自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2017年07月26日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチのクロちゃんです。

   【 医療用ロボット・プロジェクト 】
 
  無知の知を説いたのはギリシャの哲学者・ソクラテスだ。
人間はどこまで学び、考えたとしてもそんな物はごく僅かで、知らない事の方が多い。
己の無知を知る者は、自分を博学と吹聴する者よりずっと知識が深い。という意味だろう。

 だが、人間の世界では、少なくとも自分がプロであると宣言する分野においては、何でも知っていると相手に信じ込ませないといけない商売がある。
 宗教家や教師、医師などだ。
「私が言う以上、間違いがない」と断言する事は、それがプラシーボ効果を狙ったものなら良いが、時に浅学なるがゆえの思い込みで、人を誤った道に導く者が出るのは問題だ。

 東大阪で産業用ロボット部品を作る、吾妻加工(株)の社長・吾妻和豊(63)のかかりつけ医師もそんな人だった。
 数日前からカラオケに行っても痛くて歌えない等、喉の異常を感じていた吾妻は、もしや癌ではという恐れを抱いて、駅前のかかりつけ医に診察をしてもらった。

「こらあ、なんてことない風邪やな」
 医師はそう言って、うがい薬と解熱鎮痛薬を処方した。正直、吾妻はそれを聞いてホッとし、家に帰って薬を飲み、しばらく安静にしていたが二三日経っても症状は良くならなかった。

「◯X医院は、前からヤブや言うてますがな。悪い事は言えへんから評判のええ△◇医院に行きなはれ」
吾妻は妻に言わるまま、別の医師にかかったところ、今度は
「こらあ、急性喉頭蓋炎言うやっちゃ。要するに甲状腺に炎症が起きとるちゅうこっちゃ」と診断され、抗菌薬とステロイド薬を投与された。
「これできっとすぐに治るでえ」
妻は断言したが、痛みは増すばかりだった。

「こらあかん。俺の病気はもっと悪いに違いない。やっぱり、癌やなかろうか」
もはや大病院へ行って徹底的に診てもらうしか無いと考えた吾妻は覚悟を決め、紹介状を持たずに、名医と評判が高い和田医師のいる大学病院を尋ね、これまでの経緯を述べた後、生検等を依頼しようとしたが、和田医師は、
「これはもしかすると、原因が喉やのうて、心臓にあるんやないか?」と言い出した。

「そんなアホな・・・」
と思いつつも心電図を取ると明らかな異常が示された。
 和田医師は、「心臓の痛みは横隔神経を通じて脳に届く際に、脳が錯覚を起こして、喉の痛みやと思い込む事があるんや」と言った。
結局、吾妻はカテーテル手術を施されて回復。喉の痛みも嘘のように消えた。

「良かったですね。もうちょっと遅れとったら、心停止してたかもしれませんで」
「本当にまあ、お父ちゃん良かったねえ。先生、ありがとうございました」
 妻は何度も和田医師に頭を下げたが、吾妻には割り切れないものが残った。

 日本の医療制度では病気にかかった者はまず、規模の小さな病院か町の診療所で診察を受けることになっている。そこで治せないような重病が見つかると、初めて大病院を紹介される仕組みになっているのだ。
 何故、そうなっているのかと言えば、重篤な患者が速やかに大病院で治療を受けられるようにする為だ。


「それは俺にも分かるんや。けどなあ、今回みたいに専門外の知識が不足しとって、誤診をされたら、患者はたまったもんやないで」
 吾妻はいきつけのスナックでママを相手に愚痴を言った。
「どうしようもないがな。健康に気いつけたらええんや」
「ほな、酒も控えなアカンな。店にもあんまり来られへんようになるなあ」
「そんなん言わんといてえな。ちょっとお酒飲むんは逆にストレス解消にええねんで」
 ママは吾妻のコップにビールをついだ。

「テレビで言うとったんやけど、アメリでは、家庭医ていう制度が定着して、初診を担当する地域の医者は自分の専門分野だけやのうて、診療科をまたぐ知識を身に付けとるそうや」
「何の話やそら?」
「アメリカは大きいよって、専門医制度を取れんていう事情もあったんやろうけど、その方が良かったんやなあ。だいたい患者は素人やから、病気の原因がどこにあるんか分かれへん。ママかてこの間、大腸がんになったかもしれんて騒いどったけど、痔やいうて肛門科に回されたやろ」
「誰から聞いたんやそれは!」
「要するに、内科に行くべきか、循環器科か、それとも精神病院へ行ったらええんか、そんなもん、分からんちゅうこっちゃ。それやったら」
「諦めて死ぬんかいな」
「ちゃうわい! あらゆる知識を持った、スーパードクターが必要やて言うんや」
 吾妻は立ち上がってそう叫んだ。
「そんなもん、あんたが言うてもどうにもならんがな」
ママの言うとおり、それは厚労省の担当分野で、号令をかけるのは政治家だった。
「そらそやな」と、吾妻も椅子に座り直したが・・・、

考えてみると、吾妻の家業は産業用ロボットの部品メーカーだった。
「それやったら、スーパードクターを俺が作ったろうやんけ!」
吾妻は宣言し、「つけっ!」と言って自宅に戻ると、さっそく設計図を書き始めた

が、よくよく考えると吾妻がやろうとしているロボット医師で重要なのはAI(人工知能)であり、その入れ物であるロボット等はさほど重要ではないことに気づいた。
「あかん。AIはさっぱり分からん・・・」

 これがもし他の地域であれば、そこで諦めたかもしれない。しかし、吾妻のいる東大阪は中小企業の経営者が集まって、国家もしくは巨大企業でしか作れない人工衛星を自作してしまうという土地柄だった。
 吾妻は翌週の親睦会で、皆が酒に酔ったところでスーパー・ドクター・ロボット構想をぶち上げた。
「おもろい! やったろうやないか」
 ベロベロに酔った小松沢金属の社長が賛同した。
「ウチも混ぜんかい」「俺んとこも乗った!」
 殆どのメンバーが賛同し、帰ってから妻に報告して「アホかいな!」と怒られた。

 ともあれ、誰もが子供のように熱中し、ツテを頼って大学のAI研究室も巻きこみ、プロジェクトは動き出したが、そんな活動がテレビで流されると途端にストップがかかった。

 本来は一番協力して欲しかった、医師会と厚労省だった。

「そらまあ、考えてみたら当たり前やわな。最近は囲碁でも将棋でもプロがAIに勝たれへんのやから、そんなもんができたら連中は商売あがったりやで」
 と、大松電装機器の三代目が言えば、

「この間も駅前のヤブに行ったら、『アンタもくだらん物に首突っ込んどるらしいな。そんなやつはワシんとこへ来んな。塩でも飲んどれ!』て、言われてしもたわ」
と、園村産業の婿養子が力なく笑った。

「ウチの親会社は、『医療分野が売上の半分以上を占めとるから、お前とこと契約しとるとマズイ』て脅されてしもたわ。せやから悪いけどウチは降りるわ」
 メンバーの大部分が弱気になったが、

ここで戦略の変更を提案したのが、小松沢金属の社長だった。
「ロボットはアフリカ向けや言うたらええんや。アフリカは医師も足らんし、衛生環境も悪い。エボラなんかが流行っとる時は欧米のボランティアも現地に行きたないんやないか? そんな場所で活躍するロボットであって、優秀な日本の医療環境で使うもんやないて言うたらええやないけ」
「せやけど、それは最初の目的やないやないか!」
 吾妻が噛み付いた。

「なんでもええんや。このまま厚労省が協力してくれへんかったら、AI研究しとる大学も降りよる。アフリカが目的やて言うたら、人道上も反対されへんやんけ。それにな、連中も本当は分かっとるはずや。日本がこの研究を辞めたかて、よその国が先行するだけやてな。だいたい囲碁のAIかて、その最終目的が医療用やいうのは、誰でも知っとる事やないけ」
 小松沢金属・社長の意見はなかなか説得力があった。この発言によって、

「週間秋冬が医師会の圧力を取材しとったから、そんな風に説明するわ」
 大松電装機器の三代目が宣言した。
こうして吾妻達のプロジェクトは再び動き出し、NHKでも『面白い試み』と話題にされるようになった。
しかし、この話がアルジャジーラTVによって世界に配信されると、別の問題が持ち上がってきた。

「えらいこっちゃ。スェーデン・カロリンスカ大学の偉い先生が引き抜かれた!」
 日本がこの分野の研究を始めたことを知ると、中国の国営企業やイギリスの研究所が名医と呼ばれる人達の囲い込みを始めたのだ。
診察用のAIは、名だたる医師の診察手順をアーキテクチャー化してプログラムに組み込む事によって成り立っている。
だが、医療もビジネスである為、ライバル達は特殊な疾病の推察方法を持つ医師の手順に、特許のような形で指導費を支払う契約をしていたのだ。
 無論、東大阪の町工場の予算で対抗できるものではなかった。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。名医の引き抜きがネットで話題になると、
「私はもう現役は退いているが、多少なりともお役に立てるなら協力させてもらおう」
 と申し出てくれた医師がいた。かってNHKのドクターGに出演し、同業の視聴者をも唸らせた名医だった。
 これをきっかけに続々とこのプロジェクトに参加してくれる医師も増えた。
 駅前のヤブ医師までが、「こうなったらワシも協力したろうやないか!」と申し出てくれたが、これは小松沢金属の社長が丁重にお断りした。

 AIのプログラミングが順調に進む中、吾妻達のロボット本体の組み立ても佳境に入った。
 残念ながら今回は二足歩行は諦め、どこかの電話会社のペッ◯ー君のように車輪になったが、手は6本でそれぞれに注射やメスをもたせることもできる。吾妻は阿修羅みたいやなと思ったが、大松電装機器の三代目は「ノース2号かいな」と、マニアックな事を言った。

「診察手順のプログラミングはまだしばらくかかるんですが、駆動系のテストをお願いします」と研究所の学生が言ってきたので、β版ソフトをインストールすると、それまで首をうなだれていたロボットがシャキーンと胸を張り、「ドウ ナサイマシタカ?」と言うではないか。

 吾妻達は小躍りして、どこかに病人はいないかと探すと「今朝から、ちょっと鼻水が出るねんけど、あんたらの為に、ジュースの差し入れ持って来たったで」という、スナックのママを見つけ、ロボットの前に立たせた。
「おい、診察させたら医療法違反やで」
「診察ちゃうがな、駆動検査や」

 ロボットはセンサーのついた指をママの鼻に押し入れると、何やら計算をしだし、診察を下した。
「前立腺炎デスネ。セルニルトン ヲ ショホウ シマショウ」
「エ~、ママは男やったんかい!」
「ちゃうわい、このポンコツ・ロボット!」
 ママはロボットの頭を思いっきり叩いた。

 どうやら、開発の道はまだまだ遠そうだった。


   ( おしまい )

   
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2017年05月31日 (水) | 編集 |
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   写真は記事とは関係のない「ルドルフとイッパイアッテナ」を観るウチのクロちゃんです。

   【 外来種 】
 
「今回、こちらに伺いましたのは、先に伝えましたワクト・プラバ第二星系条約に基づき、新たに判明した外来種の駆除について承認を頂きたかったからです。分かっておられるとは思いますがここで言う外来種とは地球上で移動したアライグマのようなものではなく、他の星系からもたらされた生物及び異星人によって遺伝子操作された生物を言います」
 扇風機のような平顔のパラスカス星人が国連総長に対して、独特の胴体ピストン運動を繰り返しながらそう告げた。

「銀河連盟1等外務官の方にこんな辺境の惑星までお越し頂き、痛み入ります。勿論地球政府は連盟のご意向に従う所存です」
 ボハンギ国連総長は、笑顔を絶やさず、かといって卑屈に見られないよう気を使いながら連盟からの使者に対してそう答えた。イギリスや中国・ロシアなど、会議室にいる10数人の国連大使もボハンギの言葉に逐一大きく頷いて激しく同意している。
『茶番劇だな。初めから逆らえるはずもない』お歴々に紅茶を運びながら俺はそう思った。


 2087年、ワシントン上空に飛来した4隻の巨大UFOに、パニックになったアメリカが攻撃をしかけて滅ぼされた。その際のUFOからの反撃が極めて激烈で、太平洋と大西洋が繋がり、当時のアメリカはアラスカ共和国、ロッキー諸島、ハワイ共和国を残すだけだ。
 アメリカと同盟国であったイギリスや、俺の故郷の日本は、ためらっているうちに、決着が付いたので助かったといえる。

 この攻撃により世界は沈黙し、ニューギニアのポートモレスビーに移された国連が、使者を迎え入れて失礼を詫たことで、地球は連盟の末席に加えてもらうことができた。( 国連が、ロンドンやパリ、東京ではなくポートモレスビーを選んだのは混乱を最小限に抑えるため )以来100年間、地球人は連盟の指導の元、観光を生業として細々と生きている。


「我々は10年前、外来種が持ち込まれたことで一時大混乱になった経験がありますからね。銀河連盟が外来種を駆逐してくださるのは大歓迎と言えます」
「そう、ボグタ星の観光客が持ち込んだパラサイト・スライム。あれは酷かった」
 ボハンギ国連総長の言葉にフランス大使が頷いた。

 パラサイト・スライムは沼の星・ラウンに住むアメーバー状の生き物で、悪魔のスライムと言われている。触れると一瞬で対象の生物を包み込み、体内に浸透するのだ。やがてその生物は遺伝子を書き換えられ、知覚器官のある頭だけを残し、首から下はスライムになる。今でもパソコンの写真サイトには『閲覧注意』と付いた画像が数多く残されている。
この化物を連盟の専門チームが地球上から一掃してくれたのだ。余談だが地球にスライムを持ち込んだボグタの若者は自身がスライム化されラウンで終身刑にされているそうだ。

「で、駆除を予定されているのは、どのような動植物が対象なのでしょうか?」
「まず一つは、地球人がカモノハシと呼んでいる生物です」
パラスカス星の外務官は壁面に写真とDNA解析表を映し出した。
「カモノハシ? カモノハシなら地球に昔からいる生物ですが・・・」
訂正を試みたオーストラリア大使に対し、連盟の外務官はますます胴体ピストン運動を強めながらその発言を打ち消した。

「カモノハシには進化の過程の化石が一切見つかっていないのではないですか? しかもそのDNAには爬虫類、鳥類、哺乳類の系統が全て入っています。(事実です)不思議に思われたことはないですか?」
「そういえば奇妙な生物ではあるな。鶏と同じように肛門・尿道・生殖口が一つになっている単孔類だし、性染色体が5対もあるし・・・(事実です)」
「あれは140万年前に連盟に属さないタミラス星の科学者が、この星で行った実験によって誕生した生物なのです」
「しかしそうだとしても、カモノハシはすでに生態系に組み込まれている。これを排除するというのは、やりすぎではないのですか?」
 諦めきれないオーストラリア大使の言葉に、数人の大使が賛意を示したが、連盟の外務官は容赦なかった。

「地球には強力なウイルス・ベクターがいます。このウイルスは対象の生物のDNAを別の生物に転写する能力を持っています。千年や1万年といった単位では、さほど問題はありませんが、長い目で見るとその星にいる全ての生物に影響を与えるのです」
「そ、それはそうかもしれませんが、すでに140万年も経っているのに・・・」
 オーストラリア大使はギュッと唇を噛んだ。

「で、もう一つの生物とは?」
 国連総長の質問に対し、パラスカス星の外務官は居並ぶ大使達を順番に指さした。
「え、我々人類ですか?」
「バ、バカな!」
「140万年前、あなた方が“ホモ・ハビリス”と呼ぶ霊長類の一種にタミラス星の科学者は、自分達のDNAの一部を移植しました。古い記録によれば宇宙船の事故で故郷に帰れなくなった寂しさを紛らわすために行ったとされています。こうした記録が最近の調査で明らかになったことで、連盟としてもワクト・プラバ第二星系条約を履行しなければならなくなったのです」
 パラスカス星の外務官は冷徹に言い放った。

「ホモ・ハビリスの中から人為的に作られた知性ある種こそがホモ・エルガステルであり、それがホモ・サピエンスに繋がったと我々は見ています。ライフサイクルが極めて短いウイルス等は別ですが、10年以上の動物でこんな急速な進化をした例はありません」
「少し遺伝子が入ったというだけで、我々地球人を抹殺すると言われるのか!」
 中国の大使が激昂した。

「抹殺するとは言ってません。あくまで地球の生態系を守るため、あなた達には人工惑星に移って頂こうと考えています。残念ながら、あなた達は去勢され外部とは隔絶されますが、食料や娯楽施設を与えられ、最後の一人が死ぬまで安楽に暮らしていけます」
 バラスカス星人の言葉で俺は、日本における[特定外来生物による生態系等に係わる被害防止に関する法律]によって、隔離されている交雑種の施設を思い浮かべた。

「もし我々が隔離を拒否したら?」
「残念ながら実力行使となります。その場合は全ての国がアメリカのようになるでしょう」
「生態系を守ると言いながら陸地をなくしたら人間以外の生物も絶滅するではないか!」
 イギリスの大使がテーブルを叩いた。

「地上の生物は多かれ少なかれ毒されています。特に人間の近くにいる動物はウイルス・ベクターの悪戯により、まるで人の様な行動を取るようになっています。あなたがたが拒否された場合、我々は海洋生物のみを守ることになるでしょう」
 パラスカス星の外務官の言葉によって、俺は実家にいるオッサン臭くなったシロを思い出した。

「いかんせん、我々に勝ち目はありません。やつらには重力砲があって、狙ったプレートを千メートル沈下させることができるんですよ。ここは他の生物を守る為、人間が犠牲になるしか無いのではないでしょうか」
 一人の大使が弱気なことを言った。

「ありえん! 我が国は断じて自国を守るぞ!」
 それは勿論、どの大使もできればそうしたいと考えているだろう。
「ではあなたは、どうやって彼らと戦うんです? アメリカが3分で消滅したというのに」
 そう言われると、大使達全員が押し黙った。そんな中、

「拒否します!」
 俺は思わず大声を上げていた。
「君は誰だ? ボーイか。何の権限があって勝手な事を言っているんだ。退出しなさい」
 国連事務総長がガードマンを呼んだ。

「俺は、ここでアルバイトをしている国連大学の学生で、銀河連盟法を学んでいる者です。連盟法ではこういった場合、加盟惑星が異議を唱えて裁判を起こす権利を有しています」
「何、そんなことができるのか?」
 大使達がいっせいにパラスカス星人を見ると、俺の発言を聞いた外務官は天井にも届くかと思われる程の胴体ピストン運動を繰り返していた。それは誰の目にも動揺しているように見えた。

「君、裁判になると勝てる確率は?」
 大使達の目が今度は俺に突き刺さる。
「正直に言えば、ワクト・プラバ第二星系条約はかなり重要な条約ですので、このままではまず勝てません。ですが、連盟での裁判は長引くのです。地球時間で言えば数百年は続きます。その間に・・・」
「なるほど。我々も反陽子爆弾等を開発して、やつらに対し恫喝外交をやるのですな」
 どこかの大使が言った。

「いえその逆です。数百年の間に様々な星系と交流し、味方を増やしていくのです。そしてあらゆる惑星の知的生命体が様々な要因で繋がってきたことを証明し、地球人にのみ向けられた不当な扱いを訴えていけば、やがて未来が見えてくるはずです」
「それで行こう!」
 国連総長のボハンギが力強く俺の肩を叩いた。

 パラスカス星人はと見ると、天井に頭をぶつけて泡を吹いていた。

                    ※・・・この物語はフィクションです。
     ( おしまい )


   
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2017年04月29日 (土) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチのシマポン親子です。

   【 英雄との遭遇 】
 
「宇宙船カリエトは現在、減速してネオアースからわずか100億キロ付近を航行中。まもなく乗員はコールド・スリープを終え、ひと月後にはこちらに到着すると見られます」
 航宙局のマクナガン長官の言葉に会議室はどよめいた。
「ついに我々は600年前の英雄と対面できるのか」
 行政長官である私のみならず、誰もが感慨ひとしおだった。

 カリエトは2115年、人類がまだ火星や木星の衛星エウロパの海に都市を築いている頃、大いなる夢を抱く若者数十人と移住に必要な機材、植物の種、数々の動物の冷凍卵を乗せて11光年離れた地球型惑星Aq77cに向け、帰らぬ旅に飛び立った初めての恒星間宇宙船だ。
 ワープ航法も確立されていなかった時代、スイングバイ航法によって光速の約50分の1にまで加速し、600年をかけて到達するという壮大な計画を持って送り出された大冒険時代の船なのだ。

 だが、宇宙工学の進歩は彼らの勇敢な試みをさほど意味のないものに変えてしまった。
 タイタンの権益を巡る紛争によって飛躍的に発展した技術はついに人類にワープ航法をもたらせ、新たな植民船は先に旅立ったカリエトを安々と追い抜き、わずか数ヶ月で、今我々がネオアースと呼んでいる星(Aq77c)に降り立った。

 それから600年、Aq77cの開発は進み都市が出来、森が生まれ、生命の痕跡がなかった海には地球から運び込んだ幾多の海洋生物が爆発的に繁殖した。Aq77c改めネオアースは文字通り、第二の地球として歩み出し、新たな宇宙開発の拠点となって繁栄し続けている。

 勿論、人類は勇敢な冒険者達を乗せたカリエトを忘れたわけではなく、回収すべきかどうかの議論はされていた。しかしカリエト本体に起きた何らかのアクシデントで、その位置が数百年間も分からなくなっていたのだ。それが数ヶ月前、個人所有の宇宙クルーザーによって、我々の住むこのネオアースから900億キロの地点で発見されたのだ。

 船体は隕石による破損でかなり損傷を受けていたが、一見したところ、居住空間には問題がなさそうだったので、派遣されたパトロール船が寄り添う形で見守ってきた。
 そのカリエトがもうすぐネオアースに降り立つのだ。

 ここでふと我々はカリエトに乗る600年前の英雄をどう処遇したら良いのかという問題に直面した。

なにせ彼らが飛び立って数年後に開発されたワープ航法によって、彼らが人類で初めて降り立つはずであったAq77cは人口30億人の賑やかな惑星に変貌しているのだ。
つまり本来彼らが得るべきであった栄誉も0からの開発という生きがいもすでに無い。
我々が彼らの立場であれば全てを捨てて夢にかけた600年は何だったのかと落ち込むのではないだろうか。

「彼らをネオアースの砂漠地帯に誘導し、そこで初めての開発という夢を見てもらってはどうか」というバカげた意見も出たが、600年前の技術でもドローン等を使い星の隅々まで見渡すことも可能で、本当のことが分かった時点で彼らは激怒するだろう。そこで・・・、

 ここは正直に人類初の恒星間飛行を成し遂げた英雄として、その業績にふさわしい地位と生活基盤を与え、本を執筆してもらったり、銀河テレビに出演してもらったりして栄誉を称えるのが良いのではないかという結論に達した。

 一月後、万全の体制を整えて我々はカリエトを待った。600年前の資料からカリエトがAq77cのどの地点に降りるのかが分かっていたので、その付近にあった数軒の農家には移転してもらった。
(なおこの時、『立ち退きをしてもらうのが農家だから良かった。これが有力者の邸宅であれば』云々と言った行政官はクビになった)

 空の上から遠目に見ても傷だらけのカリエト本体がゆっくり垂直着陸をしてきた。すでに船体の大部分を占めるエンジン部分はネオアース突入前にすでに切り離している。
 我々は「ヒーロー歓迎!」と書いた横断幕を上げて数万人で待ち構えた。

 だが、ドアが開いても誰も降りてこなかった。
 無理もない。無人の荒野に降り立つはずが、宇宙人(!)数万人に取り囲まれているのだ。
勇敢な冒険者といえども面食らうことだろう。そこで・・・、

 私は志願した女性行政官ら数人と共にカリエトの中に乗り込んだ。

 が、中で見たものは・・・、想像されたよりも酷く損壊した移住区と、ケースまで破壊されたコールドスリープ装置。そしてそこに眠る56体のミイラだけだった。

「なんてことだ。英雄達はすでに全員が亡くなっていたのか」
 私は落胆し、船を降りようとした。とその時、一人の行政官が声を上げた。

「長官、このコールドスリープ装置はまだ機能しています」
 それは通常サイズのコールドスリープ・カプセルの約2分の1の大きさで、唯一壊れておらず、目標の地点に降りたというのに未だ凍りついたままだった。

「子供も乗っていたのか。たぶん大人達が基地を開設してから起こす予定だったのだろう。だが、大人達が全員死んだので起こされることもなく眠り続けているんだ。早く起こしてあげなさい」
 私は後から船内に入ってきた、当時の機器を扱える技術者にそう命じた。

 白い氷に閉ざされたカプセルを温風が包み、やがてそこに眠る者が姿を表した。

「子供じゃありません。猫です! 生きています」
 技術者がピクリと動いた猫を見て驚いたように叫んだ。
 成人用のコールドスリープ装置に寄り添うように置かれていたその小さなカプセルは、おそらく、その人が可愛がっていた猫だったのだろう。首にはチャコと書かれたリボンが巻かれていた。

 もし我々が先にこの惑星を開発していなければ、このまま何千年も眠り続けるか、生命の全く存在しない星で唯一人死の時を待つしか無かったろう。

「あなたが連れてきたチャコちゃんは、我々が大事に育てます。この星には猫がすでに沢山いるので、チャコちゃんの友達もすぐにできますよ」
 私は猫のカプセルの隣で眠るミイラにそう言った後、恐る恐るチャコを抱き上げると、小さな英雄はミャウーと鳴いた。

 ようこそ、ネオアースへ。長旅ご苦労様でした。

      ( おしまい )

   
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2017年03月08日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチのめっちゃ君です。

   【 冒険者 】
 
 標高8848m。インド亜大陸とチベット高原を隔てるヒマラヤ山脈の中にあって、14の8000m級ピークを持ち、周囲に100を越す7000メートル級の山々を従えてそそり立つ神々しき山。それが地球最高峰エベレストだ。

 1953年にイギリス・ジョン・ハント隊のエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが世界初の登頂をして以来、この世界一魅力的かつ有名な山は、登山ルートの開発やシェルパー、ガイドの育成等により数多くの冒険家、登山家を迎え入れて来たものの、地表では考えられない大気の薄さ、氷点下30度の厳しい気温、強風、雪崩などによって命を落とす者や山頂を目前にしてアタックを断念する者も後を絶たない。

 だが、一度山頂に到達した成功者は、近隣にそびえるアマ・ダブラムやローツェの雄峰、雲海の隙間から垣間見えるネパールやチベットの人里、あるいは遥か彼方まで続く陽炎のようなインド亜大陸など、この世のものとは思えぬ絶景を目にすることができるのだ。

 そして今、俺はこの場所にいる。


 大学時代、友人の脇田に誘われ山岳部に入った俺は、先輩部員や脇田と一緒に富士山を始め立山連峰、八甲田山といった国内の山々に挑み、多くの経験をした。さらに、部長となった大学4年の時には希望者を募って、スイス側からマッターホルンの登頂にもチャレンジ。その頂に立つ事に成功した。この後、俺と副部長の脇田は無謀にもエベレスト登山をも計画したが、これはさすがに資金面で苦しく、スポンサーも無かったことで在学中は断念せざるを得なかった。

「社会人になったら、資金を貯めて、いつかはエベレストに・・・」
 これは俺と脇田の共通の合言葉になったが、現実的には簡単じゃなくて、俺自身の就職をもってその計画も立ち消えになった。


「南米アンデスのアコンカグア(6960m)制覇!」
 これは卒業後、数年経って我が家に届いた脇田からの写真付き年賀状だ。
 父親が持っていた巨額資産を引き継いだ脇田は、自称冒険家となり、南米のアコンカグア登頂に成功し、30代のうちに北アメリカのデナリ(6190m)アフリカのキリマンジャロ(5895m)といった各大陸の最高峰を次々と制覇していった。

 一方、俺の方は25歳で同い年の佐和子と社内結婚し、長女が生まれてからは、日本の山にさえ登ることも無くなった。あえていえば38歳で赴任先のオーストラリア支店で催されたハイキングで佐和子と娘を連れて、コジオスコ(オーストラリア大陸最高峰2228m)に登ったくらいで、翌年の脇田に宛てた年賀状には「俺も七大陸最高峰の一つ、コジオスコを制覇したよ」と、いささか自嘲気味に書き添えた。

 しかし、脇田は大真面目にも「それはおめでとう!」という返事を送ってきた上、
「俺はこの秋、40歳を記念して、いよいよ南極大陸のヴィンソン・マシフ(4892m)に挑むつもりでいる。君が挑んだコジオスコとヨーロッパ最高峰エルブルス山(5642m・ロシア)にはすでに登った。そしてヴィンソン・マシフを制覇した後には、エベレストに出かけようと思っている。何故これを最後に持ってきたかと言うと、君と一緒に登頂したいからさ」と書いてきたのだ。

 俺がエベレストに? それは今となっては夢物語だな。しかしこんな熱い友人の誘いをどうやって断ったら良いのだろう・・・。
 と、悩んでいた処、数ヶ月して脇田の方から断りの連絡を入れてきた。

「君と一緒にエベレストにと思っていたが、しばらく延期してもらいたい。実はヴィンソン・マシフで酷い凍傷にかかり、足の指を半分位失ってしまった。数年はリハビリに務め、再度鍛え上げないと世界最高峰には挑めそうもない」

「あら、良かったじゃない。あなたが本当にエベレストに行きたいなんて言い出したら離婚しようかと思ってたわ。文子の高校進学も控えているのに、危険な遊びの費用だけで数百万もかかるんでしょ」
 倦怠期に入っていた妻が冷たく言った。

 オーストラリアで一緒にコジオスコに出かけた頃は、微笑んでいてくれていた妻もこの頃はすれ違いが多かった。

 仕事にしか生きがいを見いだせなくなっていた俺は、平日帰宅が遅くなっていた。その為すでに眠っている妻や、夜は部屋からはめったに出てこない娘と話すこともない。休日は自宅にいるが、娘は友人と外出。妻はカルチャースクールのフラダンス教室の仲間達と買い物や旅行に出かけるといった具合だ。

 そんな状態だから、また山に登りたくなったかと言えば、それはなかった。
 東京の本社努めになって以来、会社帰りに新橋でいっぱい飲むという習慣がすっかり身についた俺は、エベレストどころか医者から「たまにはハイキングにでも出かけないとメタボ指数が相当上がってますよ」と言われても、近郊の高雄山ですら登りたくなかったのだ。

 都会で安全に暮らしている者に命の危険などはない。と、思っていたがそうでもなかった。
メタボ体質は確実に俺の命を削り取っていたのだ。娘の文子が大学に進む頃、リハビリを終えた脇田が我家に俺を尋ねてきたが、その時俺はすでに小さな位牌の中に入っていた。

「申し訳ない。もう少し早く山に誘っていれば、こんな死に方はさせなかったのに」と悔やむ脇田に対し、佐和子はお礼を言いながら、とんでもない提案をした。

「この人は若い頃、いつか脇田さんとエベレストに登るんだと言ってました。残念ながら、病に倒れ、その夢は果たせませんでしたが、脇田さんがエベレストに登られるのでしたら、この位牌を一緒に連れて行って頂けないでしょうか? うちは娘だけですから永代供養として、お寺に祀ろうと予定していましたが、地球上で空に最も近い場所に置いてもらえたら、この人も本望なはずです」

 脇田がそんなアホな提案を受け入れるとは・・・。
「ワー、やめてくれ~!」と叫んだが、無論そんな声は届かなかった。


 標高8848m。大気も薄いエベレスト山頂は夜になると満天の星空が広がる。地上の光もスモッグも届かぬここは別世界だ。ただ、天気は移ろいやすい。ひとたび嵐が吹き荒れると、風速80mを超える猛吹雪がすべてを飲み込む氷雪地獄と化す。
 そんな中に俺はいる。

律儀な脇田は、エベレスト山頂に俺の位牌を埋めて行ったのだ。
「次に俺が来るまで、ゆっくり楽しんでくれ」
 そう言って熱い男は手を振りながら山頂を後にした。

「次とはいったいいつだ? 早く迎えに来てくれ」
 小さくなる脇田の背に向かって俺は必死で呼びかけた。
 
          ( おしまい )

追伸、
 このエベレスト山頂付近には、『虹の谷』と呼ばれている場所がある。(実話)
名前はメルヘンチックだが、この名前の由来は雪原に散らばる遭難者のカラフルな服装から来ているのだ。

 毎年のようにエベレストでは遭難者が出るが、高度の高いこの場所にはヘリコプターが使えない。その為、遺体の回収が出来ない。また常に氷点下のこの場所では、腐敗することもない為、あちこちに遭難者の遺体がそのまま転がっているのだ。

 ここに集うドイツ人、イギリス人、アメリカ人、国籍も生まれた年代も違う様々な人達と、昼となく、夜となく、話し合うのが、もっかの俺の楽しみとなっている。


   
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2017年02月08日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチのクロちゃん&チビポンです。

   【 年寄茸 】
 
 仙京山漢方店はここ数年の健康食品ブームに乗って驚異的な躍進を遂げ、その主力商品である『不老丹』はアンチエイジングに効能ありと言われ、世界各国でベストセラーになっている。

 ただ、この会社は上場しておらず、京山会長のマスコミ嫌いもあって、あまり取材には応じてこなかった。そんな会長が何故か駆け出しの記者である俺の取材を受けてくれたのだ。
『健康食品会社の会長は本当に元気なのか?』というタイトルで取材したいと申し出たのが気に入られたのかもしれない。


 警備員の厳重なチェックを受けて、地下三階にある会長室に通されると、
「おお、あんたが『週間文朝』の十和田はんどすか」
 と、京山会長が上機嫌で迎えてくれた。

「取材に応じて頂き、ありがとうございます。ああ、本当にお元気そうですね」
 俺はその容姿にまず驚いた。
「若う見えますやろ。これが『不老丹』の効果どす」
 情報によると齢90歳を上回るはずの会長は矍鑠(かくしゃく)という表現を通り越して、まるで50代の若さにに見えた。

 他の健康食品グループの会長達が元気そうでも年相応に見えるのとは対照的だった。
「驚きました。『不老丹』を飲み続けていると、本当に強力なアンチエイジング効果があるんですね」
「そうどす。ただ、市販の『不老丹』は安全のため、若干効能を抑えとるんどすわ」
「なるほど。アレルギーの人とかいたら困りますしね」
 『不老丹』の主成分は舞茸などのキノコを抽出したものと発表されているが、やはりその中にはライバル社には見せたくない薬効成分も含まれているのかもしれない。

 俺は、会長の生い立ちや、京山漢方店をここまで成長させた苦労話などの取材を終え、会長に礼を言って腰を上げた。と、その時、それまでにこやかに笑っていた会長の顔が真顔になった。

「実はこれから話すことはオフレコにしてもらいたいんやが・・・」
 そう言われても、記者である以上、聞いたことを伏せるのは悩ましい事だし、もしそれが犯罪に関わるものであれば黙っているわけにはいかない。俺がそう説明すると・・・、

「それはそうどすやろ。けど、これはあんたの命にも関わる事どすね」
 と、不気味なことを言った。俺の懸念をよそに会長は壁に取り付けてあったモニターのスイッチを入れ、デスクの引き出しからは古びた大きな手鏡を取り出した。

「京都には昔から不思議なものが伝わっとりましてな。これは『怪(あやし)の手鏡』というんやが、ワシが若い頃に古刹の僧侶から、寺の改修と引き換えにもろうたもんどす。これで見ると、普通では見えへん生き物が見えますんや」
 そう言いながらモニターに何やら画像を映し出す。

「赤ん坊の写真が写ってますやろ。その頭に何か見えしまへんか?」
 確かにその赤ん坊の頭には椎茸くらいのキノコが生えていた。全体的に白っぽく透明で淡い光を放っている。その光は体全体を覆っていた。

「これは、この鏡を通して写した写真で、そのキノコは『年寄茸』と言うんどす。実はこの赤ちゃんだけやなく、どの赤ちゃんにも、人にも犬でも猫でも虫でも、全部このキノコが生えとるみたいなんどす」

 会長が見せてくれた次の写真はちょっと驚きだった。それは渋谷のスクランブル交差点を、鏡を通して写した写真で(そのせいか、左右が逆になっている)そこには多くの人々が写っているのだが、どの人の頭からも先程の『年寄茸』が生えていた。ただ、その大きさは赤ん坊の物とは比較にならない位に大きい。制服の女子高生で直径30cm、中年のサラリーマンにいたっては座布団ほどの大きさがあった。

「『年寄茸』はどの生物にも寄生し、宿主からコラーゲン等を奪って成長しよります。次にお見せする写真は、かなり衝撃的どす」
 会長がそう言って見せた写真は、有名な100歳老人姉妹『鉄さん、鈴さん』の写真だったが、彼女達の頭の上のキノコは敷布団位もあって身体中に覆い被さっていた。

「もしも、このキノコがなかったら人も動物も老けへん言うんやったら、見ることも触ることもでけへんこのキノコを、どうやって取るんかということどすわ。それには他のキノコを使うのが一番なんどすわ」

 会長は群生している植物や菌類が他の種を攻撃するメカニズムを教えてくれた。
 動けない植物たちは、相手にとって、いわば毒となる物質を放出し自分たちのコロニーに進出しないようにしている。
『不老丹』というサプリは、他のキノコを煮詰めて作ったものだが、そのエキスで人間の体に「年寄茸」に対する防御壁を作っていたのだ。

「ただし、ウチの『不老丹』は「年寄茸」を弱らせるだけで、完全に殺すことはでけまへん。完全に殺すには、ある種のウィルスを自分の体に感染させるんどすわ」
「つまり、会長さんはウィルスを使ったということですね。それを売り出さないのは、一度感染させるともう必要がなくなるので商売にならないとか」
 俺は確信を突いたと思ったが・・・、

「いやいや、これは商売とかの話やないんどすわ。ワシは年寄茸というものは人間や動物にとって害を与えるだけのものと思うてました。それで、最初は自分の体を実験台に、キノコにだけ効くウィルスを使って完全に消滅させたんどす。見とくなはれ、ワシにはもうキノコがありまへんやろ」
 会長は自分の頭を鏡に照らして、俺に見せた。

「ところが、キノコが無くなったんで喜んどったら、その後、大変な事が分かったんどす。なんとワシは陽が射す町を歩くと、大火傷をするようになったんどす。年寄茸は、人間からコラーゲン等を奪い取る代わりに、淡い光を傘のように放射し、紫外線から体全体を守っとったんどす。その上、キノコが無くなると嗜好まで変わるのか、無性に人間の血が飲みたくなるんどす。もうお分かりですやろ。年寄茸が消えた人間は、吸血鬼の様にになるんどす!」

「すると、僕をここに呼んだのは血を吸うため?」
 俺は思わず後ずさった。

「誤解せんとくなはれ。ワシは社員から研究用として血をもらって生きとります。だから、他所様を殺めるようなことはしとりまへん。そうやなくて、ワシはもう一度、別の年寄茸を体に移植して、日中堂々と町を歩けるようになりたいんどす」
「そんなことができるんですか。体はウィルスに感染しているのに?」
 少し落ち着いて記者魂が蘇った俺は会長に質問した。

「確かに普通の年寄茸では、もう生えてきよりまへん。けど、動物実験の結果やとレア種の『青年寄茸』なら、このウィルスにやられへんちゅうことが分かったんどす。勿論移植には頭皮を2mm四方使うので、人間の物やないと、あかんわけやけど、その『青年寄茸』を生やしているのが・・・」
 会長は俺の頭に鏡をかざした。そこには座布団大の、青い年寄茸が生えていた。

「テレビを見てて『青年寄茸』を生やしとる人を、鏡を使うて探しとりましたら、人気俳優の不倫報道番組でしゃべるあんたの頭に生えとりました。ワシは何とか、あんたに連絡をしたかったんやが、その方法が分からんかった。どうしょうかと悩んどる時に、あんたの方から取材の申込みがあったんどすわ」

「つまり、僕の頭に生えている『青年寄茸』を、一部の頭皮と一緒に移植させて欲しいということですね。それならどうでしょう? この事を僕が報道する代わりに、会長にキノコをお分けするというのでは?」
 しかし、会長はクビをふった。

「いや、年寄茸の事を報道したら世界中でパニックになりますやろ。こっちの条件としては、頭皮をほんのすこし分けてもらうのと引き換えに、あんたの命を守るという事どすな」
「き、脅迫ですか? 言うことを聞かないとこの場で血を吸うとか・・・」
 しかし、会長は笑いながらこれを否定した。

「それも誤解どすな。あんたは『青年寄茸』が、どんなに危険なキノコなんか分かってはらへん。ええどすか? 『青年寄茸』が大きうなると肝硬変になりますんや! 十和田はんは近頃、肝臓の数値が極端に悪うなってまへんか?」
 そういえば、この処γ-GTPが600近くにも跳ね上がって、医者からは入院を強く勧められていたのだった。

「あ、『青年寄茸』を弱らせることができるんですか?」
「できま。ウチの市販されていない『特別強力・不老丹』を服用されれば・・・」

 俺は会長と取引する他なかった。


           ( おしまい )

   
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