自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2017年03月08日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチのめっちゃ君です。

   【 冒険者 】
 
 標高8848m。インド亜大陸とチベット高原を隔てるヒマラヤ山脈の中にあって、14の8000m級ピークを持ち、周囲に100を越す7000メートル級の山々を従えてそそり立つ神々しき山。それが地球最高峰エベレストだ。

 1953年にイギリス・ジョン・ハント隊のエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが世界初の登頂をして以来、この世界一魅力的かつ有名な山は、登山ルートの開発やシェルパー、ガイドの育成等により数多くの冒険家、登山家を迎え入れて来たものの、地表では考えられない大気の薄さ、氷点下30度の厳しい気温、強風、雪崩などによって命を落とす者や山頂を目前にしてアタックを断念する者も後を絶たない。

 だが、一度山頂に到達した成功者は、近隣にそびえるアマ・ダブラムやローツェの雄峰、雲海の隙間から垣間見えるネパールやチベットの人里、あるいは遥か彼方まで続く陽炎のようなインド亜大陸など、この世のものとは思えぬ絶景を目にすることができるのだ。

 そして今、俺はこの場所にいる。


 大学時代、友人の脇田に誘われ山岳部に入った俺は、先輩部員や脇田と一緒に富士山を始め立山連峰、八甲田山といった国内の山々に挑み、多くの経験をした。さらに、部長となった大学4年の時には希望者を募って、スイス側からマッターホルンの登頂にもチャレンジ。その頂に立つ事に成功した。この後、俺と副部長の脇田は無謀にもエベレスト登山をも計画したが、これはさすがに資金面で苦しく、スポンサーも無かったことで在学中は断念せざるを得なかった。

「社会人になったら、資金を貯めて、いつかはエベレストに・・・」
 これは俺と脇田の共通の合言葉になったが、現実的には簡単じゃなくて、俺自身の就職をもってその計画も立ち消えになった。


「南米アンデスのアコンカグア(6960m)制覇!」
 これは卒業後、数年経って我が家に届いた脇田からの写真付き年賀状だ。
 父親が持っていた巨額資産を引き継いだ脇田は、自称冒険家となり、南米のアコンカグア登頂に成功し、30代のうちに北アメリカのデナリ(6190m)アフリカのキリマンジャロ(5895m)といった各大陸の最高峰を次々と制覇していった。

 一方、俺の方は25歳で同い年の佐和子と社内結婚し、長女が生まれてからは、日本の山にさえ登ることも無くなった。あえていえば38歳で赴任先のオーストラリア支店で催されたハイキングで佐和子と娘を連れて、コジオスコ(オーストラリア大陸最高峰2228m)に登ったくらいで、翌年の脇田に宛てた年賀状には「俺も七大陸最高峰の一つ、コジオスコを制覇したよ」と、いささか自嘲気味に書き添えた。

 しかし、脇田は大真面目にも「それはおめでとう!」という返事を送ってきた上、
「俺はこの秋、40歳を記念して、いよいよ南極大陸のヴィンソン・マシフ(4892m)に挑むつもりでいる。君が挑んだコジオスコとヨーロッパ最高峰エルブルス山(5642m・ロシア)にはすでに登った。そしてヴィンソン・マシフを制覇した後には、エベレストに出かけようと思っている。何故これを最後に持ってきたかと言うと、君と一緒に登頂したいからさ」と書いてきたのだ。

 俺がエベレストに? それは今となっては夢物語だな。しかしこんな熱い友人の誘いをどうやって断ったら良いのだろう・・・。
 と、悩んでいた処、数ヶ月して脇田の方から断りの連絡を入れてきた。

「君と一緒にエベレストにと思っていたが、しばらく延期してもらいたい。実はヴィンソン・マシフで酷い凍傷にかかり、足の指を半分位失ってしまった。数年はリハビリに務め、再度鍛え上げないと世界最高峰には挑めそうもない」

「あら、良かったじゃない。あなたが本当にエベレストに行きたいなんて言い出したら離婚しようかと思ってたわ。文子の高校進学も控えているのに、危険な遊びの費用だけで数百万もかかるんでしょ」
 倦怠期に入っていた妻が冷たく言った。

 オーストラリアで一緒にコジオスコに出かけた頃は、微笑んでいてくれていた妻もこの頃はすれ違いが多かった。

 仕事にしか生きがいを見いだせなくなっていた俺は、平日帰宅が遅くなっていた。その為すでに眠っている妻や、夜は部屋からはめったに出てこない娘と話すこともない。休日は自宅にいるが、娘は友人と外出。妻はカルチャースクールのフラダンス教室の仲間達と買い物や旅行に出かけるといった具合だ。

 そんな状態だから、また山に登りたくなったかと言えば、それはなかった。
 東京の本社努めになって以来、会社帰りに新橋でいっぱい飲むという習慣がすっかり身についた俺は、エベレストどころか医者から「たまにはハイキングにでも出かけないとメタボ指数が相当上がってますよ」と言われても、近郊の高雄山ですら登りたくなかったのだ。

 都会で安全に暮らしている者に命の危険などはない。と、思っていたがそうでもなかった。
メタボ体質は確実に俺の命を削り取っていたのだ。娘の文子が大学に進む頃、リハビリを終えた脇田が我家に俺を尋ねてきたが、その時俺はすでに小さな位牌の中に入っていた。

「申し訳ない。もう少し早く山に誘っていれば、こんな死に方はさせなかったのに」と悔やむ脇田に対し、佐和子はお礼を言いながら、とんでもない提案をした。

「この人は若い頃、いつか脇田さんとエベレストに登るんだと言ってました。残念ながら、病に倒れ、その夢は果たせませんでしたが、脇田さんがエベレストに登られるのでしたら、この位牌を一緒に連れて行って頂けないでしょうか? うちは娘だけですから永代供養として、お寺に祀ろうと予定していましたが、地球上で空に最も近い場所に置いてもらえたら、この人も本望なはずです」

 脇田がそんなアホな提案を受け入れるとは・・・。
「ワー、やめてくれ~!」と叫んだが、無論そんな声は届かなかった。


 標高8848m。大気も薄いエベレスト山頂は夜になると満天の星空が広がる。地上の光もスモッグも届かぬここは別世界だ。ただ、天気は移ろいやすい。ひとたび嵐が吹き荒れると、風速80mを超える猛吹雪がすべてを飲み込む氷雪地獄と化す。
 そんな中に俺はいる。

律儀な脇田は、エベレスト山頂に俺の位牌を埋めて行ったのだ。
「次に俺が来るまで、ゆっくり楽しんでくれ」
 そう言って熱い男は手を振りながら山頂を後にした。

「次とはいったいいつだ? 早く迎えに来てくれ」
 小さくなる脇田の背に向かって俺は必死で呼びかけた。
 
          ( おしまい )

追伸、
 このエベレスト山頂付近には、『虹の谷』と呼ばれている場所がある。(実話)
名前はメルヘンチックだが、この名前の由来は雪原に散らばる遭難者のカラフルな服装から来ているのだ。

 毎年のようにエベレストでは遭難者が出るが、高度の高いこの場所にはヘリコプターが使えない。その為、遺体の回収が出来ない。また常に氷点下のこの場所では、腐敗することもない為、あちこちに遭難者の遺体がそのまま転がっているのだ。

 ここに集うドイツ人、イギリス人、アメリカ人、国籍も生まれた年代も違う様々な人達と、昼となく、夜となく、話し合うのが、もっかの俺の楽しみとなっている。


   
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