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自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2019年03月11日 (月) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のないウチのクロちゃんです。

     【 エイリアン達 】 

 この小説は以前に書きました「ガイダンス」など3本の小説をまとめて書き直したものです。


 2023年という年は人類の歴史上最も記憶すべき年となった。
 それまでエリア51に宇宙人の死体が隠されているとか、アメリカ国防総省は既に宇宙人とコンタクトを取って、密かにUFOの技術を軍事転用すべく研究しているとか、旧ソ連の時代からロシアでは、その存在に気づいて、月の裏側にある彼らの基地に軍人を送り込んでいる等、真しやかな噂話がテレビの特番を賑わせて来たが、この年の6月7日、まるでムクドリの大群の様に無数のUFOがニューヨークや東京といった大都市上空に同時出現した事で人類の誰もが宇宙人の存在を認めざるを得なくなったのだ。

 勿論、予告なく現れたこれらの招かざる客達をただ呆然と見ていた訳ではない。すぐに各国の空軍が追い払いにかかったが、UFOの速度は想像を絶しており、さらには予測できない角度で旋回し、最新鋭の戦闘機でさえ翻弄されるばかりだった。中には有無を言わせず地対空ミサイルで撃退しようと試みた乱暴な国もあったが、それらのミサイルは一発として当たらず、空中で炸裂もせず、後にネバネバしたシートで丁寧にラッピングされて、基地に送り返されるといった屈辱を得た。

 圧倒的な実力差を見せられた人類は宇宙人に対する抵抗を無意味と判断した。さらに、UFOの側からは、これまで一切攻撃を仕掛けて来なかった事から、彼らの目的が侵略ではないと希望的観測をした事により、この上はできるだけ穏やかにコンタクト(接触)が取れるようにと軍を引いた。

 果たして翌6月8日、ニューヨークの国連本部上空にマンハッタン島を覆い尽くす程の巨大な母船が出現し、そこから小型のシャトルが一機降りてきた。

 各国の国連大使達が固唾を飲んで見守る中で姿を表したのは・・・、

①  水の惑星からやって来たのか、半魚人の様にウロコで覆われた鮒顔の宇宙人だった。
②  身長3m、キノコの傘状の頭で全身が滑(ぬめ)った、異形の宇宙人だった。
③  まるでエジプトピラミッドの壁画にある人物の様に細身で獣頭の奇妙な宇宙人だった。


①と思われる方は《 空から降りてきた魚 》の章へ
②と思われる方は《オリエンテーション》の章へ
③だと思われる方は《最後の審判員》の章へにお進みください。


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   《空から降りてきた魚》

 それは昔の映画にあった『半魚人』に似た姿をしていた。

 鮒のような顔で、全身が鱗で覆われた二足歩行の宇宙人! 服らしきものは着用せず、背中に担いだボンベから伸びたチューブを鼻に差しているだけ。

 その冗談のような絵面に、誰もが我が目を疑ったが、そもそも国連本部・平和の鐘横の広場にUFOから発射されたシャトルが着陸している事自体が信じられない光景だった。

 とはいえ、遥か銀河の彼方から訪れた使節を放っておく訳にはいかない。
 国連における宇宙局はウィーンにあり、異星人との接触は宇宙空間事務所(UNOOSA)局長マ◯ラン・オスマン氏が担当する事になっていたのだが(本人は公式には否定)彼女はこの時、ニューヨークにおらず、また宇宙空間事務所自体が形式上の機関であった為、事務総長が駆り出されることになった。

 事務総長は、映画・マーズアタックのような悲惨な目に合わない事を願いつつボディランゲゲージで必死に親愛の情を表して、おずおずと宇宙人達の前に進み出た。すると彼らの一人が事務総長の差し出した手を握り、ハグしたのだった。
期せずして群衆の間から拍手が巻き起こったのは言うまでもない。
 人類は初めて異星の客と心を通い合わせたのだ。

 というわけで国連では緊急に宇宙から来た親善使節をもてなす準備が進められたのだが、高齢のオスマン博士に代わり、実際に宇宙人を接待する役目を担う人選を巡って紛糾した。なにせ相手の文化も分からず、言葉も通じない為、ボディランゲージから基本的な言語の収拾を図るという役目まで担わなければならないからだ。

「職員の中に一人、空石加奈子という天才的な語学力を持った女性がいるんですが・・・、彼女はさらに、学生時代にはメイド喫茶で働いていたというキャリアもあります」 
 安全保障理事国の日本代表がこう述べると、

「空石さんですか。確かに彼女は有能だが貴国の食文化を考えると、魚型の宇宙人の接待係というのはまずいのでは? もしスシでも食べさせて激怒されたらどうするんですか」
 と、常任理事国のフランスが懸念を表明した。

「こんなことなら、1977年にグレナダのゲイリー元首相が宇宙人対策を提唱した時にもっと真剣に討議しておけばよかったものを」
 同じく常任理事国のイギリス代表が愚痴ると、

「宇宙人とか超能力等を最も軽視していたのはイギリスとフランスではないのかね」
 と、これも常任理事国のロシアが皮肉るという始末だった。

「それよりも、本人がこの役目を担ってくれるのかどうかをまず聞くのが先決ではないですか? あのような恐ろしい相手を接待するのは若い女性には酷だと思いますが?」
 安全保障理事国・アフリカ選出のナイジェリア代表が冷静に言った

「では彼女が引き受けてくれるかどうか尋ねてみましょう」
 日本代表が言った。すぐに空石が呼ばれ、本人の意志を確認すると、
「やります! ぜひやらせて下さい。私はお魚が大好きなんです!」
 と、快諾した為に、臨時ではあるものの接待係はこの若い日本人女性に決まった。

 空石が国連本部内に急きょ設けられた特別室に入ると、宇宙人達は部屋の中に運び込まれた巨大なジャグジーの中で水浴びをしている最中だった。

「マイ ネーム イズ カナコ(国連の公用語には日本語が含まれない為)」
 と、空石がボディランゲージで伝えると、最初宇宙人達はポカンとしていたが、やがてその中の一人が、それが名を現すものと認識したようで、立ち上がり、
「ブゲゲ ベドベケ ボマブファ」と言った。

 別の一人は「ブゲゲ ベドベケ ギジョマ」と言い、最後の一人が「ブゲゲ ベドベケ デシャポ」と言ったので彼ら(もしくは彼女達)の名前がそれぞれ、ボマブファとギジョマとデシャポであることが分かり、同時に、ブゲゲもしくはベドベケのどちらかが『私』にあたることが分かった。

 こうしたボディランゲージのやり取りの中で、空石はわずか数時間で彼らと簡単な会話を交わすことができるようになった。

 その中で分かった事だが、彼らは(ボマブフイア達は全員男性らしい)星間連邦とでも訳される宇宙共同体から派遣された代表で、惑星の外にロケットを飛ばせるようになった人類が共同体の一員としてふさわしいのか、あるいは監視対象とすべきなのか、もしくは知的生命体に値しない存在なのかを見極める役割を負ってこの地に降り立ったらしい。

 その場所が奇しくも国連本部だった訳は、地域を表すシンボル(旗)が最も多く並べられているのを、事前情報として掴んでいた為のようだ。さらに空石は、彼らがどの星から来たのかを尋ねると、それは最近地球で存在が確認されたばかりの惑星・ケプラー186fで、(彼らの呼び名はトララ。従って彼らはトララ星人といえる)宇宙的規模でいうと、ついお隣の惑星である事が分かった。それと彼らトララ星人の食事は地球時間だと週一回程度であることから、滞在中の食事を用意する心配もないという事だった。

 わずかな時間で、これだけのコミュニケーションを取った空石に世界は驚愕し、彼女は正式な接待係に任命された。

 翌日、全世界のマスコミが注目する中、通訳の空石を交え常任理事国5カ国の国連大使とトララ星人が顔を合わせる事になった。
「ベベドラ バブシャ キラキド アメリカ、ロシア・・・」
誰にも分からないトララ語で大使達を紹介する空石に各国代表は一抹の不安を覚えつつ、運命を委ね、558光年離れた惑星から来たトララ星人と会談を行った。

 その結果、この半魚人のような外観のトララ星人は意外に紳士的で、ようやく惑星外に歩みだしたばかりの幼い文明しか持たない人類に対して好意的である事が分かった。

 話は星間連邦に属する宇宙人達の地球への観光や、人類に対する技術移転等にまで及び、「これほど短時間で文明の異なる者同士が意思疎通できるとは! 空石さんのおかげだ」
 と、アメリカの国連大使が大絶賛した。

 会談は和やかなムードで行われたが、一度だけ場が緊張する事があった。それは、
「ボコマ ベッテリ パムパウ メント(地球人はどんな物を食べているのですか?)」
とトララ星人が聞いた時、空石が「ブゲゲ メント スシ ラル(私はスシが好きで、よく食べます)」と答えた時だった。言葉自体はわからなくとも、そのやり取りの意味が不思議に大使達にも分かったのだ。

 しかしその心配は杞憂だった。地球人が同じ哺乳類を食べる事があるように魚類に近いトララ星人も同じ魚類を食べる事が分かったからだ。
 大使達はホッと胸をなでおろした。

 今回の使節は、あくまで星間連邦からの公式使節団に対する、先鞭をつけるのが目的である為、滞在は明日の予定という事だったので、今夜は国連本部内でささやかなパーティが開かれる事になった。

 通常であれば使節団の労をねぎらう為に、ハリウッドスターや美しいホステスでも呼び、お世話をさせるところだが、彼らは人間ではない。どんなおもてなしをするべきなのか、文化人類学者も交えて考えた挙げ句、一応聴覚があるようだからストリングスの演奏なら喜ばれるのではないか、魚類に近い人達なのでバニーガールよりも、水槽を置いて美しい観賞魚を置いてみてはどうかという話になった。その観賞魚についてもトララ星人の容貌が鮒に似ているので、金魚が良いのではないかという結論に達した。

 かくて近郊から、よりすぐりの金魚が集められパーティ会場の大きな水槽に放された。

 トララ星人は地球の音楽に心惹かれたようで、矢継ぎ早に楽器に対する質問をしてきた。これはおそらく彼らの惑星ではあまり音楽が発達していないのだろうと推測された。

 パーティが進むうち、やがてトララ星人は会場の隅に置かれた大きな水槽に気づいた。
 中にはいずれも20㎝を超える最高級で色とりどりの金魚達が泳いでいる。ランチュウ、オランダ獅子頭、頂点眼、水泡眼、いずれも惚れ惚れとするような美しい金魚だった。

「デポハ(これは?)」
 文化人類学者が「人から見ても美しい金魚達は鮒に近い彼らには天使に見えるでしょう」と語った通り、トララ星人は金魚に興味を示したようだった。

 空石は、それが金魚というもので、元は目立たない川魚だったが、人間が千年もの時を経て改良し、このような美しい姿にしたのだと説明し、地球人がいかに美しい金魚を愛しているかも補足説明した。

「ザッシュ デポパ テラルー メケネベク(つまりこれは人間が作ったものなのですね」
「アイヤー ザザック ベッテリ ユル テラルー クエ メケネベク シュラシュラ (そうです。人間が作り上げたもっとも美しい生物と言えます)」
空石は、美しいという言葉を強調した。

 トララ星人の表情は読めないものの、かなり金魚を気に入ったのか時の経つのも忘れて魅入っているように見えたので、金魚を勧めた文化人類学者と空石はハイタッチをした。

 翌日、シャトルから母船に戻る彼らを見ようとタートル・ベイ近くの沿道には観衆が押し寄せた。誰もがマスコミを通じて異星からの使節団との間に友好関係を築けた事を承知しており、これから訪れる新しい時代に思いを馳せているようだった。

 トララ星人達もそれに答え、手を振りながらシャトルに乗りこんだ。
 国連事務総長も、今回の接待がうまくいった事を確信したようで、地上を離れていく彼らのシャトルを見送りながら、空石の耳元でグッジョブと囁いた。

 全てがうまくいったように思えた今回の接待だったが、空石には一つだけ気になる事があった。

 それは、トララ星人の一人、ボマブファがシャトルに乗り込む直前、隣りにいた同じトララ星人のデシャポに向かって押し殺した声で耳打ちをした一言だった。

 彼は、大勢の見送り客を指差し「テラルー ベッテリ クエ ベツベク (やつらも美しくしてやるか)」と言ったのだ。

               ( 空から降りてきた魚 了 )

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    《オリエンテーション》

ザブト・バッキャは見た目がちょっと怖い。

 身長が3メートル少々、体重は約400キロ。表面が粘液で滑った灰色の肌、頭の周りに均等に散らばった8個の目は落ち窪んで白目がち。鼻の穴はやたら多く口は中央の肉柱を起点に360度どこからでも開く。

 そう、ザブトは地球人ではなく、星間連邦でも屈指の文明星、キハナブラ星人なのだ。

 だが、その見た目とは裏腹に五等級文明しか持たない地球人に対しても実に紳士的で、日本政府・交渉人(ネゴシエーター)の荻野昌に対しては英語ではなく、流暢な日本語で丁寧に星間連邦の取り決めを説明してくれた。そればかりか取材する記者達にも恐怖感を与えぬよう声量を抑えて穏やかに、また誠実に質問に答えていた。

「連邦では遺伝子操作が禁止されているので、こういった植物の栽培は違法になります。掛け合わせの品種改良はケースバイケースといったところでしょうか」

 ザブトは遺伝子組み換えで巨大化したナスビを、細くて長い手に取って言った。

「例えて言うならば人間がミルクを絞らなければ乳房が際限なく膨らむ牛とか、毛を刈らないと動きが取れなくなる羊等は自然界に存在してはいけないと規定されているのです」
 記者達はザブトの言葉を一言も漏らすまいと、マイクを彼の口らしきものに向けた。


 数ヶ月前ニューヨーク国連本部前に宇宙人が降り立った。

 どんな恐ろしげなエイリアンが現れるのだろうと見守る各国国連大使や大勢の見物人の前に姿を表したのは、ハリウッドのSF映画でさえお目にかかったことがないほど異形のエイリアンだった。

 しかし、当初はその姿に衝撃を受けた担当の国連職員も地球の言葉を話し、態度も紳士的なこの宇宙人にしだいになれていった。それどころか星間連邦における主要な構成星のうち、キハナブラ星が人類の指導担当に選ばれたのは幸運だったとさえ思うようになった。

 というのも理事惑星の中にはあからさまに低級文明をネグレクトする星もあるようで、無作為に選んだ非征服民の中に不満を抱く者がいれば、即刻惑星自体を破壊するという凶悪な事でも平気でやってのけるらしい。その点キハナブラ星人は親切で日本にザブト・バッキャを派遣したように他の国々にも満遍なく指導員を派遣し、人類がうまく連邦規定に適合できるように努力してくれている。

 それゆえ、人類もキハナブラ星人の期待に答え、地球時間で十年という猶予期間の間に連邦への加入条件を整える必要があった。もしそれができなければ人類には等外文明種に降格という暗い運命が待ち受けているのだ。

 ここでいう級外文明種とは監視対象種族もしくは知的生命外種を指す。一例を上げれば、恒星カンビウスの第二惑星人は夜郎自大で、連邦の要請に従わなかったばかりか、説得の為に派遣された理事惑星の要員を切り捨て路上に晒した事で、知的生命外種と見なされ、狩猟ゲームの対象にされてしまった。

 今では文明そのものも失われ、家畜級種族に格下げとなったカンビウス第二惑星人は、肉はアンタレス周辺にある宇宙レストランの各店で名物パイの材料に、皮は安価な敷物として連邦各地の家具屋で売られているという。
 要するに、『連邦規約』をクリアーする事は人類にとって至上命題なのだ。だからこそ、日本でもザブト・バッキャの指導を忠実に実践する必要があった。

 ザブト・バッキャはなおも語る。

「勿論、地球人にも生命倫理に関する基準はあるかと思います。しかし荻野さん、ここは異を唱えず私の言う事に従って下さい。遺伝子操作種や、全面的人間依存型の家畜等は、これ以降生産してはなりません。ですが、今いる個体が命を全うするのは待ちましょう」
「というと、ホルスタインのような牛、メリノ種のような羊等、今生きている個体を抹殺しなくて良いのですね」
 荻野は少しホッとした。

「当然です。彼らだって生きています。必要でなければ殺処分する事はありません!」
 ザブトのその言葉は、荻野や秘書官、そして周りの記者達にも大いなる希望を与えた。

 この恐ろしげな風貌の宇宙人が意外にやさしい心を持っている事が分かったからだ。

「もう一つ、外来種は本来の生息地に戻すこと。これはそうしないと元々その地域にいた、同種の生物の絶滅を招くからですが、地球ではどのように規定されていますか?」
「地球でもそれが理想と考えられています。ですが・・・」
 荻野は答えに詰まってしまった。というのも日本中のアライグマやアメリカザリガニやブラックバス、ミドリガメ等を全部捕まえる事すら困難なのに、それらを『生きたまま』本来の生息地に返す事など出来ようはずが無いからだ。種によっては捕らえ次第、殺処分にされている。だが、もしそれを言ってザブトを怒らせてしまったら・・・。

「おや、実行されていないのですか?」
 ザブトは不思議そうに尋ねた。
答えに窮した荻野に変わって答えたのは一人の某新聞・記者だった。
「我々もそうしたいと思ってはいるんですが、数が多くて技術的に困難なんです。例えばブラックバスでは釣り上げた個体を持ち帰って食べるか殺処分し畑の肥しにしています。それでも全てを捕獲できません」

 するとザブトは「なるほど。よく分かりました。確かに現在の人類の技術では困難かもしれませんね」と大きく頷き、
「ならば、我々がお手伝いしましょう。ヒハナブラ星のボランティアは染色体レーダーを持っており、潜んでいる外来種も上空から簡単に発見し捕獲できますし、捕らえた個体を一挙に原産地まで運ぶ技術もあります。うまくいけば数ヶ月で日本中のアライグマやウシガエルをアメリカに送り、向こうからは野生化して増えてしまったニホンザルや葛、桜等を日本に送り返すことができます」
 その言葉に荻野は少し引っかかりを感じた。

「桜? もしかして1912年に日米友好の為ワシントンDCに送った桜まで日本に戻すということですか?」
「あのサクラはSSR比較法で日本原産種のソメイヨシノと分かっていますので」
「いや、しかし。それは・・・」
「荻野さん、残念ですが星間連邦は例外を認めないのです。同じ様に日本中にあるサボテンはメキシコに、シクラメンはヨーロッパに送り返すことになります」

 さっきケースバイケースも有り得ると言ったんじゃないのか? いやそれよりも、元々日本の自生種ではなかったジャガイモ等の野菜類はどうなるんだ? 
 荻野は言いようの無い不安に包まれたが、それを言い出すと、さらに恐ろしい事態になりそうだと思って口をつぐんだ。

「それから、言いにくいのですが、人間、要するにあなた達ホモサピエンスが、アフリカ原産であるのはご存知ですね。およそ10万年前の話になりますが」
 ザブトはとんでもないことを言い出した。

「いや、だって渡り鳥や回遊魚等、人為的に運ばれて来たのではなく自主的にやって来た、あるいは自然に種が飛ばされて自生した生物は別ではないですか?」
「荻野さん、もしかしてホモサピエンスが自主的に海を渡ったとお考えなのですか?」
「え、ええ我々はそう認識しておりますが・・・」
「あなた達が知らないのも無理はありません」
 ザブトは大きなキノコ状の頭を前後に振って、いくつもの鼻からため息を吐き出した。

「ですが残念ながら、荻野さん達のご先祖のホモサピエンスを各大陸に運んで来たのは、あなた達が『グレイ』と呼んでいる不良宇宙人なんです。本来ヨーロッパにはネアンデルタール人が、インドネシアにはジャワ原人が、中国には北京原人が、この日本には明石原人が住んでいました。それらを根絶やしにする形でグレイ達が霊長類の移植実験を行っていたのです。この辺りがあまりにも辺境である事と、グレイ達が実験を巧妙に隠していた事から我々がその事を知ったのはつい最近でした」
 それは驚くべき話だった。

「そんなバカな。ネアンデルタール人はともかく、他の原人はホモサピエンスと時代が違う! ホモサピエンスが登場するはるか前に滅んだ原人もいるじゃないですか」
 そう口を挟んだのは某週刊誌記者だった。

「実は滅んだのではなく、グレイが他の惑星に移して進化実験をしていたのです。従ってネアンデルタール人も明石原人もグレイが連れて行った惑星で生息が確認されています。彼らとてこの星の原産ですから、地球の元の生息地に戻ってもらわなくてはなりません。要するに、ネアンデルタール人はヨーロッパに、明石原人は日本にという訳です」
「するとザブトさんは、ホモサピエンスである我々全員がアフリカに戻れというんですか」
 荻野は感情を押し殺して冷静に尋ねた。

「私が命令するのではなく、これは連邦規約なのです」
「バカな! 80億人もいる人類全部をアフリカに閉じ込めるというのか」
 一人の興奮したテレビクルーがザブトに詰め寄ろうとしてガードマンに制された。

「正確に言えば、今のサハラ辺りです。南部には同じ霊長類のゴリラがいますので」
「しかし今の人類ならばすぐにアフリカを自主的に出て、元の国に戻って来ますよ」
「星間連邦は千年間、それを禁じます」

「それでは我々は飢え死にしてしまう!」
 先程のテレビクルーがガードマンの静止を振り切ってザブトの前に出た。
「大丈夫ですよ。我々の手で少し間引いて差し上げますから」
 そう言ってザブトは巨大な口を開き、その記者を丸呑みにした。

                       ( オリエンテーション 了 )
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     《最後の審判員》

「う~む、これは・・・」
 河上総理が内閣情報調査官の田代が差し出したファイルを見て絶句した。

 そこには官民問わず数千人を動員し、わずか一週間で仕上げた『吉岡雅也』に関する、(生まれてから四七歳になる今日までの)詳細な記録が書き込まれていた。
「概略を述べてくれ」
 佐竹官房長官が言った。

 田代は内閣の主要閣僚と公安関係者、アメリカ他、数か国の大使の前で『吉岡雅也』の略歴及び現在の状況を読み上げた。
「吉岡は七歳の時に両親が離婚、その後は母親に育てられています。生活は貧しいながらも、仲の良い親子でした。しかし小学校・中学校を通じて壮絶なイジメにあっています」
 イジメという言葉を聞いて数人が顔をしかめた。

「それは担任の証言なのか?」官房長官が尋ねた。
「そうです。彼の小学校の担任は、当時採用されたばかりで、吉岡をよく覚えていました」
「ガッデム!」アメリカ大使が忌々しげに言った。

「続けてくれ」
「きっかけは朝礼で放った校長の一言のようでした。吉岡は少し歯が出ていて、普段の顔が笑っている様に見えるのです。自分の訓話をまじめに聞いていないと激怒した校長は、『そこのクラス、ふざけてるんじゃない!』と、怒声を発しました。その事で、クラスの数人の子供達が『お前のために怒られたじゃないか』と因縁を付けたのです」
「アンビリーバブル」と言ったのはイギリス大使だった。
「日本ではそんなことで、全体が責任を問われるのですか?」
「いえ、クラスの子らは、安全にイジメる事ができる生贄を探していただけのようです」
 つまりその瞬間に、吉岡は学級カーストの最下層に置かれたのだ。

「ただし、彼はめげませんでした。場を和ませる為に笑顔を絶やさず、また当時テレビで流行っていた、『なんちゃって』等のギャグを連発し、クラスメイトと仲良くなりたいと努力したようです」
「で、結果は?」官房長官が促した。

「まさに火に油でした。それはクラスの中心人物の野島や三浦をさらにイラつかせました。彼らは教育熱心な両親の元、有名私立中に入るよう厳しいプレッシャーをかけられており、ストレスが貯まっていたのです。野島はあの頃を振り返って、まるで催眠術にでもかかったように吉岡に腹をたてていたと言っています」
「つまらんギャグの連発か・・・。フン、確かにそれはイラつくかもな」
 自身はエリートコースを歩んできた大山文部大臣がポツリと言った。

「吉岡にとって不運だったのは、野島や三浦達と中学時代も一緒に過ごさねばならなかった事です。野島達は受験に失敗して以降、生活も乱れていました。吉岡は学内では毎日のように暴行を受け、外では野島達の遊興費を稼ぐ目的で、万引きをさせられていました。それにより吉岡は何度か補導され、引き取りに来た体育教師から今では考えられない程の暴行を受けています。それでも彼は万引きの訳を語らなかったようです」

「小中学校で九年間も加害者と過ごすのはいじめられっ子にとっては悲劇だな。だが中学卒業後、吉岡は就職できたんだろ。すぐに辞めたようだが・・・」
「ハイ、どう言えば良いのか・・・、人には誰からも攻撃の対象にされ易い者がいるようで、この吉岡が正にそれです。彼は入社して早々、社訓を読む表情がニヤけていると社長から怒鳴られた事で上司が社長の気持ちを忖度し、厳しい訓練で知られる社員研修会社に身柄を預けられました。そこで吉岡は教官から激しい仕打ちを受けたのですが、例によって彼は、その場を和ませようと『なんちゃって』等の冗談を言ったのです」

「そりゃ大変だねえ・・・」飯島法務大臣が思わず失笑し、口を押さえた。
「元々、軍隊教練のような場でしたから教官は激怒し、危うく吉岡は殺されかけました。その後、研修会社は吉岡の上司に『この人物は将来に於いても全く見込み無し』と書いて寄越したのだそうです。その結果、吉岡はクビになりました。しかも、どうせ辞めていく人間だからと、当時捜査の対象になっていた使途不明金の責任を押し付けられたようです。後から、それは古参の事務員が株の損失の穴埋めに横領していた事実が判明しています」
「はあ・・・」
 小辻財務大臣がため息を付いた。

「で、その後は?」
「吉岡は懲戒処分を受けた事で、新しい職が見つからず自宅アパートに引きこもります。その八年後に母親が死去。家賃が払えず二十七歳でホームレスになりました。以来二十年、大阪のあいりん地区で、時々は日雇いをやりながら、西成労働福祉センター脇で路上生活をしています」
田代調査官が残念そうに唇を噛んだ。


 数ヶ月前、ニューヨーク国連本部前に宇宙人が降り立った。

 どんな恐ろしげなエイリアンが現れるのだろうかと見守る各国国連大使や大勢の群衆の前に姿を表したのは意外にも小柄な女性の姿をした宇宙人だった。しかも獣の仮面を付けたその姿は人類の誰もが見知った古代エジプトの壁画に描かれたキャラクターと似ていた。大方の人々が少し安心した瞬間、ニューヨーク博物館に務める女性学芸員が悲痛な叫びを上げた。「大変、セクメトだわ!」
 それは古代エジプトの神話に現れる最凶の女神・セクメトそっくりだったのだ。

 セクメトは、どう対応してよいのか分からずに立ち尽くす国連事務総長の前に進むと、記録用のタブレットを持った職員を無言で指差した。彼女はそのタブレットを見るように指示すると、踵を返してシャトルに戻り、そのまま空に消えた。
 彼女が指し示したタブレットには、画面全体にヒエログリフ(象形文字)が表記され、それが宇宙人達のメッセージになっているようだった。

 国連を始めとする国際機関が全力で文字を解析した結果、そこには恐るべき内容が記されていた。要約すると彼女達は、間引きを担当する宇宙人で、対象の文明を存続させるか滅亡させるかは、その構成員(つまりは地球人)から無作為に三名を選び出し、その者を審判員として自由意志で存続か滅亡かを決定させるという事だった。

 人類自らが運命を選ぶのであれば、滅亡はあり得ないと思われるが、補足説明によるとこの試練は古代エジプトのプトレマイオス朝時代にも一度行われており、その時にはテーベの奴隷が滅亡を選択したものの、他の二人が存続を選んだ為に人類はまびきを免れたとあった。つまり、くじ運悪く、へそ曲がりか、生きていく事に絶望した人間が二人選ばれてしまえば、人類は滅ぼされてしまうという事になる。

 いったい誰が選ばれるのか?
 人類全体が不安を持って経緯を見守っていた処、十日前になってようやくアラブ王族のイブン・フセイン、アメリカ人のキャサリン・ベッカード、日本人の吉岡雅也という名前が、世界中のパソコンにヒエログリフ表記で発表されたのだ。

「一人は日本人なのか。ならばすぐにこの人物を探し出して晩餐会に呼べ!」
 河上総理がそう命じたのは、当然だった。
 しかし人物の身元が分かった時点で、既に身柄を確保する事は不可能だった。
 選ばれた三名は発表直前に『UFOにより空に巻き上げられた人』としてユーチューブに載せられていたのだ。
 かくなる上は発表された人物の素性を洗い、分析をするしか手立ては無かった。

 ただ、三人が三人共、アメリカ、日本といった裕福な国の国民+アラブの王族という、経済的に恵まれた人達である事は誰の目にも幸運に思えた。が・・・、
確かに石油によって贅沢に暮らすアラブの王族イブン・フセインが滅亡に一票を投じるのは無いだろうが、アメリカ人のキャサリン・ベッカードなる人物は相当厄介な人である事実が判明した。彼女は、ハルマゲドンを待ち望むカルト教団の教祖だったのだ。
要するに残る一人、吉岡雅也こそが人類の運命を決める、希望の星といえた。

 それなのに・・・、

「よりによってホームレスか・・・」
河上総理が頭を抱えた。

 しかし、吉岡についてポジティブな見方をする者がいた。アメリカ大使の後ろに控えていた男で、穏やかな表情とは裏腹に、鋭い眼光を持った男だった。
「我々の分析では王族のフセインは今の生活に満足している為、クリアーできるでしょう。キャサリン・ベッカードは、今回の事を最後の審判と捉えるでしょうから、滅亡に一票を投じるはずです。残るミスター吉岡によって人類の存続が決まりそうですが、彼は今まで二度の自殺未遂を犯しているものの、他人を巻き込まない配慮が見られました。今回のみ全世界を巻き込もうとは思わないはずです」
「君は?」
「失礼しました総理、私は今回の事件でアメリカより派遣されました、FBI行動分析課ホッチナスというものです。我々の分析ではミスター吉岡は存続に一票を投じるはずです」

「総理、私も同意見です」と発言したのは佐竹官房長官。
「吉岡はこれまで常に迫害を受けていますが、復讐を企てた事は無いようです。子曰く、貧して怨み無きは難し。富みて驕る無きは易し。いやはや、彼は大した人物ですよ」
「しかし佐竹君、吉岡は宇宙船に空中転送されて自分が審判員だと分かったはずだ。つまり絶大な力を持ったことが認識されたはずで、これまでのように復習に失敗すればどうなるかを考える必要が無いという事じゃないのか?」
「心配しなくていいと思います。今回地球を救えば、それまでの彼の生活は一変します。おそらく日本だけでなく、世界中でVIP扱いになるでしょう。彼だってバカではない。こんな千載一遇のチャンスは逃さないはずですよ」
「それもそうだな。ならば我々は吉岡審判員が帰って来た時の叙勲の準備をしよう」
「我々もレジオンドヌール勲章を与えますよ」
 そう言って笑ったのはフランス大使だった。

「セクメトはファースト・コンタクトからちょうど一年後の6月8日、グリニッジ標準時、正午に結果を発表すると通告して来た。国民には吉岡さんを信じ、安心して待つよう報道しておきたまえ」
 河上総理は、居並ぶ閣僚や大使達に向かい、重々しく言った。

  そして運命の日・・・。

  地球の全ての都市が闇に閉ざされ、空に巨大なスクリーンが出現した。
 そこに映し出されたのはイブン・フセイン、キャサリン・ベッカード、吉岡雅也の顔。
 フセインが手を振り何かを指差して微笑んでいるところを見ると、彼らにも地上の人々の様子が見えるようだった。
 フセインのにこやかな表情は人々に安心を与え、アメリカ大統領はホワイトハウスの窓から見上げながら側近に「この事が終わったら、あの大統領以来制限してきたイスラムからの移民をもっと増やしても良い」と呟いた。
 一方で、目を閉じ、一心に祈るキャサリンの様子は人々に不安を与えたが、右端の吉岡が微笑んでいた為、どうやら二対一で人類の存続は間違いないようだった。
 吉岡は幸運な男だ。彼のその後の人生は一変するだろう。既にこの時、日本だけでなく世界中から数千人の女性が彼に熱い視線を送っていた。彼は世界を救う英雄であり、そのキャラクター価値によってスポンサーも付き、映画化もされ、数千億の金が転がり込んで来るだろう。そしておそらく近日中にタイムズ誌の表紙を飾る男となるだろう。

 世界中の人々が見守る中で審判が下されようとしていた。

 予想通りアラブの王族、フセインは彼の臣民だけでなく世界の人々に向けて慈愛を込めた表情で「私はこの世界の存続に一票を投じる」と力強く告げた。不思議な事に彼の話すアラビア語は、中国人にもブラジル人にも日本人にも母国語のように内容が理解できた。

 そしてまた予想通り、ベッカードは「この世界に今、審判が下される。神と共に有る者は天国への扉が開かれ、不信心者は地獄に落ちる。ソドムはたった今消滅する! 私は神の名の下にこの世界に終わりを告げる。滅亡!」
 その瞬間世界中でかってないブーイングの嵐が起きた。
 これで一対一。予定通りの展開だった。

 残るは吉岡一人。
 地球の人々は、それぞれの国の報道機関を通じて、彼の悲惨な生い立ちにもかかわらず人を恨まない性格を伝えられており、明るい希望と共に彼の名を連呼した。
 だが、彼の顔が先程と違って険しい。
 吉岡は、まるでヒットラーの演説のように押し黙ったまま、1分近く沈黙した。
 そして、おもむろに口を開く。
「地球は滅亡!」

「な、なんだとー!」
 全世界の人々が驚愕した。

「なーんちゃって、ウソウソ。俺はこの世界の存続に一票を・・・」
 だが、セクメトは最後まで聞いていなかった。

「△◯☓%◇!(あい分かった)」
 地球全体を揺らすようなセクメトの声が響いた。その言葉はおそらく古代エジプト語で語られたのだろうが、不思議にも世界中のどの国の人々も母国語のように感じ、その意味も理解できた。
 すなわち吉岡の冗談は宇宙人に無視されたのだと。

 やがて火星の背後にあるアステロイドベルトの中から、直径4キロ程の小惑星が地球に向かって移動し始めたという報告が天文台よりもたらされた。

        ( 最後の審判員 了 )
                     
 

   
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2017年04月05日 (水) | 編集 |
DSCF1410.jpg
  写真は記事とは関係のないウチのシマポン親子です。

   【 最後の審判員 】
 
 「う~む、これは・・・」
 内閣情報調査官である俺が差し出したファイルを見て、河上総理は絶句した。

 そこには官民問わず数千人を動員し、わずか1週間で仕上げた『吉岡雅也』に関する、(生まれてから四七歳になる今日までの)詳細な記録が書き込まれていた。

「概略を述べてくれ」
 そう言ったのは佐竹官房長官だった。
 俺は内閣の主要閣僚と公安関係者、アメリカ他、数か国の大使の前で『吉岡雅也』の略歴及び現在の状況を読み上げた。

「吉岡は七歳の時に両親が離婚、その後は母親に育てられています。生活は貧しいながらも、仲の良い親子でした。しかし小学校・中学校を通じて壮絶なイジメにあっています」
 イジメという言葉を聞いて数人が顔をしかめた。

「それは担任の証言なのか?」官房長官が尋ねた。
「そうです。彼の小学校の担任は、当時採用されたばかりで、吉岡をよく覚えていました」
「ガッデム!」アメリカ大使が舌打ちをした。
「続けてくれ」

「きっかけは朝礼で放った校長の一言のようでした。吉岡は少し歯が出ていて、普段の顔が笑っている様にに見えるのです。まじめに聞いていないと思った校長は、そこのクラス! と、怒声を発しました。そのことでクラスの数人の子供達が、『お前のために怒られた』と因縁を付けたのです」

「アンビリーバブル」と言ったのはイギリス大使だった。
「日本ではそんなことで、全体が責任を問われるのですか?」
「いえ、クラスの子らは、安全にイジメることができる生贄を探していたのです」
 要するにその時、学級カーストというものが出来、吉岡はその最下層に置かれたのだ。

「ただし、彼はめげませんでした。場を和ませる為に笑顔を絶やさず、また当時テレビで流行っていた、『なんちゃって』等のギャグを連発し、クラスメイトと仲良くなりたいと努力したようです」
「で、結果は?」官房長官が促した。

「まさに火に油でした。それはクラスの中心人物の野島や三浦をさらにイラつかせました。彼らは教育熱心な両親の元、有名私立中に入るよう厳しいプレッシャーをかけられており、ストレスが貯まっていたのです。野島はあの頃を振り返って、まるで催眠術にでもかかったように吉岡に腹をたてていたと振り返っています」

「つまらんギャグの連発か・・・。確かにそれはイラつくかもな」
自身がエリートコースをたどってきた大山文部大臣がポツリと言った。

「吉岡にとって不運だったのは、野島や三浦達と中学時代も一緒に過ごさねばならなかった事です。野島達は受験に失敗して以降、生活も乱れていました。吉岡は学校では毎日のように暴行を受け、外では彼らの遊興費を調達させられました」
「小中学校で九年間も加害者と過ごすのはいじめられっ子にとっては悲劇だな。だが中学卒業後、吉岡は就職できたんだろ。すぐに辞めたようだが・・・」

「ハイ、どう言えば良いのか・・・、人間には誰からも怒りの対象にされるような者もいるようで、この吉岡がまさにそれです。彼は入社して早々、社訓を読む表情がニヤけていると社長から怒鳴られたようで、上司が社長の気持ちを忖度(そんたく)して、厳しいことで知られる社員研修会社に身柄を預けました。そこで教官から激しい仕打ちを受けたのですが、例によって吉岡は、この場を和ませようと、『なんちゃって』等の冗談を言ったのです」

「そりゃ大変だねえ・・・」飯島法務大臣が、思わず笑ってしまってから口を押さえた。
 
「元々、軍隊教練のような場でしたから、教官は激怒し、危うく吉岡は殺されかけました。その後、研修会社は吉岡の上司に『この人物は将来に於いても全く見込み無し』と書いて寄越したそうです。その結果、吉岡はクビになりました。しかもどうせ辞めていく人間だからと、当時捜査の対象になっていた使途不明金の責任を押し付けられたようです。後からそれは古参の事務員が株の損失の穴埋めに横領していたことが分かりました」

「はあ・・・」
 ここで小辻財務大臣がため息を付いた。
「で、その後は?」

「吉岡は懲戒処分を受けたことで、新しい職が見つからず自宅アパートに引きこもります。しかし八年後に母親が死去。家賃が払えず二七歳でホームレスになりました。以来二〇年間、大阪のあいりん地区で、時々は日雇いをやりながら、西成労働福祉センター脇で路上生活をしています」

「よりによってホームレスか・・・」
 河上総理が頭を抱えた。
 人類存続の唯一の希望が、『吉岡雅也』だったのだ。



 数ヶ月前のこと、地球上の全ての都市が七時間ばかり闇に閉ざされた。月ではない異様に大きな物体が太陽と地球の間に割り込んだのだ。驚くべきことにそれは人工物で、管理者を名乗る異星人の操る宇宙船だった。彼らは人類の全てのパソコンにハッキングをかけ、そのユーザーの言語で、我らは幾多の文明の『間引き』を担当する管理者であると名乗った。

 国連を始めとする国際機関、各国政府がそれぞれにコンタクトを取り、管理者の意図を探った処、古典的なSF小説まがいの難題を突きつけてきた。すなわち、一定の段階に達した文明を、新たな段階に導き、彼らのメンバーとして迎えるか、それとも今いる人類の全てを消去して新たな人類を創造するか、それを我々人類から無作為に選んだ三名を審判員として、自由意志で存続か消去かを決定させるということだった。

 人類自らが選ぶのであれば、この文明の消去などあり得ないはずが、彼らが補足した説明によると、人はこれまで七度挑戦してその全てが『間引き』に会ったという。ちなみにここ2万年の間ではクロマニヨン人のアトランティスと明石原人のムーが滅ぼされたそうだ。

 勿論そんな不条理な提案は受け入れられないと、どの機関も政府も主張したが、脳天気な映画じゃあるまいし、武力で抵抗できないことは誰の目で観ても明らかだった。

 彼らを怒らせては元も子もない。なのでおとなしく経緯を見守るしか無かった。
管理者が言う無作為の選考結果はなかなか発表されなかったが、10日ほど前になって、ようやくアラブ王族のイブン・フセイン、アメリカ人のキャサリン・ベッカード、日本人の吉岡雅也という名前が発表されたのだ。

 選ばれし三人の名前は、異星人によってハッキングされている世界中のパソコンに表示される為、国連や政府も隠蔽できず、世界の誰もが知っている。当初、地球上で最も裕福な国に属する人間が二人、さらには石油によって贅沢に暮らすアラブの王族というラッキーな組み合わせに地球上の誰もがホッと胸を撫で下ろした。が・・・、

『突然空に巻き上げられた人物』の目撃談と、発表された名前から、アメリカのマスコミが人物を特定し、調査したところ、イブン・フセインはともかく、アメリカ人のキャサリン・ベッカードは相当やっかいな人だという事が分かった。彼女はハルマゲドンを待ち望むカルト教団を率いる教祖だったのだ。残る一人、吉岡雅也については今のところ政府筋しか知らないが、世界中のマスコミがその名を追っていることから、すぐに素性がバレるだろう。

「Mr.吉岡はたぶん大丈夫だと思います。我々の分析ではMr.フセインは今の世界に不満が無く、Miss.ベッカードは今回の事が最後の審判と捉えるでしょう。残るMr.吉岡審判によって人類の存続が決まりますが、彼は今までに二度自殺未遂を犯しているものの、他人を巻き込まない配慮が見られました。今回のみ全世界を巻き込もうとは思わないはずです」
そう断言したのはアメリカ大使の後ろに控えていたFBI調査官のホッチキスという男だ。

「総理、私も同意見です」と発言したのは佐竹官房長官。
「吉岡は温厚な男です。これまで常に迫害を受けていますが、復讐を企てたことはありません。しかも、今回地球を救えば、それまでの彼の生活は一変します。おそらく日本だけでなく世界中でビップ扱いになるでしょう」
「しかし佐竹君、吉岡は宇宙船に空中転送されてからは我々と会っていない。つまりは地球上の誰とも交渉していないのだろう?」
「彼は地球に戻った後の歓待ぶりを想像する能力があるはずです」ホッチキスが断言した。

「ならば我々は吉岡審判員の裁きに期待するとしよう。管理者達は6月1日、グリニッジ標準時12:00に発表すると通告してきたようだ」
 河上総理は、居並ぶ閣僚や大使達に向かい、重々しく言った。


 そして運命の日・・・。

 地球の全ての都市が再び闇に閉ざされ、空に巨大なスクリーンが出現した。
 そこに映し出されたのはイブン・フセイン、キャサリン・ベッカード、吉岡雅也の顔。

 フセインが手を振り何かを指差して微笑んでいるところを見ると、彼らにも地上の人々の様子が見えるようだった。
 フセインのにこやかな表情は人々に安心を与え、アメリカ大統領はホワイトハウスの窓で見上げながら側近に、「この事が終わったら、あの大統領以来制限してきたイスラムからの移民をもっと増やしても良い」と呟いた。

 一方で、目を閉じ、一心に祈るキャサリンの様子は人々に不安を与えたが、右端の吉岡が微笑んでいた為、2対1で存続は間違いないようだった。

 吉岡は幸運な男だ。彼のその後の人生は一変するだろう。すでにこの時、日本だけでなく世界中から数千人の女性が彼に熱い視線を送っていた。彼は世界を救う英雄であり、近日中にはタイムズ誌の表紙を飾る男なのだから。

 予想通りアラブの王族、フセインは彼の臣民だけでなく世界の人々に向けて慈愛を込めた表情で「私はこの世界の存続に一票を投じる」と告げた。不思議な事に彼の話すアラビア語は、中国人にもブラジル人にも日本人にも母国語のように内容が理解できた。

 そしてまた予想通り、ベッカードは「この世界に今、審判が下される。神と共に有る者は天国への扉が開かれ、不信心者は地獄に落ちる。ソドムはたった今消滅する!」と告げた。
 これで1対1。これまた予定通りだった。

 残るは吉岡一人。

 だが、彼の顔が先程と違って険しい。
 吉岡は、まるでヒットラーの演説のように押し黙ったまま1分近く沈黙した。
 そして、おもむろに口を開く。
「地球は消滅!」
「な、なんだとー!」
 全世界の人々が驚愕した。

「なーんちゃって、ウソウソ。俺はこの世界の存続に1票を・・・」
 だが、管理者は最後まで聞いていなかった。
「あい分かった!」
 地球全体を揺らすような音声が響いた。
 吉岡の冗談は管理者も理解できなかったのだ。

 やがて火星の背後にあるアステロイドベルトの中から直径4キロ程の小惑星が地球に向かって移動し始めたという報告が天文台よりもたらされた。


        ( おしまい )

   
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2016年10月19日 (水) | 編集 |
DSCF0748.jpg
写真は箱取り合戦をするシマポン親子です。

   【 仮想家族 】
 
 朝の通勤時、都心に向かう京王線は珍しく混んでいて、座りきれず立っている人もいた。

 そういう人は仕方なくスマホの画面に見入っているが、椅子に腰掛けている人達は大抵、雑誌や新聞を手にしている。

 これは最近のトレンドだ。今世紀の初頭には落ち込んでいた某少年漫画誌も発行部数が初めて500万部の大台に乗ったとか。そういえば、廃刊していった雑誌の殆どが復刊したと聞く。

 あの政策「みなし法」によって、日本経済は順調に復活しているのだろう。

 8時20分。通勤快速は定刻通り京王新宿駅に到着。俺は仕事先や学校に向かう人の流れに沿って歩き出した。

 だが急ぐ必要もない。そこで少し寄り道をしてファストフード店に入り、コーヒーを一杯注文した。

 この店も新宿の一等地にあるが、ゆったりしている。店員が二人。客は数人だ。しかし見た目は閑散でとしていても売上はすごいらしい。

「ありがとうございます。ブレンド・コーヒーと、お子様・セットが二つでございますね」
店員は注文もしていないのに、家にいる子供達の為のお子様・セットを付け加えた。最近はマイ・ナンバー・カードがお財布代わりなので客の家族構成が分かるのだ。

「コーヒーの方は店内でお召し上がりになりますか?」
 俺は黙って頷いた。

「ではファミリー・セットは、ご家庭に届けたことにしておきますね。お会計は1400円になります」
 店員はブレンド・コーヒーのみをトレーに乗せて渡した。昔はこういうファストフード店で1400円も使うことは無かったが・・・と嘆息しつつも助成金が出るので、まあいいかと思いなおして時間を潰すことにした。

 10時過ぎに出社すると、20台程並べられた営業一課のパソコンは小気味よく作業中で、ただ一人部屋にいた新入社員の加藤が、俺を見つけて「吉岡さん、今日は出勤日ですか」と、嬉しそうに声をかけた。

「何か問題は?」

「いえ、すこぶる順調です。ただ、退屈で・・・」
 加藤はそこでハッとして、就業時間中に読んでいたと思われる漫画雑誌を隠した。

「かまわんさ。退屈な時は本でも読んでいればいい。そのうち、この仕事にも慣れるさ」

「恐れ入ります」
 
 この春入社した新人は、すでに大半が辞めている。

 我が社は政府系の物流会社で、仕事は簡単、給料は高く、休日出勤もない(というか、本人が望めば毎日が日曜日だ)。
 だが、人間贅沢なもので、そういう仕事は逆に辛いのだ。

 辞めた人間はどこへ行くのか? 人事部のデーターによると、故郷に帰って農業とか漁業に従事する者が多いようだ。

 彼らの気持ちはよく分かる。あの政策でがんじがらめの東京では生きている実感がわかないのだろう。

 そのせいか新聞によると、本年度・新卒者が入りたいとする会社の上位には、一昔前だとブラック企業と呼ばれた、忙しくてなかなか自由な時間もない、ハードな所がズラリと並ぶ。

 ウチの会社のように、事業の大半をコンピューター任せで、ただ見守っているだけ。顧客からクレームが出る恐れもなく政府の指令によって発送業務を(それもほぼ自動的に)行うだけの仕事は、やりがいがないのだろう。

「釣りに行きたいので帰ってもいいですか?」
 漫画本を読み終わった加藤が俺に許可を求めた。

「この時期、何が釣れるの?」

「東京湾だとイワシか小アジですね。秘書課の山名さんを誘うことにします」

 いいぞ。そのタフさがこの職場では必要だ。もしかしたら彼は来年も我が社に残っているかもしれない。

 加藤が出ていった後、一人で今月の売り上げを見ていると、部屋の中に数人の運送業者がそれぞれ大きな荷物を抱えて入ってきた。

「営業部長の吉岡さんですね。事務机とパソコン、こちらに置いてもよろしいでしょうか?」

 そういえば我が社は事業拡大の為、10人の新たな従業員を雇い入れたのだった。

 レッド・ナンバーと呼ばれる新しい従業員は出社せず、コンピューターを通じて仕事をする、幻の従業員だ。

 要するに空のデスクがまた増えるだけで、スペース的にも無駄だと思うのだが、心理的にも国の経済的上でも必要なことなのだという。

 もうお気づきかもしれないが、レッド・ナンバーは人間ではない。

 人間のマイ・ナンバーが黒なのに対し、赤い数字で表された幻の人間だ。そしてこれこそ、「仮想人類・みなし法」の骨子なのだ。


 日本の人口は2016年2月26日、減少に転じた。このままでは年金制度を維持できず、かといって移民政策には反対が強く、「産めよ増やせよ」は時代錯誤と言われる中、政府が考えだした迷策が人工知能に仮想の人格を持たせ、二級市民として最低賃金が支給されるという、「働き手・倍増計画」だったのだ。

 これを有識者会議にかけたところ、「ならばいっそうのこと、仮想の人口(仮想通貨の人間版)を増やせば良いではないかと」いう意見が出、最終的に「仮想人類・みなし法」が出来たというわけだ。

 例えば俺は現在35歳の独身だが、そういう人には強制的に仮想家族が与えられる。
 先にファストフード店で、頼んでもいない「お子様セット」を押し付けられたのはそのせいだ。ただし損はしない。仮想家族には働き手として吉岡2号(もう一人の俺)がいて、こいつがどこかの会社で働いて、入金してくれるからだ。

 人口が増える、(つまり一人の人間が生まれ、生産者や消費者となる)とはどういうことなのか? これを分析し、1歳から100歳までの平均的な物品・消費量を算出。次に20歳から70歳までの働き手としての生産量を計算し、ビッグ・データーによる、経済的な波及効果まで付け加えた上で、『ニッポニア』という政府所有のスパコンの中に数多くの仮想人格を作り上げたのだ。

 これらの仮想人格は名目上食事もするし、漫画雑誌も買う。ただしそれらは金銭が動くだけで実際には存在しない。空発注、空決算が国家単位で合法的に行われる制度といえよう。


 新しく営業部に納入されたコンピューターが順調に機能することを確認した俺は、観たい映画もあった為、少し早めに退社した。

「夫婦50割が適用されますので、二枚で2200円です」
 入り口に立つロボット従業員にマイ・ナンバー・カードをタッチすると突然、驚くべきことを言われた。

 そういえば俺は前の妻との間にできた二人の子を引取り、別の女性と結婚したというのが、家族省から送られてきた設定だった。
 
 いずれにしても仮想家族なので、相手のプロフィールもろくに見ていなかったが、俺が35歳なのに、新しい奥さんが50歳を超えていたとは・・・。

 夫婦50割はどちらかが50歳以上だと適用される。つまり奥さんの年齢は50歳以上ということしか分からない。

 だとするといったい何歳なんだろう? どうせなら女子大生くらいにしといてくれればいいのに・・・などと考えているうちに映画が終わってしまった。

 帰宅途中、スマホで調べてみると妻の名前は吉岡パナハ。岐阜県緒玉村出身の78歳趣味はカバディーを見ることとあった。

 俺はそのいい加減さにあきれ、思わず電車の中だというのに吹き出してしまった。

 しかし、聖蹟桜ヶ丘の自宅に帰ると、さらに驚くべき通知が舞い込んでいた。

「おめでとうございます! 新しい奥さんとの間に3人目のお子さんが誕生しました」と書いてある。

 確か彼女は78歳という設定だったはずでは? ずいぶんと高齢出産だなと苦笑しながらも、子供の名前を付けて登録するようにとあったので、適当に『ラオシー』と名付けておいた。

 テレビのニュースでは、「今年ついに日本の人口が15億人を突破してインドを抜きました」と報じていたが、このうちブラック・ナンバー(人間)は8000万人にすぎない。

 どこかの国が、政府のスパコン『ニッポニア』にハッキングをかけ、幻の人間をすべて消してしまったら、20世紀末のバブル崩壊より悲惨なことにならないだろうか?

 俺はふと思った。


         ( おしまい )
  

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2015年02月27日 (金) | 編集 |
DSCF8191.jpg

 写真は記事とは関係のないクロちゃんとチビポンです。


     【 プログラマー 】(再録) 

 
 プログラミングは囲碁や将棋と似ている。
 定石をしっかり身につけておけば、後は経験と発想力が物を言うのだ。
 学生時代、就職の時期になってもリクルート・スーツやエントリーシートに馴染めなかった俺は、気がつけばフリーのプログラマーになっていた。

 依頼主の企業の求めに応じたオブジェクト(プログラムのパーツ)をC言語で完成させ、送信する。それだけの仕事だ。
 そのオブジェクトがゲームの一部なのか産業用に使われるかは知る由もないし関心もない。
 そういう仕事だから人との会話も少なく、コンビニに行く以外は部屋に引きこもりの生活となった。

「ずいぶん不健康ね。たまには海にでも行きましょう」と、ゲームの中の彼女は誘ってくれるが現実に誘ってくれる者などいない。

 これではいけないと思い立ち、フェイスブックに登録して似たような境遇の人を探してみると、
「ハーイ、トシキ。私はエリー。あなたと同じフリーランスのプログラマーよ」
「こっちはプルミエ。フランスで同じような生活をしているよ」
 と、瞬く間に二人の友人ができた。

 実際には会った事もないのにフェイスブックやEメールを通して互いにアイデアを出しあったり情報を交換したりする内に、エリーがおいしい仕事を持ってきた。

「2、3時間で完成できるオブジェクト1本につき1000ドルだって」
「そりゃすごい」
「しかもプログラマー一人にそれぞれ秘書が付くらしいわ」
「ほんとかよ」
 俺は美人秘書を従えたスタープログラマーになった自分を想像した。

「だけど一つ条件があって、秘密保持の為に会社の用意した場所でプログラミングするんだって」
「秘密保持ってのは怪しいな」とプルミエ。
「で、どこなんだ?」俺は一応聞いてみた。
「カリブ海のコテージ。世界有数のリゾートで仕事しませんかって誘われたのよ。でも一人じゃ怖いから、あなた達も一緒ならばって条件を出したの」
 
 暖かいカリブ海で巨額の報酬をもらいながらリゾート気分で仕事をし、美人秘書まで付いてくる。
 多少胡散臭い話だが俺はエリーの話に乗ることにした。
 このまま一生、誰とも付き合わずに部屋の中で過ごすより、ちょっぴり冒険をしてみたい。
 そんな気持ちが不安を駆逐したのだろう。俺が引き受けるとプルミエもこの誘いに乗った。

 が・・・、

 予想と現実はだいぶ異なっていた。

「君が日本から来たトシキ君か? 私が君担当の秘書、ミゲール・ゴンザレスだ」
 アンティル諸島にある小さな空港を降りるとプロレスラーのような巨漢が握手を求めてきた。

 その上、仕事場となるコテージは点在する数百の小島に別れていて、プログラマー同士顔を合わすこともできないとあっては、リゾートどころか監視付きの島流しという感じだった。

「ひどい環境だな。そっちは無事かい?」
 俺がエリーとプルミエに連絡するとすぐに彼らから返事が帰ってきた。
「なんとか無事よ。でもこれじゃあ一緒にディナーもできないわね」
「まあ、場所がカリブというだけで、僕らにとっては今までと全く変わらないってことさ。早いとこ仕事を終えてみんなでクルージングを楽しもうよ」
 俺達はコテージで缶詰になりながら依頼されたオブジェクトを次々と作り上げていった。

 依頼主が正直に支払ってくれるとは限らないが、俺達は一ヶ月足らずで数百万円を稼ぎだした。
 これだけあれば、セント・ルシアの高級ホテルで三人一緒に数ヶ月は楽しめるだろう。
 そこで、「そろそろ止めないか?」とみんなに打診すると、エリー達も同意見のようだった。

 ところが、そのことに企業側が難色を示したのだ。
 契約では最低1ヶ月とあるのだが、秘書のミゲールは「プロジェクトが完了していないからダメだ」と突っぱねるではないか。
 仕方がないので俺達はもう1週間だけ、働くことにした。

 その夜、いつものようにフェイスブックで連絡を取り合っていると、プルミエが気になる事を言い出した。
「なあ、僕らの仕事はオブジェクトを作るだけでプログラムの全体像は見えないんだが、三人のオブジェクトで推測するとこれは無人兵器の制御プログラムじゃないか?」
「そういえば私が以前ハッキングしたミサイルの制御プログラムもこんなコードが使われていたわ」
「だとすれば深入りしないうちに辞めたほうがよさそうだ」

 俺は秘書のミゲールに、やはり辞めさせて欲しいと告げることにした。
 だが、隣のコテージにいるはずのミゲールは不在で、買い出し用のクルーザーもない。

「もしかして、そっちの秘書もいなくなったんじゃないか?」
 焦った俺がエリーにEメールで尋ねると、やはり彼女の秘書も消えていると言う。
 しかもPCで雇い主に連絡すればエラーしか出なくなっていた。
 その時プルミエから緊急メールが来た。

「大変だ! 僕が最後に作ったオブジェクトの座標はどうやらトシキのいる島らしい」
「私が打ち込んだ座標はプルミエの島らしいわ」

 とすると、これが意味するものは・・・。

 あわてて空を仰ぐと雲の切れ間からミサイルがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

「詰まれたな・・・」俺はポツンとつぶやいた。
 
    ( プログラマー おしまい )



     【 プログラマー2 茶化し屋 】 

 ※・・・この話はフィクションであり、ここに登場する人物や団体等は存在しません。

「まだチェックメイトじゃないわ。二人とも早く海に飛び込みなさい!」
 パソコンからエリーの声がした。

 企業側は、外部連絡を禁止していたが、エリーは緊急用にP2P(ピアツーピア)という技術を使って、スカイプと同じ機能を自分達のパソコンに組みこんでいたのだ。

 俺達を狙った、短距離弾道ミサイルは上昇時はそれほど早くなく、落下時の速度は早い。もし俺が空を見上げた時、すでにミサイルが落ちてくる時であれば海に飛び込む間もなく死んでいただろう。

 とにかく俺は水深3メートル程の地点から炎に覆われる水面を眺めることができた。
 息を最大限に止めて浮き上がってくると、島にあった作業用のコテージは跡形もなくなっていた。

 俺達を雇っていた企業は軍事機密を知ったプログラマーを殺そうとしたのだ。
となると、国に帰って保護を求めねばならないがカリブの島から帰るのは新幹線で東京から大阪に帰るというような簡単なことではない。
さてこれからどうしたらいいだろう? 俺は波間に漂う流木に掴りながら途方に暮れた。

 ここはもう一度、島に戻って何ができるのかを考えよう。そう思って泳ぎだした時、遠くの方からモーターボートが近づいて来るのが見えた。ボートを運転しているのは見知らぬ若い女性。もしかしたら敵かもしれないが、この状態では運を天に任せるしかなかった。

「大変な目にあったわね」と、その見知らぬ女性が笑い、「エリーよ。はじめまして」そう言って、手を差し出した。見ると後部座席に傷ついた年配の男がいて、ぐったりしていた。これがたぶん、もう一人の仲間・プルミエだろう。


「私達が連中の仕事に感づいたので、開発中の商品(小型弾道ミサイル)テストを兼ねて、発射してきたのよ。夕べから動きがあったので、私は監視役の秘書が使うこのボートのエンジン・プラグに工作しておいたの。秘書は明け方に予備のジェットスキーで逃げたみたい」
「驚いたな。君はCIAか」と冗談を言うとエリーは「かもね」と言って笑った。

 彼女の正体が、工作員だったのかどうかはともかくとして、俺達はセント・ルシアにあるアメリカ領事館に助けを求め、帰国することができた。

 俺達を抹殺しようとした軍事企業についてはアメリカ政府が調査を開始することになったそうだ。恐ろしい目にあった賠償金などは貰えない可能性が高いが、それまでに貰っていた給料は返さなくても良いということなので当面の生活は大丈夫だった。


 エリーやプルミエとの友情は、その後も続き、俺達は時々香港やマカオで待ち合わせて食事をした。その際、「また別の仕事をみんなで一緒にやりたいね」と言ったら、「あるわよ」とエリーが答えた。

 プルミエが、「そりゃありがたいが、前回のような目にあうのはもうこりごりだよ」と苦笑いすると、エリーは「そうね。じゃ、自宅でできる映画の演出のような仕事はどうかしら」とスマートフォンにある仕事情報を見せた。

 なんでも人権を守るNGOからの依頼だそうで、中央アジアにある某国政府のホームページ等に侵入し、重々しい音楽と共に流れる、独裁者の偉業映像を加工して少し早回しに……、映画のエンドロールで流れる様なずっこけNGの映像もCGで制作してコミカルに演出した上、音楽もスチャラカ調に変更。日本でいえばドリフのコントっぽくするのだとか。

 目的は独裁者の権威を失墜させ国民の離反を招かせること。世界はただの道化者としか捉えていないことを本人に分からせることだそうな。

 以前の俺ならば、そんな危ない仕事は引き受けなかったと思うが、弾道ミサイルに命を狙われた今では、なんとも思わなかった。酒の勢いもあって「面白い!」と、即座に引き受けてしまったのだ。

 とはいえ、俺達プログラマーに回されてくるのは断片的で、映画監督や演出家のような華々しい仕事ではなかった。
 報奨金だけは、他の依頼よりも多かったものの全体像も分からず、ファイアーウォールを破ってハッキングを繰り返し、指定の箇所に指定のオブジェクトを貼り付けるだけという、単調な下請け作業だったのだ。
 その上、地域を表すコードも中南米からアフリカ、中東と幅広く、この人権団体がどんな独裁者もしくは団体を相手にしているのかさえ教えてもらえなかった。

 俺はエリーに連絡し、この仕事を降りることにした。
 彼女もまた同じように思っていたそうで、「潮時かもね。私にこの仕事を紹介したNGOの幹部もどこかに拉致されたようだし」と言い、プルミエもまた同意した。

 もしかすると、この仕事も辞められないのではないかとふと不安に思ったが、それは杞憂で、俺達はなんの問題もなくジャワ島でバカンスを楽しむことができた。
「カリブはもうこりごりだものね」エリーがそう言って笑った。

 だが、そんな時ですらパソコンを離せないのがプログラマーの性分で、トロピカル・フルーツを食べながらユーチューブを見ていたプルミエが、急に顔を強張らせ「トシキ、ちょっとこれを見ろ」とある映像を見せたのだ。

 それは最近、爆発的な再生数になっている映像で、南米を拠点とするゲリラ集団のプロモーションビデオをコミカルに加工したものだった。使っている音楽などから俺たちが製作したものと推測できた。内容はといえば・・・、

 若者たちを募るシーンでは全員がインド映画風に踊りだし、最後はマイケルジャクソンのスリラー調に。銃を撃てば上から洗濯物が落ちてきて、怒ったオバサンにどつかれ、政府軍兵士を処刑しようとしたら、その兵士はカンフーの達人で、全員がボコボコに。鼻血を出しながらも全員がかっこよく整列したと思ったら隊長のズボンのバンドが切れ、女物のパンツを履いていたことが分かるというコメディに仕上がっていた。

 コメントの書き込みでは「大笑いした」とか「こいつはもう人前に出れないな」とかあり、大いに盛り上がっていた一方、この映像はかなりの恨みを買ったようで「これを作ったやつは世界中どこにいても絶対見つけ出して処刑してやる!」というような物騒なコメントもあった。

「こいつらを茶化していたのか。でも僕たちの正体までは分かるわけがないよね」
「ああ、俺達は断片的な加工をしただけの下請けなんだから関係ないよ」
 プルミエと俺が、そう言ってお互いに納得した矢先、真剣な表情で検索していたエリーが「これを見て!」と大声を上げた。

 見ると、それはゲリラ集団のまだ加工されていないホームページで、WANTED! Dead or alive(生死を問わず)と書かれたサイトの中にアメリカの大統領や政府軍の将軍にまじって、プルミエやエリーや、日本人TOSHIKI、100万ドルと書かれた記述があった。

             ( 茶化し屋 おしまい )

  
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2015年02月12日 (木) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のないシマポン・パパとママです。


   【 おじいさんの見た青空 】

    
「ええか真人、空の色は黒やない。青なんや。いつかお前に、ほんまもんの空を見せたる」
「爺ちゃん、いつかていつや?」
「台風が来た時や。台風がこの町の真上を通ったら空がぽっかり開く。そん時だけ、ワシが子供の頃に見た、ほんまもんの青い空が出るんや」
 祖父は、台風が通るのをずっと待っていたが、台風なんて一つも来なかった。


「おはようございます。皆さん、もうお目覚めでしょうか? こちらはラジオ・チカツ飛鳥。『7時ヤンケ! 起きんかい』のお時間です。2085年4月7日。現在のお天気は大曇り。今朝も古市第2スタジオから八島友子がお送りしております」
 枕元に置いたタイマー式ラジオから元気な女性アナウンサーの声が聞こえてきた。

「今朝の気温はマイナス9度。4月に入ってだいぶ暖かくなってきましたね。もうすぐ石川の氷も解けて流れ出すことでしょう」
 アホかい。どこが暖かいんじゃ! 俺はつっこみを入れながらベッドから起き上がると、分厚いチャンチャンコを羽織ってトイレに入った。
 その時、重要な知らせがあった。

「さて皆さん、まずは耳寄り情報から。なんと本日、臨時配給があるそうです!」
 俺はすぐにベッド脇に戻ると、ラジオのボリュームを上げた。
 平日は工場勤めなので土日の配給は欠かせないのだ。

「場所は羽曳野公設市場で、米と醤油、それからな~んと日本産カカオで作ったチョコレートの配給まであるそうですよ。南大阪、Bの10番から12番までの地区にお住まいの方が対象で、それぞれ米は1キロにつき引換券3枚で5キロまで。醤油は各家庭一本限定で、同じく券2枚必要です。チョコレートは嗜好品扱いのため、1個につき券7枚が必要です。時間は9時から・・・」
 それだけ聞くと、俺は子供部屋で寝ている娘の真美を起こしにかかった。

 学校に送った後、ただちに公設市場に向かわないと配給品がなくなるだろう。
 真美は、「土曜日やし、まだ早いからもう少し……」などと呑気なことを言っていたが、「お前が楽しみにしとったドーム見学、今日やなかったんか~」と耳元で囁くと、
「せやった!」と言ってとび起きた。
 
 大阪ドームには来るべき復活の日に備え、造幣局の庭から選別された7種類の桜の苗が盆栽サイズではなく、標準サイズで育てられている。ちょうど花も咲き、見事だとラジオで言っていた。

拝観制限があって、学童でもない限り入れないのは残念だ。
祖父の時代に、放送されていたテレビでもあればニュースで観れただろうが仕方がない。テレビはデジタル化が災いして全く映らなくなり、かといってもう一度アナログ化したり全世帯を有線化するには採算が取れない媒体となっていた。ここは娘がデジカメに撮って来るであろう写真でガマンするとしよう。

 真美と共に乾パンにお茶という簡単な朝食を取り、ゴーグルにマスクをつけてガレージに出ると、昨日から充電していた車は発進OKを示す緑のランプを点灯させていた。

 時刻は7時30分。今日も視界が悪く、ヘッドライトを灯火しても歩行者や対向車の接近には十分注意しないといけない。
 自転車並みの速度でゆっくり走ったので学校に到着したのは8時前になっていた。

「真美ちゃん、待ってたよ。遅いようなので心配していました」
 引率の高野先生が、駐車場まで出迎えに来てくれていた。社会見学用マイクロバスには、すでに真美を除く5年生児童16人全員が乗っているようだった。

「すんません。えらい遅れまして」俺は謝った。
「いえいえ、そうじゃないんですよ。実は夕方から吹雪になりそうなので、少し出発を早めたんです。中川さんにも電話をかけたんですが、通じにくくて。こちらの連絡ミスですので気になさらないでください」

 そういえばウチのあたりは基地局に遠く、天候によってはアナログでもつながりにくい時もある。
俺は高野先生に「よろしくお願いします」と言って真美を送り出し公設市場に向かった。


 70年程前、世界には80億もの人がいて、飛行機が飛び交い、交易も盛んだった。
その頃の日本は今の10倍を越す1億2千万人も住んでいたが、誰も飢えなかった。
こうした時代の映像は図書館の資料室にある映画やドキュメンタリーで簡単に観る事ができるが、とにかく空が怖いほど青かったようだ。亡くなった祖父が、空は青かったのだと言っても子供の頃の俺は信じなかったが、学校で教えられて衝撃を受けたものだ。

その頃は、平均気温も15度を超えていて、今では地下にあるLED農場でしか育たない穀物や野菜が平原で育てられていたという。大気もチリで濁っておらず、デジタル化された通信も使え、人々はマスクなしでも生活ができたようだ。

「青い空て、きしょくワル」
 真美も学校で習った時はそう言っていたが、それが本来の色のようだ。青がいいのか黒がいいかはともかくとして、平原で作物が豊富に実り、気候も暖かいとは、祖父の時代の日本は天国のような場所だったのだろう。


 そんなことを考えながら公設市場に到着すると、すでに長蛇の列ができていた。
「お、中川さん。こっちや、こっちや」
辻向かいの山田さんが、俺を見つけて手を振った。奥さんは別の行列に並んでいるとかで、山田さんは米担当だそうだ。

「ウチは子供が多いよって大変や。おまけに、あんなポスターがベタベタ貼られとるんで、肩身が狭いわ」
 そう言って笑った。
 確かに市場のあちこちに『正しい家族計画。子供は一人まで。二人以上は許可が必要です』と、書かれたポスターが貼られている。
 それなのに山田さんはお互いが子連れで再婚したため、4人も子供がいるのだ。
「配給は子供が多うても同じやから、ミミズ食うてるねん」
 そう言われると、少し米を融通しないわけにはいかなかった。
 
 昔、食料が豊富にあった頃には逆に少子化対策が取られていたそうだ。
 それがアメリカのイエローストーン火山が噴火して以来、何もかも変わってしまった。

 8700年前、九州の殆どに火砕流をもたらしたと言われる阿蘇山のカルデラ噴火を上回ること実に300倍! スーパー・ボルケーノが人類を襲ったのだ。

 当初、「ソドムの国アメリカは神から天罰を受けた」などと喧伝していた人々も、地球をすっぽりと覆った火山性噴出物によって、闇が自身の頭上に迫ると恐れおののき、自分たちは信仰心を忘れない善良な者たちですと、ひたすら祈りをささげるしかなかった。
 
 地球のあらゆる場所で、示し合わせたかのように、大小さまざまな休火山が目を覚まし、空は黒い霧で満たされた。まるで他人事のような、学者の言葉を借りれば21世紀の初頭、から火山の活動期に入ったとの事だが、これはまさしく人類存亡の危機だった。
 
 太陽が遮られることにより、全ての作物が育たなくなった上、気温が下がって川も井戸も氷に閉ざされたことにより、飲み水も得られなくなった。農産品の輸出国でさえ自国の民を食わせることができず、人々は牧場の牛馬はおろか、森に住む獣はたとえネズミでも食べ、海の魚も網にかかるものは稚魚まで食べたが、80億の人口はとても養えなかった。

世界がこのような状態であれば、元々食料自給率の低かった日本が無事でいられるはずもない。江戸時代の天明・大飢饉ですら、はるかにましと思える飢饉となれば大地震の度に世界で民度の高さを賞賛されていた日本国民も本能に抗えず、己と家族のために修羅の道に堕ちた。

食料を巡る争いが全世界規模で起きたことで、最初の1年で人口は激減、さらに3年で噴火前の8分の1になった。その頃には国家として機能している地域はごくわずかになり、混乱は2085年の時点でも続いている。ただ日本においては最初の10数年間、無政府状態に陥ったものの、以後は平静さを取り戻している。

 
「火山灰土壌での実験野菜が入荷されたそうやで! 引換券2枚やそうや」
 米の配給を終えて帰ろうとした時、誰かが大声で叫んだ。
皮肉なことに火山の多い日本では地熱を利用した実験農場が人々を助けている。
温泉が使え、地熱発電によるLED照明で太陽が照らなくても、発泡ウレタンハウスの中で作物を育てられるからだ。
使える土地が僅かでも1000万人程に減った今の人口なら、なんとか支えられるのだ。

「しもた。チョコレートで、券みんな使てしもたわ」
 山田さんの奥さんが頭を抱えて悲痛な叫びをあげた。
「アホかい! おんどりゃ、ちっとは考えて行動せい」
「久しぶりに、チョコが欲しいて言うたんはあんたの方やないか!」
 夫婦喧嘩を始めた山田さんをその場に残し、俺は野菜の配給所に走った。

 結局、公設市場では何度も列に並んだために、そこを出る時には昼近くになっていた。
 俺は残った引換券の中から1枚を使って雑炊で腹を満たし、予定していた道明寺ホームセンターに向かった。

 ここで調達するのは畑の土20リットル。これは火山灰の下から掘り出した良質なものだ。
それと、小型の風力発電キット&植物生育用のLED照明。これらを使って、家の地下に作ったグリーンルームでネギやイモを育てるのだ。

 無論、地元大阪電力が泉南の石炭発電所と生駒の風力発電所から電気を供給してくれているが料金が高く、これを作物用の24時間ヒーターや照明にあてることには抵抗があった。
 設置さえすれば無料で電気を得られる風力発電キットは、地下にグリーンハウスを作ることを決めた時から計画していたものだ。
 うまく育てば、フリマで他の食べ物と交換できるかもしれない。

 買ってきたキットを家に持ち帰った俺は急いで組み立てを開始した。工程がわずか4つしかない単純なキットはすぐに組みあがったが、設置まではする時間がなさそうだった。
 3時までには学校に戻らないと、待ちぼうけを食らわされた娘の機嫌が悪くなるだろう。

 ガレージに出ると、すでにチラホラと雪が舞っていた。まもなく道路は黒い雪で覆われるに違いない。
地表ではそれ程ではないものの、上空は風が強いのか、犬の遠吠えのような不気味な音を発している。その時、少しだけ足元が明るくなった気がして、空を見上げると黒い雲の一部が裂け、ほんの一瞬、青い空が覗いた。

「あれが、お爺さんの見た青空だ!」
 俺はこの感動を真美に伝えようと、学校に着くや否や車に乗り込んできた娘に話そうとしたが、彼女の「遅い!」の一言で出鼻をくじかれてしまった。

 とはいえ、真美は機嫌が悪いわけではなく、ドームで観た桜がよほど気に入ったようで、「あんな綺麗なもんが、この世界にあるとは知らんかった」と、終始興奮気味だった。

「ドームにおった先生の話やと、世界の火山活動も終わりに近づいてるんやて。いつか空も青うなって日本中で桜が観れるようになるそうや!」
「いつかて、いつやねん?」
 俺は思わず真美にそう尋ねた。
「知らんがな。たぶんだいぶ先や」
 娘はそう言いながらデジカメで撮ってきた写真を見せてくれた。

 運転中なので、チラリと画面を見ただけだが、確かにそれは俺たちが住む灰色の世界には存在しない、色彩あふれるものだった。

 『いつか』が、俺の生きているうちにやって来るかは分からないが、もしかしたら真美の孫たちは、真美が「青い空て、キショク悪!」と言ったように「昔は空が黒かったやなんて、キショク悪!」と言うようになるかも知れない。

 そんなことを思いながら、今日の戦利品であるチョコレートをひとかけら、娘に手渡した。


     ( おしまい )

 
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