもなく政府の指令によって発送業務を(それもほぼ自動的に)行うだけの仕事は、やりがいがないのだろう。

「釣りに行きたいので帰ってもいいですか?」
 漫画本を読み終わった加藤が俺に許可を求めた。

「この時期、何が釣れるの?」

「東京湾だとイワシか小アジですね。秘書課の山名さんを誘うことにします」

 いいぞ。そのタフさがこの職場では必要だ。もしかしたら彼は来年も我が社に残っているかもしれない。

 加藤が出ていった後、一人で今月の売り上げを見ていると、部屋の中に数人の運送業者がそれぞれ大きな荷物を抱えて入ってきた。

「営業部長の吉岡さんですね。事務机とパソコン、こちらに置いてもよろしいでしょうか?」

 そういえば我が社は事業拡大の為、10人の新たな従業員を雇い入れたのだった。

 レッド・ナンバーと呼ばれる新しい従業員は出社せず、コンピューターを通じて仕事をする、幻の従業員だ。

 要するに空のデスクがまた増えるだけで、スペース的にも無駄だと思うのだが、心理的にも国の経済的上でも必要なことなのだという。

 もうお気づきかもしれないが、レッド・ナンバーは人間ではない。

 人間のマイ・ナンバーが黒なのに対し、赤い数字で表された幻の人間だ。そしてこれこそ、「仮想人類・みなし法」の骨子なのだ。


 日本の人口は2016年2月26日、減少に転じた。このままでは年金制度を維持できず、かといって移民政策には反対が強く、「産めよ増やせよ」は時代錯誤と言われる中、政府が考えだした迷策が人工知能に仮想の人格を持たせ、二級市民として最低賃金が支給されるという、「働き手・倍増計画」だったのだ。

 これを有識者会議にかけたところ、「ならばいっそうのこと、仮想の人口(仮想通貨の人間版)を増やせば良いではないかと」いう意見が出、最終的に「仮想人類・みなし法」が出来たというわけだ。

 例えば俺は現在35歳の独身だが、そういう人には強制的に仮想家族が与えられる。
 先にファストフード店で、頼んでもいない「お子様セット」を押し付けられたのはそのせいだ。ただし損はしない。仮想家族には働き手として吉岡2号(もう一人の俺)がいて、こいつがどこかの会社で働いて、入金してくれるからだ。

 人口が増える、(つまり一人の人間が生まれ、生産者や消費者となる)とはどういうことなのか? これを分析し、1歳から100歳までの平均的な物品・消費量を算出。次に20歳から70歳までの働き手としての生産量を計算し、ビッグ・データーによる、経済的な波及効果まで付け加えた上で、『ニッポニア』という政府所有のスパコンの中に数多くの仮想人格を作り上げたのだ。

 これらの仮想人格は名目上食事もするし、漫画雑誌も買う。ただしそれらは金銭が動くだけで実際には存在しない。空発注、空決算が国家単位で合法的に行われる制度といえよう。


 新しく営業部に納入されたコンピューターが順調に機能することを確認した俺は、観たい映画もあった為、少し早めに退社した。

「夫婦50割が適用されますので、二枚で2200円です」
 入り口に立つロボット従業員にマイ・ナンバー・カードをタッチすると突然、驚くべきことを言われた。

 そういえば俺は前の妻との間にできた二人の子を引取り、別の女性と結婚したというのが、家族省から送られてきた設定だった。
 
 いずれにしても仮想家族なので、相手のプロフィールもろくに見ていなかったが、俺が35歳なのに、新しい奥さんが50歳を超えていたとは・・・。

 夫婦50割はどちらかが50歳以上だと適用される。つまり奥さんの年齢は50歳以上ということしか分からない。

 だとするといったい何歳なんだろう? どうせなら女子大生くらいにしといてくれればいいのに・・・などと考えているうちに映画が終わってしまった。

 帰宅途中、スマホで調べてみると妻の名前は吉岡パナハ。岐阜県緒玉村出身の78歳趣味はカバディーを見ることとあった。

 俺はそのいい加減さにあきれ、思わず電車の中だというのに吹き出してしまった。

 しかし、聖蹟桜ヶ丘の自宅に帰ると、さらに驚くべき通知が舞い込んでいた。

「おめでとうございます! 新しい奥さんとの間に3人目のお子さんが誕生しました」と書いてある。

 確か彼女は78歳という設定だったはずでは? ずいぶんと高齢出産だなと苦笑しながらも、子供の名前を付けて登録するようにとあったので、適当に『ラオシー』と名付けておいた。

 テレビのニュースでは、「今年ついに日本の人口が15億人を突破してインドを抜きました」と報じていたが、このうちブラック・ナンバー(人間)は8000万人にすぎない。

 どこかの国が、政府のスパコン『ニッポニア』にハッキングをかけ、幻の人間をすべて消してしまったら、20世紀末のバブル崩壊より悲惨なことにならないだろうか?

 俺はふと思った。


         ( おしまい )
  

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2015年02月27日 (金) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のないクロちゃんとチビポンです。


     【 プログラマー 】(再録) 

 
 プログラミングは囲碁や将棋と似ている。
 定石をしっかり身につけておけば、後は経験と発想力が物を言うのだ。
 学生時代、就職の時期になってもリクルート・スーツやエントリーシートに馴染めなかった俺は、気がつけばフリーのプログラマーになっていた。

 依頼主の企業の求めに応じたオブジェクト(プログラムのパーツ)をC言語で完成させ、送信する。それだけの仕事だ。
 そのオブジェクトがゲームの一部なのか産業用に使われるかは知る由もないし関心もない。
 そういう仕事だから人との会話も少なく、コンビニに行く以外は部屋に引きこもりの生活となった。

「ずいぶん不健康ね。たまには海にでも行きましょう」と、ゲームの中の彼女は誘ってくれるが現実に誘ってくれる者などいない。

 これではいけないと思い立ち、フェイスブックに登録して似たような境遇の人を探してみると、
「ハーイ、トシキ。私はエリー。あなたと同じフリーランスのプログラマーよ」
「こっちはプルミエ。フランスで同じような生活をしているよ」
 と、瞬く間に二人の友人ができた。

 実際には会った事もないのにフェイスブックやEメールを通して互いにアイデアを出しあったり情報を交換したりする内に、エリーがおいしい仕事を持ってきた。

「2、3時間で完成できるオブジェクト1本につき1000ドルだって」
「そりゃすごい」
「しかもプログラマー一人にそれぞれ秘書が付くらしいわ」
「ほんとかよ」
 俺は美人秘書を従えたスタープログラマーになった自分を想像した。

「だけど一つ条件があって、秘密保持の為に会社の用意した場所でプログラミングするんだって」
「秘密保持ってのは怪しいな」とプルミエ。
「で、どこなんだ?」俺は一応聞いてみた。
「カリブ海のコテージ。世界有数のリゾートで仕事しませんかって誘われたのよ。でも一人じゃ怖いから、あなた達も一緒ならばって条件を出したの」
 
 暖かいカリブ海で巨額の報酬をもらいながらリゾート気分で仕事をし、美人秘書まで付いてくる。
 多少胡散臭い話だが俺はエリーの話に乗ることにした。
 このまま一生、誰とも付き合わずに部屋の中で過ごすより、ちょっぴり冒険をしてみたい。
 そんな気持ちが不安を駆逐したのだろう。俺が引き受けるとプルミエもこの誘いに乗った。

 が・・・、

 予想と現実はだいぶ異なっていた。

「君が日本から来たトシキ君か? 私が君担当の秘書、ミゲール・ゴンザレスだ」
 アンティル諸島にある小さな空港を降りるとプロレスラーのような巨漢が握手を求めてきた。

 その上、仕事場となるコテージは点在する数百の小島に別れていて、プログラマー同士顔を合わすこともできないとあっては、リゾートどころか監視付きの島流しという感じだった。

「ひどい環境だな。そっちは無事かい?」
 俺がエリーとプルミエに連絡するとすぐに彼らから返事が帰ってきた。
「なんとか無事よ。でもこれじゃあ一緒にディナーもできないわね」
「まあ、場所がカリブというだけで、僕らにとっては今までと全く変わらないってことさ。早いとこ仕事を終えてみんなでクルージングを楽しもうよ」
 俺達はコテージで缶詰になりながら依頼されたオブジェクトを次々と作り上げていった。

 依頼主が正直に支払ってくれるとは限らないが、俺達は一ヶ月足らずで数百万円を稼ぎだした。
 これだけあれば、セント・ルシアの高級ホテルで三人一緒に数ヶ月は楽しめるだろう。
 そこで、「そろそろ止めないか?」とみんなに打診すると、エリー達も同意見のようだった。

 ところが、そのことに企業側が難色を示したのだ。
 契約では最低1ヶ月とあるのだが、秘書のミゲールは「プロジェクトが完了していないからダメだ」と突っぱねるではないか。
 仕方がないので俺達はもう1週間だけ、働くことにした。

 その夜、いつものようにフェイスブックで連絡を取り合っていると、プルミエが気になる事を言い出した。
「なあ、僕らの仕事はオブジェクトを作るだけでプログラムの全体像は見えないんだが、三人のオブジェクトで推測するとこれは無人兵器の制御プログラムじゃないか?」
「そういえば私が以前ハッキングしたミサイルの制御プログラムもこんなコードが使われていたわ」
「だとすれば深入りしないうちに辞めたほうがよさそうだ」

 俺は秘書のミゲールに、やはり辞めさせて欲しいと告げることにした。
 だが、隣のコテージにいるはずのミゲールは不在で、買い出し用のクルーザーもない。

「もしかして、そっちの秘書もいなくなったんじゃないか?」
 焦った俺がエリーにEメールで尋ねると、やはり彼女の秘書も消えていると言う。
 しかもPCで雇い主に連絡すればエラーしか出なくなっていた。
 その時プルミエから緊急メールが来た。

「大変だ! 僕が最後に作ったオブジェクトの座標はどうやらトシキのいる島らしい」
「私が打ち込んだ座標はプルミエの島らしいわ」

 とすると、これが意味するものは・・・。

 あわてて空を仰ぐと雲の切れ間からミサイルがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

「詰まれたな・・・」俺はポツンとつぶやいた。
 
    ( プログラマー おしまい )



     【 プログラマー2 茶化し屋 】 

 ※・・・この話はフィクションであり、ここに登場する人物や団体等は存在しません。

「まだチェックメイトじゃないわ。二人とも早く海に飛び込みなさい!」
 パソコンからエリーの声がした。

 企業側は、外部連絡を禁止していたが、エリーは緊急用にP2P(ピアツーピア)という技術を使って、スカイプと同じ機能を自分達のパソコンに組みこんでいたのだ。

 俺達を狙った、短距離弾道ミサイルは上昇時はそれほど早くなく、落下時の速度は早い。もし俺が空を見上げた時、すでにミサイルが落ちてくる時であれば海に飛び込む間もなく死んでいただろう。

 とにかく俺は水深3メートル程の地点から炎に覆われる水面を眺めることができた。
 息を最大限に止めて浮き上がってくると、島にあった作業用のコテージは跡形もなくなっていた。

 俺達を雇っていた企業は軍事機密を知ったプログラマーを殺そうとしたのだ。
となると、国に帰って保護を求めねばならないがカリブの島から帰るのは新幹線で東京から大阪に帰るというような簡単なことではない。
さてこれからどうしたらいいだろう? 俺は波間に漂う流木に掴りながら途方に暮れた。

 ここはもう一度、島に戻って何ができるのかを考えよう。そう思って泳ぎだした時、遠くの方からモーターボートが近づいて来るのが見えた。ボートを運転しているのは見知らぬ若い女性。もしかしたら敵かもしれないが、この状態では運を天に任せるしかなかった。

「大変な目にあったわね」と、その見知らぬ女性が笑い、「エリーよ。はじめまして」そう言って、手を差し出した。見ると後部座席に傷ついた年配の男がいて、ぐったりしていた。これがたぶん、もう一人の仲間・プルミエだろう。


「私達が連中の仕事に感づいたので、開発中の商品(小型弾道ミサイル)テストを兼ねて、発射してきたのよ。夕べから動きがあったので、私は監視役の秘書が使うこのボートのエンジン・プラグに工作しておいたの。秘書は明け方に予備のジェットスキーで逃げたみたい」
「驚いたな。君はCIAか」と冗談を言うとエリーは「かもね」と言って笑った。

 彼女の正体が、工作員だったのかどうかはともかくとして、俺達はセント・ルシアにあるアメリカ領事館に助けを求め、帰国することができた。

 俺達を抹殺しようとした軍事企業についてはアメリカ政府が調査を開始することになったそうだ。恐ろしい目にあった賠償金などは貰えない可能性が高いが、それまでに貰っていた給料は返さなくても良いということなので当面の生活は大丈夫だった。


 エリーやプルミエとの友情は、その後も続き、俺達は時々香港やマカオで待ち合わせて食事をした。その際、「また別の仕事をみんなで一緒にやりたいね」と言ったら、「あるわよ」とエリーが答えた。

 プルミエが、「そりゃありがたいが、前回のような目にあうのはもうこりごりだよ」と苦笑いすると、エリーは「そうね。じゃ、自宅でできる映画の演出のような仕事はどうかしら」とスマートフォンにある仕事情報を見せた。

 なんでも人権を守るNGOからの依頼だそうで、中央アジアにある某国政府のホームページ等に侵入し、重々しい音楽と共に流れる、独裁者の偉業映像を加工して少し早回しに……、映画のエンドロールで流れる様なずっこけNGの映像もCGで制作してコミカルに演出した上、音楽もスチャラカ調に変更。日本でいえばドリフのコントっぽくするのだとか。

 目的は独裁者の権威を失墜させ国民の離反を招かせること。世界はただの道化者としか捉えていないことを本人に分からせることだそうな。

 以前の俺ならば、そんな危ない仕事は引き受けなかったと思うが、弾道ミサイルに命を狙われた今では、なんとも思わなかった。酒の勢いもあって「面白い!」と、即座に引き受けてしまったのだ。

 とはいえ、俺達プログラマーに回されてくるのは断片的で、映画監督や演出家のような華々しい仕事ではなかった。
 報奨金だけは、他の依頼よりも多かったものの全体像も分からず、ファイアーウォールを破ってハッキングを繰り返し、指定の箇所に指定のオブジェクトを貼り付けるだけという、単調な下請け作業だったのだ。
 その上、地域を表すコードも中南米からアフリカ、中東と幅広く、この人権団体がどんな独裁者もしくは団体を相手にしているのかさえ教えてもらえなかった。

 俺はエリーに連絡し、この仕事を降りることにした。
 彼女もまた同じように思っていたそうで、「潮時かもね。私にこの仕事を紹介したNGOの幹部もどこかに拉致されたようだし」と言い、プルミエもまた同意した。

 もしかすると、この仕事も辞められないのではないかとふと不安に思ったが、それは杞憂で、俺達はなんの問題もなくジャワ島でバカンスを楽しむことができた。
「カリブはもうこりごりだものね」エリーがそう言って笑った。

 だが、そんな時ですらパソコンを離せないのがプログラマーの性分で、トロピカル・フルーツを食べながらユーチューブを見ていたプルミエが、急に顔を強張らせ「トシキ、ちょっとこれを見ろ」とある映像を見せたのだ。

 それは最近、爆発的な再生数になっている映像で、南米を拠点とするゲリラ集団のプロモーションビデオをコミカルに加工したものだった。使っている音楽などから俺たちが製作したものと推測できた。内容はといえば・・・、

 若者たちを募るシーンでは全員がインド映画風に踊りだし、最後はマイケルジャクソンのスリラー調に。銃を撃てば上から洗濯物が落ちてきて、怒ったオバサンにどつかれ、政府軍兵士を処刑しようとしたら、その兵士はカンフーの達人で、全員がボコボコに。鼻血を出しながらも全員がかっこよく整列したと思ったら隊長のズボンのバンドが切れ、女物のパンツを履いていたことが分かるというコメディに仕上がっていた。

 コメントの書き込みでは「大笑いした」とか「こいつはもう人前に出れないな」とかあり、大いに盛り上がっていた一方、この映像はかなりの恨みを買ったようで「これを作ったやつは世界中どこにいても絶対見つけ出して処刑してやる!」というような物騒なコメントもあった。

「こいつらを茶化していたのか。でも僕たちの正体までは分かるわけがないよね」
「ああ、俺達は断片的な加工をしただけの下請けなんだから関係ないよ」
 プルミエと俺が、そう言ってお互いに納得した矢先、真剣な表情で検索していたエリーが「これを見て!」と大声を上げた。

 見ると、それはゲリラ集団のまだ加工されていないホームページで、WANTED! Dead or alive(生死を問わず)と書かれたサイトの中にアメリカの大統領や政府軍の将軍にまじって、プルミエやエリーや、日本人TOSHIKI、100万ドルと書かれた記述があった。

             ( 茶化し屋 おしまい )

  
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2015年02月12日 (木) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のないシマポン・パパとママです。


   【 おじいさんの見た青空 】

    
「ええか真人、空の色は黒やない。青なんや。いつかお前に、ほんまもんの空を見せたる」
「爺ちゃん、いつかていつや?」
「台風が来た時や。台風がこの町の真上を通ったら空がぽっかり開く。そん時だけ、ワシが子供の頃に見た、ほんまもんの青い空が出るんや」
 祖父は、台風が通るのをずっと待っていたが、台風なんて一つも来なかった。


「おはようございます。皆さん、もうお目覚めでしょうか? こちらはラジオ・チカツ飛鳥。『7時ヤンケ! 起きんかい』のお時間です。2085年4月7日。現在のお天気は大曇り。今朝も古市第2スタジオから八島友子がお送りしております」
 枕元に置いたタイマー式ラジオから元気な女性アナウンサーの声が聞こえてきた。

「今朝の気温はマイナス9度。4月に入ってだいぶ暖かくなってきましたね。もうすぐ石川の氷も解けて流れ出すことでしょう」
 アホかい。どこが暖かいんじゃ! 俺はつっこみを入れながらベッドから起き上がると、分厚いチャンチャンコを羽織ってトイレに入った。
 その時、重要な知らせがあった。

「さて皆さん、まずは耳寄り情報から。なんと本日、臨時配給があるそうです!」
 俺はすぐにベッド脇に戻ると、ラジオのボリュームを上げた。
 平日は工場勤めなので土日の配給は欠かせないのだ。

「場所は羽曳野公設市場で、米と醤油、それからな~んと日本産カカオで作ったチョコレートの配給まであるそうですよ。南大阪、Bの10番から12番までの地区にお住まいの方が対象で、それぞれ米は1キロにつき引換券3枚で5キロまで。醤油は各家庭一本限定で、同じく券2枚必要です。チョコレートは嗜好品扱いのため、1個につき券7枚が必要です。時間は9時から・・・」
 それだけ聞くと、俺は子供部屋で寝ている娘の真美を起こしにかかった。

 学校に送った後、ただちに公設市場に向かわないと配給品がなくなるだろう。
 真美は、「土曜日やし、まだ早いからもう少し……」などと呑気なことを言っていたが、「お前が楽しみにしとったドーム見学、今日やなかったんか~」と耳元で囁くと、
「せやった!」と言ってとび起きた。
 
 大阪ドームには来るべき復活の日に備え、造幣局の庭から選別された7種類の桜の苗が盆栽サイズではなく、標準サイズで育てられている。ちょうど花も咲き、見事だとラジオで言っていた。

拝観制限があって、学童でもない限り入れないのは残念だ。
祖父の時代に、放送されていたテレビでもあればニュースで観れただろうが仕方がない。テレビはデジタル化が災いして全く映らなくなり、かといってもう一度アナログ化したり全世帯を有線化するには採算が取れない媒体となっていた。ここは娘がデジカメに撮って来るであろう写真でガマンするとしよう。

 真美と共に乾パンにお茶という簡単な朝食を取り、ゴーグルにマスクをつけてガレージに出ると、昨日から充電していた車は発進OKを示す緑のランプを点灯させていた。

 時刻は7時30分。今日も視界が悪く、ヘッドライトを灯火しても歩行者や対向車の接近には十分注意しないといけない。
 自転車並みの速度でゆっくり走ったので学校に到着したのは8時前になっていた。

「真美ちゃん、待ってたよ。遅いようなので心配していました」
 引率の高野先生が、駐車場まで出迎えに来てくれていた。社会見学用マイクロバスには、すでに真美を除く5年生児童16人全員が乗っているようだった。

「すんません。えらい遅れまして」俺は謝った。
「いえいえ、そうじゃないんですよ。実は夕方から吹雪になりそうなので、少し出発を早めたんです。中川さんにも電話をかけたんですが、通じにくくて。こちらの連絡ミスですので気になさらないでください」

 そういえばウチのあたりは基地局に遠く、天候によってはアナログでもつながりにくい時もある。
俺は高野先生に「よろしくお願いします」と言って真美を送り出し公設市場に向かった。


 70年程前、世界には80億もの人がいて、飛行機が飛び交い、交易も盛んだった。
その頃の日本は今の10倍を越す1億2千万人も住んでいたが、誰も飢えなかった。
こうした時代の映像は図書館の資料室にある映画やドキュメンタリーで簡単に観る事ができるが、とにかく空が怖いほど青かったようだ。亡くなった祖父が、空は青かったのだと言っても子供の頃の俺は信じなかったが、学校で教えられて衝撃を受けたものだ。

その頃は、平均気温も15度を超えていて、今では地下にあるLED農場でしか育たない穀物や野菜が平原で育てられていたという。大気もチリで濁っておらず、デジタル化された通信も使え、人々はマスクなしでも生活ができたようだ。

「青い空て、きしょくワル」
 真美も学校で習った時はそう言っていたが、それが本来の色のようだ。青がいいのか黒がいいかはともかくとして、平原で作物が豊富に実り、気候も暖かいとは、祖父の時代の日本は天国のような場所だったのだろう。


 そんなことを考えながら公設市場に到着すると、すでに長蛇の列ができていた。
「お、中川さん。こっちや、こっちや」
辻向かいの山田さんが、俺を見つけて手を振った。奥さんは別の行列に並んでいるとかで、山田さんは米担当だそうだ。

「ウチは子供が多いよって大変や。おまけに、あんなポスターがベタベタ貼られとるんで、肩身が狭いわ」
 そう言って笑った。
 確かに市場のあちこちに『正しい家族計画。子供は一人まで。二人以上は許可が必要です』と、書かれたポスターが貼られている。
 それなのに山田さんはお互いが子連れで再婚したため、4人も子供がいるのだ。
「配給は子供が多うても同じやから、ミミズ食うてるねん」
 そう言われると、少し米を融通しないわけにはいかなかった。
 
 昔、食料が豊富にあった頃には逆に少子化対策が取られていたそうだ。
 それがアメリカのイエローストーン火山が噴火して以来、何もかも変わってしまった。

 8700年前、九州の殆どに火砕流をもたらしたと言われる阿蘇山のカルデラ噴火を上回ること実に300倍! スーパー・ボルケーノが人類を襲ったのだ。

 当初、「ソドムの国アメリカは神から天罰を受けた」などと喧伝していた人々も、地球をすっぽりと覆った火山性噴出物によって、闇が自身の頭上に迫ると恐れおののき、自分たちは信仰心を忘れない善良な者たちですと、ひたすら祈りをささげるしかなかった。
 
 地球のあらゆる場所で、示し合わせたかのように、大小さまざまな休火山が目を覚まし、空は黒い霧で満たされた。まるで他人事のような、学者の言葉を借りれば21世紀の初頭、から火山の活動期に入ったとの事だが、これはまさしく人類存亡の危機だった。
 
 太陽が遮られることにより、全ての作物が育たなくなった上、気温が下がって川も井戸も氷に閉ざされたことにより、飲み水も得られなくなった。農産品の輸出国でさえ自国の民を食わせることができず、人々は牧場の牛馬はおろか、森に住む獣はたとえネズミでも食べ、海の魚も網にかかるものは稚魚まで食べたが、80億の人口はとても養えなかった。

世界がこのような状態であれば、元々食料自給率の低かった日本が無事でいられるはずもない。江戸時代の天明・大飢饉ですら、はるかにましと思える飢饉となれば大地震の度に世界で民度の高さを賞賛されていた日本国民も本能に抗えず、己と家族のために修羅の道に堕ちた。

食料を巡る争いが全世界規模で起きたことで、最初の1年で人口は激減、さらに3年で噴火前の8分の1になった。その頃には国家として機能している地域はごくわずかになり、混乱は2085年の時点でも続いている。ただ日本においては最初の10数年間、無政府状態に陥ったものの、以後は平静さを取り戻している。

 
「火山灰土壌での実験野菜が入荷されたそうやで! 引換券2枚やそうや」
 米の配給を終えて帰ろうとした時、誰かが大声で叫んだ。
皮肉なことに火山の多い日本では地熱を利用した実験農場が人々を助けている。
温泉が使え、地熱発電によるLED照明で太陽が照らなくても、発泡ウレタンハウスの中で作物を育てられるからだ。
使える土地が僅かでも1000万人程に減った今の人口なら、なんとか支えられるのだ。

「しもた。チョコレートで、券みんな使てしもたわ」
 山田さんの奥さんが頭を抱えて悲痛な叫びをあげた。
「アホかい! おんどりゃ、ちっとは考えて行動せい」
「久しぶりに、チョコが欲しいて言うたんはあんたの方やないか!」
 夫婦喧嘩を始めた山田さんをその場に残し、俺は野菜の配給所に走った。

 結局、公設市場では何度も列に並んだために、そこを出る時には昼近くになっていた。
 俺は残った引換券の中から1枚を使って雑炊で腹を満たし、予定していた道明寺ホームセンターに向かった。

 ここで調達するのは畑の土20リットル。これは火山灰の下から掘り出した良質なものだ。
それと、小型の風力発電キット&植物生育用のLED照明。これらを使って、家の地下に作ったグリーンルームでネギやイモを育てるのだ。

 無論、地元大阪電力が泉南の石炭発電所と生駒の風力発電所から電気を供給してくれているが料金が高く、これを作物用の24時間ヒーターや照明にあてることには抵抗があった。
 設置さえすれば無料で電気を得られる風力発電キットは、地下にグリーンハウスを作ることを決めた時から計画していたものだ。
 うまく育てば、フリマで他の食べ物と交換できるかもしれない。

 買ってきたキットを家に持ち帰った俺は急いで組み立てを開始した。工程がわずか4つしかない単純なキットはすぐに組みあがったが、設置まではする時間がなさそうだった。
 3時までには学校に戻らないと、待ちぼうけを食らわされた娘の機嫌が悪くなるだろう。

 ガレージに出ると、すでにチラホラと雪が舞っていた。まもなく道路は黒い雪で覆われるに違いない。
地表ではそれ程ではないものの、上空は風が強いのか、犬の遠吠えのような不気味な音を発している。その時、少しだけ足元が明るくなった気がして、空を見上げると黒い雲の一部が裂け、ほんの一瞬、青い空が覗いた。

「あれが、お爺さんの見た青空だ!」
 俺はこの感動を真美に伝えようと、学校に着くや否や車に乗り込んできた娘に話そうとしたが、彼女の「遅い!」の一言で出鼻をくじかれてしまった。

 とはいえ、真美は機嫌が悪いわけではなく、ドームで観た桜がよほど気に入ったようで、「あんな綺麗なもんが、この世界にあるとは知らんかった」と、終始興奮気味だった。

「ドームにおった先生の話やと、世界の火山活動も終わりに近づいてるんやて。いつか空も青うなって日本中で桜が観れるようになるそうや!」
「いつかて、いつやねん?」
 俺は思わず真美にそう尋ねた。
「知らんがな。たぶんだいぶ先や」
 娘はそう言いながらデジカメで撮ってきた写真を見せてくれた。

 運転中なので、チラリと画面を見ただけだが、確かにそれは俺たちが住む灰色の世界には存在しない、色彩あふれるものだった。

 『いつか』が、俺の生きているうちにやって来るかは分からないが、もしかしたら真美の孫たちは、真美が「青い空て、キショク悪!」と言ったように「昔は空が黒かったやなんて、キショク悪!」と言うようになるかも知れない。

 そんなことを思いながら、今日の戦利品であるチョコレートをひとかけら、娘に手渡した。


     ( おしまい )

 
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2014年12月12日 (金) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のなウチのチビポンです。


   【 心の鍵を開く曲 】

    
「実際、音楽による効果がどれ程のものかは、この映像を観て頂ければお分かりになると思います」
 私はそう言って長谷川さんにユーチューブの映像を見せた。

 それは痴呆症によって外部からの刺激になんの反応も示さなくなった老人が、若い頃に好きだった音楽を聞くことによって顔に表情が戻り、そればかりか正常な会話さえできるようになるという記録映像だった。

 実は長谷川素子さんの48歳になる息子・伸宏氏は事故に巻き込まれ、外傷がすっかり癒えた今でも意識が戻らないのだ。

「そこでお母さんの協力を頂いて、伸宏さんが事故以前に最も好きだった曲を見つけ出し、それを枕元で流す事により、意識を戻そうという治療法なのです」
 私は手短にそのプロジェクトを説明した。
「その際、『この曲も確か聞いていたはず』などという程度ではダメで、“他ならぬこの曲”といえるものが必要です。
 私の治療方法に同意した母親は大きく頷いて「その曲をなんとか探してまいりますので、よろしくお願いします」と、何度も頭を下げた。

 下の階・四人部屋の喧騒から離れた、静かな個室で長期間眠り続ける長谷川伸宏氏は、悪徳企業やインチキ宗教団体に恐れられるマルサの中でも、特に腕利きの税務調査官で、その強面の面構えと一切妥協の無い仕事ぶりから“鉄の心臓を持った岩男”と異名をとっていた。
 それが三ヶ月前、部下も動かさず一人で綿密な捜査をしていたコミ・ゲットという団体のイベントで将棋倒しに会い、脳を強打した事によってこうした状況に陥ったのだ。

 仕事一筋で妻子も無い伸宏氏を支えるのは女手一つで育て上げた高齢の母親、素子さんのみ。
 感情的にも、病院経営者である私の個人的な打算においても、ぜひ助けたい患者だった。
 もちろん、伸宏氏が義理に流されない清廉さを持った公務員であることは分かっているが、税務に詳しい人と仲良くなって悪い事はない。
 
 数日後、母親は普段は掃除の時ですら立ち入らない伸宏氏の部屋に入って、現在調査中のコミ・ゲットに関する仕事上の資料や写真がうず高く積まれた本棚の隅から十数枚のCDを見つけだし、それを私の元に持ち込んだ。
カール・ベーム指揮のベートーヴェン交響曲六番・田園。ピエール・ブーレーズ指揮のストラヴィンスキー春の祭典。ジョージ・セル指揮ドヴォルザーク八番・イギリス・・・。
「おかたい人柄だけあって、趣味もクラッシックか・・・」
 私は、一人納得しながら、それらを可能性が高いと思われる順に流してみた。
 しかし、残念ながら目立った反応は見られない。

「ことによると、日本ではあまり演奏されないこんな曲の方が個人的には思い入れが強いのかもしれない・・・」
 今度は昔、アーノルドシュワルツェネガーのCMで使われた、ショスターコービッチ交響曲七番・レニングラードを流してみた。
 が、これも伸宏氏の心の壁を壊す事が出来なかった。

「だめでしたか」と溜息をついた母親に対し、私は「もしかしたら、これらの曲は伸宏さんにとって“他ならぬこの曲”というわけではなかったのかもしれません。他に思い当る曲はないですか?」と尋ねた。

 すると長谷川さんは「そういえば、私の亡くなった夫は三橋美智也が好きでした。この人も子共の頃はよく一緒に歌っていたものです」と言いだしたので、さっそくベスト版を調達。“哀愁列車”や“達者でな”を流してみた。
 ♪ワ~ラ~に~まみれてよ~育てた栗~毛~♪

 しかし当時の流行歌も伸宏氏の眠りを覚ます事は出来ないようだった。
「どうやらもう伸宏が目を覚ます事はないのかも」と泣く長谷川さんに対して、私は「もう少しがんばってみましょう」と慰めるしかなかった。

 伸宏氏が本当に好きな曲は何なのだろう? それが分かれば・・・。
 手元に積み上げられたクラッシックや三橋美智也のCDを前にして私は思いを巡らせた。
 その時突然、イナズマが走るような閃きが起こった。

 伸宏氏は何故一人でコミ・ゲットという団体の調査に向かったのだろう?
 確かにコミ・ゲットは近年、本家のコミケットに負けない程の顧客を掴んでいる。
 その利益が把握しにくいというのも事実だ。しかし、それならチームで調査した方が良いに決まっている。
 別にやっかいな団体ではないのだから、秘密裏に潜入調査をする必要などないはずだ。
 と、いうことは・・・。
 コミ・ゲットに行ったのは、公用ではなく私用だったのではないか?
 強面の伸宏氏ゆえ、そちらの方には思いが至らなかったのだが、もしかしたら彼は48歳のオタクなのではないか?
 だとすると、彼が好きだった音楽とはアニメソング!
 私は助手に命じ、80年代から現代に至る代表的なアニメソングをレンタルショップで借りてくるように命じた。が・・・、

「こんなにあったのか・・・」
 私は積み上げられた数十枚ものCDと、それに添えられた高額のレシートを見て唸った。
「これでもお店の人が、絞ってくれたんですよ」
 助手がすまなそうに弁明した。
 
「まあ、これも医学の発展の為にはやむおえない」
 私は自分に言い聞かせながら、CDを流し始めた。すると・・・、
 これまでとは明らかに違う反応が出た。
 伸宏氏の無表情な顔が少しだけ微笑んだように見えたのだ。
 CDの反応は時代を遡ると共に強くなって、80年代のアニメソングでは、伸宏氏の唇が少し動き、まるで口ずさんでいるように見えた。
 もしかしたらこの中に真実の鍵があるかもしれない!

「ここから先はビデオで記録しなさい」
 私は信弘氏のお母さんである長谷川さんに学術的意義を説明して許可を得た後、この後起こる現象を全て映像に残すよう助手に命じた。
 CDにして47枚目、レンタル店への返済期限があと1日と迫った夕刻、私はついに伸宏氏を眠りから覚まさせる鍵を見つけ出した。
 それは82年に放映された“魔法少女・ピンキーポポ”だった。

♪ラブラブ、ピンキーポポ、お使い行って~♪
 この曲が流れると同時に伸宏氏の口からア~、ウ~と歌うような声が漏れ始めたのだ。
 私は手の空いている看護士を集め、この曲を大音量で流すと共に全員で歌わせた。
♪夢はいつかはかなうよ~ ピンキー ポポ~♪
 いつのまにか伸宏氏がうっすらと目を開け、看護士と共に歌っていた。
 それだけではない。伸宏氏は三ヶ月ぶりに体を動かし、左右にくねらせてベッドの上で、いわゆるオタ・ダンスまで踊り出したのだ。
「せ、先生~。息子が目を覚ましましてくれました!」
 長谷川さんが伸宏氏を抱きしめて泣いた。

 この感動的な様子は学会へ発表されると共に、ユーチューブでも世界に向けて発進されたちどころに百万ヒットを記録した。

 そんなことがあってから伸宏氏は驚異的な回復を見せ、わずか半月ほどで退院。

それから1週間後には「息子の表情からヘラヘラ笑いが消え、元通り怒った様な表情に戻って職場復帰を果たしました」という冗談交じりの感謝状が長谷川さんから届いた。

“心の鍵を開く曲プロジェクト”は、こうして大成功を収めたのだった。


 余談になるが、私が経営するこの病院にマルサの調査官がゾロゾロと入ってきたのは、それから程なくしてからのことだった。


    ( おしまい )
 
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2014年05月02日 (金) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のないウチのシマポンファミリーです。


   【 涅槃(ねはん)の里 】
    
 インドの山奥にविमुक्ति व्यवहार्य संकेत(ヴィムクテシャ)と呼ばれる村がある。
 日本語に訳せば‘涅槃(ねはん)の里“とでも訳すべきこの集落は、住民全員がおおらかな性格を持つことで知られ、過去数百年に渡り争い事がない。つまりものすごく平和な村なのだ。
 不思議な事に、この村は兵力を持たないにもかかわらず侵略された歴史がない。というより、この地域を支配下に置いたどの勢力も、この村では収税等を行わず放置していたのだ。

 何故この村だけが平和を保っていられるのか? 民族学者や歴史学者の間で古くから論議されてきたが、20世紀初頭に村へ入ったオックスフォード大学の調査団によって、謎がほぼ解明された。
 結論から言うとそれは、मस्त कुकुरमुत्ता(おおらか茸)というキノコに起因するものだった。
 村周辺の森にのみ自生するこのキノコにはある種の鎮静作用があり、それを常に食していた村人は争い事を好まなくなり、また生存に必要な最低限の欲望しか持たなくなる為、平和が保たれてきたということらしい。

 事実だとすれば、あちこちで争いの絶えない人類にとって福音となるべきキノコだが、残念なことに傷みやすく、また菌床にはどの木が必要なのかすら分からなかった為、研究は進まなかった。
 つまり今回、日本から派遣されるチームが初めて本格的な調査を行うことになる。

 京都大学の菌類学者・洲床教授をチームリーダーに、文化人類学者の独鯉さん。医師の倍良坊さん、そこにヒンディ語通訳のトゥーヘン・ボックさん。大学研究室の学生8人。スポンサーサイドからは記録係として、私・野田美弥子が同行を命じられた。

「我の強い先生方だから、社員の中から元旅行コンダクターの君を選んだ。なんとか彼らを束ねて、日本にキノコを持ち帰ってくれ」
 社長がそう言って私に激を飛ばした。
 要するに記録係とは名ばかりで、気難しい老人たちのお世話係ということだ。しかし、「頼むよ。君の手に社運がかかっているからね」とまで言われれば、「分かりました。頑張ります」としか言えない。そうでなくとも我が社は経営が厳しく、今回のスポンサー費用だって社宅をすべて売り払ってようやく工面したものだった。

 それなのに、洲床教授は「内陸では良い魚が手に入らないと思うが、自分は毎日必ず刺し身を食べるので、日本から冷凍パックしたカツオのたたきを運んでくれ」と注文を付ければ、独鯉さんも負けじと「現地では牛肉が食べられないので冷凍のラム肉を北海道から届けるようにしてくれ」と言う。
 倍良坊さんからは「現地の水が合わないかもしれないので調査期間×人数分のミネラルウォーターを用意しろ」と命令され、トゥーヘン・ボックさんは「自分はジャイナ教徒なので単なる菜食主義者ではなく、アヒンサー(不殺生)食を用意して欲しい」と言い出す始末。
 さすがに腹が立ったが、ここは我慢して出来る範囲(!)で用意するしかなかった。

 もしかしたら、こんなことはまだ序の口で、現地ではさらに多くの苦難の道が待ち受けているのではないだろうか・・・。今更ながらこの仕事を引き受けてしまった事を後悔せざるを得なかった。

 案の定、デリーまでの航路は10時間程度で比較的快適だったものの、ヴィムクテシャ近郊の都市まで列車で15時間。さらにバスで8時間。最後はチャーターしたジープ6台を連ねて3時間走り、そこから先は、運転手が村に近づくのを恐れた為に、重い荷物を背負って山道を徒歩で4時間という大変な旅となった。
 その間も私はチームリーダーの洲床教授から乗り継ぎの手配が悪いだの、中継点ではもう少しましなホテルはなかったのか等、グチられ続けたのだ。
 日本ではどれだけダイエットに励んでも効果がなかった私であったが、なんとこの2日で6キロも痩せることに成功した。
 
 しかもここからは、殆ど外部の人達と交流のない村人と交渉し、生活を観察させていただいた上、例のキノコを収穫し、日本に持ち帰らなければならない。
 どれほど困難なことだろう。それを思えば軽い貧血が起こりそうだったが・・・、
 意外にも、交渉は力が抜けるほど簡単だった。

「我々は永久に心の友となった。日本から来た人々よ、どうか満足の行くまでこの村にいて欲しい。とのことです」
 通訳のトゥーヘン・ボックさんが、たどたどしい日本語でそう言った。
 ヴィムクテシャの指導者も他の村人達も一様にフレンドリーで、遠く日本から来たことを喜んでくれ、心から歓迎をしてくれたのだ。

 僻地の村ゆえに食材が豊富とは言えないものの、川魚や山菜など、出来る限りのご馳走をしてくれた上、問題のキノコに関しても提供を約束してくれ、持ち帰ることも了承してくれた。

 独鯉さんには、村の語り部が歴史や逸話を語ってくれたし、現地の料理が食べられず、カップ麺ばかりを食べている私には若い女達が、口にあう食材を探して一緒に調理もしてくれ、ジャイナ教徒のトゥーヘン・ボックさんには特別食を作ってくれた。

 予期せぬ歓待ぶりに頑固な先生方もしだいに打ち解け、洲床教授などは連れてきた学生達につまらないオヤジギャグを連発。独鯉さんは持ってきたラム肉を村人に全て提供し、毎日のように宴会を繰り広げるようになった。

 これまでの滞在中に一度もキノコは食卓に上がらなかったが、気難しい洲床教授や独鯉さんまでが、現地料理を喜んで食べ、おおらかでよく笑う人になったことを思うと、案外キノコは関係なく、村の環境や住民の気質が影響を与えているのかもしれない。
 そうだとすると社長にはちょっと残念な報告をしなければならないが、一応キノコだけは持ち帰らなければならない。
 その為に、腐りやすいおおらか茸を日本に持ち帰る冷凍保存装置までも用意してきたのだから・・・。

 私は、朝から酔っ払って歌っている洲床教授に頼み、キノコに詳しい村人と共におおらか茸の収穫にでかけることにした。
 このキノコの謎の一つがこれまで菌床となる木が見つかっていないこと。
 だからこそ洲床教授には、その木の種類を特定してもらうと共に、キノコの生態を調べて欲しかったのだ。
 
「アレ ガ ソウデスヨ!」
 少し日本語も理解してくれるようになった村の若者が木の上を指さした。
 しかし、フタバガキと思われる木の幹に、キノコなどは見つからず、いたのは猿だけ。
「猿しかいませんが・・・」
 私が不思議に思って若者に再度尋ねた時、洲床教授が膝を叩いて可笑しそうに笑い出した。
「そうか、そうだったのか! 道理で菌床が見つからなかったはずだ」
「どういうことでしょう?」
「野田君、あの猿の頭をよく見給え。ハハハこれは可笑しい」
 そう言われてよく観れば、猿の頭から大きなキノコが生えていた。

「おおらか茸はね。冬虫夏草ならぬ冬獣夏草だったんだよ。ハハハ、しかもこれはどうやら食べなくても胞子で感染すると見た」
 だとすると、これはとても危険なキノコだった。この地域を支配した集団がすぐに撤退したのも、ジープの運転手が近くまで来る事を嫌がったのもそれが原因だとしたら・・・。

「おお~い、この村から出るぞ!」
 叫びながら私達の方に走ってきたのは随行ドクターの倍良坊さんだった。彼は、この日死の床にあるという村の長老の診察に出向いていたのだった。

「ち、長老の頭にキノコが生えていたんだ! たぶん村人全員が胞子にやられている」
 倍良坊さんが震えながら言った。
「そりゃそうだろう。あのキノコは冬獣夏草だからな」
 洲床教授がそう言っておかしそうに笑った。

 結局、私達は滞在予定を4日ほど短縮して、日本に帰国することにした。
 無理をして調査団の費用を捻出したカツオシD社長は残念がるだろうが、あのような危険なキノコを日本に持ち帰る事はできなかった。
 帰りの飛行機の中。そのことでため息を付いていると、すっかり陽気になった洲床教授がやってきて、「お悩み無用! キノコならほらここに」と言って禿げ上がった頭頂部を見せた。
 そこにはおできの様に小さな、おおらか茸が生えていた。

  ( おしまい )


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