自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2018年05月23日 (水) | 編集 |
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写真は記事とは関係のないウチのチビポンとシマポンママです。

  【 方技官(改)・パワースポット 】 
 

 【 パワースポット 】

 逗子マリーナ。

 ここは1971年、当時の西武流通グループによって造成されたホテルやレストラン等も兼ね備えた複合施設で個人所有のクルーザーの数や豪華さにおいては日本有数のヨットハーバーだ。

 そこに我々封魔方所属のクルーザーが係留されていた。

 イタリア製アジムット80。某有名俳優が所有していた光進◯や東京都が所有するクルーザーには及ばないがそれでも全長25メートルあり、内装も申し分ない。なぜこんな船が封魔方の所属になっているのかと言えば、海の怪異から日本の船舶を守るためだ。それゆえ、ラグジュアリーな印象を与える外観とは対象的にキール等は特別頑丈にできている。

 それはともかく、対妖鬼戦に使用する時以外は自由に利用してもかまわないように言われているので、猫又封じが思いの外、簡単に片付いたこともあり、俺は残りの休暇をこの船で過ごすことに決め込んでいた。

「保(俺の名前)ちゃ~ん、伊豆大島までクルージングした~い」

 船客の一人で地元スナック・アルバイトの美羽が、甘えた声で俺の首に抱きついた。

 だが、残念ながら海技士3級の資格を持つ十朱は、副長官への報告のため霞が関に戻っている。小型船舶1級免許しかない俺は横付けされた小型クルーザーなら運転できても、この大型クルーザーを動かす資格は無いのだ。

「十朱さんがいないからダメなんだって」

「え~、八柱、だっさー。背も低いし」

 という声が聞こえる。

「フン……、」

 俺は雑誌を顔にかけてデッキチェアーに寝転がった。その時、

「はっはっは、女の子を失望させましたね」

 船に招待してもいないやつの声がした。

 我々封魔方のライバル、陰陽寮の次席方技官・希沙良(きさら)だった。

「どこから湧いて出た。お目当ての十朱はいないぞ」

 俺は冷たく言い放った。

 端正な顔立ちの希沙良という男、43歳の中年ながら十朱に劣らず女性にモテる。だが、残念なことに彼は男色家なのだ。

「いえいえ、今日は方技官殿にお願いがあって参ったのですよ」

「何、俺はそんな趣味はないぞ!」

「いやだなあ、こっちだって好みというものがありますよ。僕はね、長身の若い子が好きなんですよ」

自分も1メートル80ある希沙良が言った。

「そうではなく、仕事の話ですよ」

 希沙良はサマーコートのポケットから数枚の写真を取り出した。

「庵本寺(あんぽんじ)という神仏混淆(しんぶつこんこう)の寺で、我ら陰陽寮が注視しているパワースポットの一つです。二年参りに訪れた女子高生がスマホで撮影し、ブログに載せたものですが、これがまた」

 それはインターネットからコピーしたものと思われ、不鮮明ながら我々能力者が見ると驚愕の光景が写し出されたものだった。

 除夜の鐘を突く坊主がバランスを崩して鐘楼(しょうろう)から転落しかけている姿を捉えたものなのだが……。

「なるほど。僧侶が羅刹に襲われている」

 俺はしばらくこの恐ろしい写真から目を離せなかった。

「さすがは封魔方にこの人有りと言われた八柱方技官! 僧侶の周りに浮かんだ僅かな光から羅刹と見破りましたか」

 そう言って膝を叩き、大げさに驚いてみせた。俺が不快そうな顔をすると、

「いや失礼。勿論すぐにお分かりになると思っておりました」

 希沙良が真顔になって、もう一つのポケットから庵本寺に関する資料を取り出した。

「そっちで片付けないで、こちらに回す訳は何故だ? この寺の気の流れが尋常でなくなり、天部集が人界に直接影響を及ぼすようになったのであれば気場を抑える結界を張るのがお前達の仕事じゃないのか」

 俺は当然の質問をぶつけた。

 ともに内閣官房付き抗魔組織でありながら、封魔方と陰陽寮は昔から仲が悪い。

 それだけに陰陽寮の次席・方技官が封魔方を率いる俺にこうした写真を見せ、相談を持ちかけるのは異例のことだった。

「実は写真の僧侶をそちらで処断して欲しいのです」

「処断? おだやかじゃないな。第一この僧侶が何をしでかしたかは知らんが、羅刹は毘沙門天の眷属(けんぞく)。その羅刹に襲い掛かられたとあれば、こいつはすでに鬼籍にあるんだろう?」

「そう思われるでしょうが、明鎮というこの僧侶、今でもピンピンしているのです。その証拠に、これは一昨日撮られた写真です」

 希沙良は、若い巫女をナンパしている明鎮を盗撮した写真を見せた。

「信じられん……」

 俺は言葉を失った。

「つまり陰陽寮では、その僧侶が人間であらざる者と結論づけた訳か?」

「そう。それも羅刹の攻撃に耐える、かなりやっかいな妖鬼と観ています」

「写真からは怪しげな気も感じられないな。ただの破戒僧に見えるが……」

「人間が毘沙門天の怒りを受けて現世に留まっていられますかね」

「それは確かに無理だな。人間など朽ちた祠に祀られた、名もなき神に祟られても命を落とす。ましてあれほど高位の武神の怒り買って無事でいられる者などいない筈」

「でしょう? もし妖鬼と判明すればその場で処断して頂きたい。我々は京都以外での処断は禁じられておりますので」

 希沙良は少し残念そうに言った。

 一般的にテレビやドラマの影響で陰陽師は妖鬼を倒すことができると思われているが、陰陽寮・所属の方技官は、京都以外で、それが認められていない。これは江戸時代正保年間に起きた土佐の鬼騒動に起因する。

 後に通商再開を求めるポルトガル人が、長崎へ寄港する前、水補給で立ち寄っただけと分かったこの騒動では当初、朝廷所属の陰陽師が派遣された。

 しかし、仮に妖鬼が相手だとしても、それを討伐するのは征夷大将軍の役目だと主張する幕府が、封魔方を設立し、『以後陰陽寮は京都のみを守護すべし』としたのだ。

 この事件は先の寛永年間に起きた「紫衣事件」と共に、この時代の幕府と朝廷の力関係を推察する事柄として知られている。

 なお、明治政府では陰陽寮も封魔方も共に中務省所属の方技官となったのだが、棲み分けは現在も続いている。

「わかった。まずはこの者の正体を我々の目で確かめてみよう」

 俺は船内でカラオケ大会を開いている女達を追い出し、希沙良の運転するピンクのダッジバイパーに同乗して東京に戻ることにした。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」

「やだなあ、八柱方技官、私に向かって九字を切らないでくださいよ」

「いや、すまん、つい安全の為」

 俺はその気のある希沙良の行動を縛っておいた。

「襲いかかりませんって」

 希沙良が苦笑いした。

「で、結界師は庵本寺にいるのか?」

「この案件を封魔方におまかせした以上、そちらから要請がない限り私も含めノータッチということで……」

「そうか、お前は来ないんだな」

 俺はスマホで霞ヶ関にいる十朱を呼び出すと、簡単な説明と庵本寺に先回りしてくれるよう要請した。

「おや、十朱君も行くんですか?」

「お前は来なくて結構。十朱はノーマルなのだから近寄るな。俺は府中スマートICで下ろしてくれ。あとはタクシーで行く」

 俺は府中で降りると、付いて来たそうな希沙良を強引に追っ払いタクシーを呼んだ。

 目的の庵本寺は分倍河原の近くにあって建立の由来を記した立て看板によれば平安時代末期、江戸重継が建てた古刹(こさつ)ということで、戦国時代には南蛮寺も兼ねていたらしい。寺は現在も神仏混淆らしく山門へと続く参道に石の鳥居が残っている。属している宗門は小さく、国宝や重要文化財も無いことから一時期廃寺の話もあったが、戦後周辺の人口が大幅に増え、檀家も増えたことで危機を脱したようだ。 

 雑誌で都内屈指のパワースポットと紹介され、多くの参拝客を集めているという。こうした雑誌の記事にはでっち上げが多いが、この庵本寺の場合は……、

「これは本物ですね」

 先に到着していた十朱が、境内を観察しながらうなった。

 陰陽寮が常に注視しているのも当然で、多少なりとも能力の有る者ならば、たじろいでしまう程の気が充満している。

 しかもそれは神気、邪気がゴチャ混ぜという賑やかさだった。

 一般人には見えないが、山門の屋根上に生きた(!)招き猫(妖怪)がいて、怪しげな気を放ちながら参拝客を集めている一方、境内の中央には天女が住んでいるのではとみられる、極限まで浄化された五重の塔があった。

 しかも、この寺に住み着いているのは妖怪や天女だけではなかったのだ。

「そこに餓鬼がいる。目を合わせば我々の正体が知られてしまうから注意しろ」

 俺は十朱に新築の地蔵堂の方を見ないように指示した。

 餓鬼自体はわりとどの寺にも住んでいるのだが、驚くべきことにこの寺にいる餓鬼達はハンバーガーを食べていた。

「明鎮という僧侶、ますます怪しいですね」

 十朱がそれとなく、この寺の特色ある餓鬼を観察しながら苦笑した。

 陰陽寮の資料によれば明鎮はこの寺の若住職で、金と女好きでこれまでも度々問題を起こしている。

 宗教法人を隠れ蓑に不動産業で儲け、フェラーリに乗って檀家参りをし、一度地蔵堂を壊して駐車場を作った時には大住職から追放されかけたこともあったという。

 昨年脱税でもあげられており、この時は一番厳しい修行場に送られて再教育をされているが懲りた様子もなく、現在はランボルギーニ・アヴェンタドールに乗って檀家周りをしているという。

「これだけ見ると実に人間らしいやつですけどね」

「だが、その程度の破戒僧なら毘沙門天が現世にまで羅刹を送り込んで来るはずはない」

「となると、どこかの漫画に出てきたような半妖でしょうか」

「わからん。とにかくやつを発見することが肝心だな」

 俺は陰陽寮の事前の調査に従い、明鎮の出没しそうな場所に回った。

 問題の明鎮は陰陽寮の女好きという事前調査通り寺が経営している文化教室の前でフラダンスを覗き込んでいた。

「人間ですよね……」

 十朱が俺に確認した。

 確かに明鎮からはなんら妖気も感じない。

 だが気になったのは彼が熱を上げている女。明鎮が覗いているのが分かるのか、少し眉をひそめて踊る姿は人と思えぬ程美しい。

「あれは人間ではなく、級外天女と呼ばれる存在だよ」

 俺は、明鎮と同じように、その女に魅入っている十朱に教えた。

「なるほど。すると明鎮は恋してはならない天女に恋した為、毘沙門天の怒りを買ったんでしょうか」

 ほんの一瞬とはいえ、心を奪われたことを恥じ入りながら十朱が尋ねてきた。

「文献ではそうした事例は無いんだけどね。それにあちらから姿を見せているわけだし」

 そう、天女に恋した人間が罰されたという言い伝えはない。

 だとすると、明鎮のどこが毘沙門天の怒りを買ったのか? 俺はしばらくこの寺に関わりを持つ事になるだろうと予測した。

 が、謎解きを初めて僅か十分。あっけなくその理由が分かったのだ。

 それは境内のあちこちに貼られた『御札』だった。殆どが現世利益に関わるものだが、呼び出す神格と契約内容は陰陽寮の連中も躊躇する程のものだった。

「こりゃすごい。一命と引き換えねばならない程の御札が無造作に貼られている」

 十朱も呆れ顔で言った。

「しかも書き方が殆ど間違っている。これでは神の力を借りるどころかなんちゃって福の神・つまり妖怪しか呼び出せないぞ」

 俺はなんとなくこの寺が神聖と共にまがまがしさが共存する訳が分かったような気がした。

 その時、「ほう、その事が分かりますかな」という声が背後から聞こえた。

 ギクリとして振り返ると……、

 声の主は餓鬼だった。

「しまった!」

 俺は思わず、見えないふりをしたがそれは無駄だった。

「気になさらずとも良いですよ。私が知ることで良ければお話しましょう」

 自らをペロタンと名乗るその餓鬼は意外にも明鎮に関する事情に精通しているようで、筋の通った説明をしてくれた。

「なんと、そんな事が……、」

 おかげで一月はかかると見ていた仕事が日帰りになった。



「つまり僧侶は妖怪ではなかったということですね。しかしそうなると明鎮なる男、羅刹の攻撃にあっても平気だった訳が分かりませんねえ」

 陰陽寮の希沙良が俺の説明に対し、少し不満そうに言った。

「餓鬼の説明によれば、彼には特殊な役割があるらしくてね」

「特殊な役割とは?」

 俺は希沙良を近くに寄せると周りの技官達に聞こえぬように耳打ちをし、その正体を明かした。

「天界から送られた啓愚師! つまりあれでしょ、本人は使命に気づかないが、自ら愚かな行いをしでかし、極めて酷い目にあって、因果応報を世に示しながら、人を正しき道に導くという。あ、失礼」

希沙良が驚きのあまり、大声を出してしまった。

「要するに、明鎮の処断は封魔方や陰陽寮では難しい。と、なれば適当なところに回すのが一番だな」

 俺は府中税務署に電話をかけた。

 ランボルギーニ・アヴェンタドールは、フェラーリを廃車にした後、一年程の檀家回りで買える車ではなかったからだ。

「面倒な事は他の担当に回しますか……。いかにもお役所仕事ですねえ」

 希沙良は首をすくめて去って行った。

「希沙良さんに言われる筋合いは無いですよねえ」 

 側にいた十朱補佐官が苦笑いした。

          (第二話・おしまい)


   
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2018年05月14日 (月) | 編集 |
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写真は記事とは関係のないウチのチビポンです。

  【 方技官(改)・妖猫 】 
 

 内閣官房機密費はその性格上、オープンにできない費用とみなされ、会計検査院も調査対象にしていない。一般的には、国会の審議を円滑に進める為の接待費と見られているが、実はそれ以外に驚愕の経費がここから捻出されている。

 例えば、明治時代まで中務省に含まれていた組織の費用で、陰陽寮(陰陽道に基づく呪詛を行う)の他、我々封魔方(国家に災いをもたらす妖鬼を武器を用いて倒す)の方技官に支払われる給与と経費等だ。敗戦時、GHQの追求を逃れるために内閣官房付となったが当時は無給で宝剣類を一部博物館に売却することで生計を立てていたという。

 だが今ではこの仕事の重要性が理解され、比較的潤沢に予算が回される。無論、それなりに苦労はさせられるが……。


「八柱方技官、休暇中の処、悪いが急な案件が出きたので現地に飛んで欲しい。詳しい内容は機内で説明を受けてもらいたい」
 前回の事件が片付き一週間の休暇をもらって恐山の麓にある自宅でくつろいでいた俺の元に事務担当の伊坂副長官から呼び出しがかかった。

一般の技官と異なり、精神面での疲労が多い方技官の場合、大きな仕事の後は自身の丹田型と合ったパワースポットで休息を取ることが許されている。俺の場合は恐山。麓にあった旧家を買い取り、ホームバーや現在では唯一となったSTERN Pinball社製のピンボール、ジュークボックス、ビリヤード台を設置し地元ホテルの女子従業員や遠く弘前大の女子大生を呼んで連日パーティを開くことで英気を養っていた。そんな中かかってきた不粋な連絡だった。

「十朱補佐官では無理な案件なんですか?」

 俺は不満げに言った。

「官房長官の選挙区で起きた案件とだけ言っておこうか」

 伊坂副長官は短く答えて電話を切った。

 そう言われると断れない。一般の役職と違い我々の部署では長官の機嫌を損ねると来年度の予算が大きくカットされることもありえるからだ。俺は屋内を下着姿でくつろぐ女達を早々に追い出し、愛車BMW i8 ロードスターに乗り込んだ。

「方技官、新田原へのフライトの準備ができました」

 車内無線に俺担当の吉岡三尉から連絡が届いた。

 我々封魔方の正方技官には専用機が割り当てられている。勿論この俺にも450万ドルのホンダジェットが一機、公用として充てがわれていた。キャリアでもない、若干35歳の技官には過ぎた待遇に映るだろうが、僅か数名の能力者だけで、一刻を争う案件を追って三千キロもある日本列島を飛び回らねばならないのだから当然かも知れない。

 俺は、迎えに来た青森県警のパトカーに先導され、信号を全てすっとばして高速で大湊分屯基地まで走らせると、すぐに機中の人となった。

 機内には、既に府中基地から乗り込んでいた十朱補佐官が待っていた。

「何が起きた?」

 俺が上着を脱ぎながら尋ねると、

「実は数日中にも覚醒が始まるであろう妖猫が発見されました。いわゆる猫又です」

補佐官は深刻そうな表情で資料を見せた。

今年28歳になる十朱は昔、ジャニーズ事務所から『ユーも来ない?』と誘われた逸話を持つ、イケメンだ。

「この少女がブログにUPしなければ見落とすところでした」

 十朱は、眉間にしわを寄せながら自分のタブレットにそのブログを呼び出した。

『ウチのゴンタロウです。なんとゴンちゃんは尻尾が分かれてて二本もあるんだよう』

 子供っぽい文章に添付されていたのは紛れもない子猫の猫又だ。

 通常は20数年生きて、初めて霊力を持ちそのうちごくまれに猫又に至るものだが、生まれて数ヶ月しか経っていないのに既に猫又へと変異を始めている、とんでもない化け物だった。

「まずいな。写真からも妖気が漂っている。覚醒すると近県の猫全てが妖猫化するぞ!」

「それほど強力ですか」

「ああ、酷い場合には数百年間も封印された九州一園の魑魅魍魎(ちみもうりょう)を叩き起こす危険性すらある。間に合わない可能性も考慮して、結界を張れる陰陽寮の方技官もスタンバイさせておけ」

「彼らはすでに周辺自治体に向かっているはずです」

「用意周到だな。では俺達も準備に取り掛かるか。清めるぞ!」

俺はその場で褌姿に、十朱もブリーフ姿になると、酒瓶を手に互いに向き合った。

「おい十朱、少ししゃがめ!」

 これは酒を口に含んで、霧吹きのように相手の体に吹きかけ清める儀式なのだが、十朱は身長が1メートル90センチと俺より30センチ高い。以前やつの吹いた酒が全て俺の顔にかかったことがあるのだ。

 清めが終わると次は機内に積み込んである武具の中から、対象とする妖鬼の力を封じる神力を秘めた短刀や破邪弓を取り出す。これも日本酒で清めて、それぞれに印を結び入魂をすませた。

「あと一〇(ひとまる)分ほどで新田原基地に到着いたします」
 パイロットのアナウンスで俺は急いで農作業着に着替える。

 現地は畑が多く式服では目立ってしまうからだ。

「ご武運をお祈りいたします」

 担当自衛官の敬礼に見送られて俺は送迎車に乗り込んだ。

 送迎車の運転手は地元役場の人間で、今何が起こっているかは知らず、ただただ物々しい様子に「テロかね? もしかしてISとか過激派でも?」と不安がったが、「いや、日本でエボラの感染症が出た場合を想定しての演習です」と説明しておいた。

我々の仕事はアメリカで言えばXファイル捜査官のようなもの。事実を知ればパニックを起こす普通の公務員や一般人には、何も知らせない方が賢明なのだ。

 運転手はなおも聞き耳を立てていたようだがそれは仕方がない。たぶん彼には何の話か分からないだろう。

「んんん、では疫病がペットの猫に感染したというシナリオで始めます」

 十朱補佐官は運転手を意識した前置きを付けて補足説明をし始めた。

「先行調査によれば少女の母親は中学校教諭。父親は農協務めで昼間は不在。祖父母は少し離れた場所で暮らしている為、少女が学校から帰宅するまでは、子猫は独りで家の庭にいるとのことです。なお、ペットショップの店員になりすました工作員がGPS付きの首輪をプレゼントした為、子猫が家にいるかはすでに把握できています」

 十朱補佐官はタブレットに少女の家屋敷と✕印で表示された子猫の位置情報を表示した。

「ありがたい。少なくとも探す手間は省ける。後はすみやかに邪を断つまで」

 俺は銀の玉や短刀など七つ道具を詰めた麻袋を担ぎ、送迎車を降り立った。

 その瞬間、俺はこの場に漂う尋常でない気を感じ取った。

「こ、これは……」

 少女の家から数十メートル先に止めた送迎車の位置にまで、まがまがしい妖気が届くのだ。

 霊感は強いが耐久力の無い十朱補佐官などはその妖気に打たれフラリとよろめいた。

「やいや、大丈夫かいね」

 運転手が慌てて長身の十朱を支えたが、

「あ、これは演技なので心配ないです」

 と、十朱はとても演技とは思えない青い顔で答えた。

「運転手さんには患者の搬送を待つ救急隊員を演じて頂きたいので車内で指示があるまでいて下さい」

 俺は部外者をこの場から遠ざけた。

「す、すでに覚醒したのでしょうか」

 十朱が吐き気をこらえながら言った。

「いや、しかし急がねばならないな」

 俺は十朱の背中に魔除けの札を貼り、印を結びながら慎重に怪異の元に近づいた。すると……、

「八柱方技官ですね。ご苦労様です。私は、福岡支局の調査担当員で原田と申します。お探しの妖猫はそこにおります」

 農業用水補修工事を装って少女の家を張っていた『草』と呼ばれる工作員が、建物の影から現れ、縁側で気持ちよさそうに眠る子猫を指し示した。

 尻尾が二本ある以外は、どこにでもいそうな茶虎の子猫。と、おそらく一般の人間にはそう思えるだろう。しかし、能力があるものが見れば、龍神にも匹敵するエネルギーをそこに感じ取るはずだ。

 そんな妖猫が覚醒したとすれば……。

 俺は奈良時代に役行者(えんのぎょうじゃ)自らが鍛えたという破邪鋼を用いた短刀を脇に差しポケットにはニボシを持って慎重に子猫に近づいた。

 また万が一に備えて福岡支局の原田には変装用のテレビカメラを持たせ、後を追わせる。

 俺は全身から闘気を消し去り、にこやかにゴンタロウの名を呼んだ。以外にも子猫は無防備で、ニボシが欲しいのか「ミュッ」と鳴くと、近くに寄って来た。

 だが、そうやってうまく子猫を捕らえた瞬間に邪魔が入った。

「おじさん達、誰? ゴンに何しよっと!」

 予定より早くゴンタロウの飼い主の少女が学校から戻ってきたのだった。

「まずいな。十朱、原田さん、子供を近づけないでくれ!」

 俺は補佐官らに命じ、少女を止めさせた。

「ハーイ、こんにちは東京の武蔵野テレビ・ふれあい路線旅のスタッフでサガミックスの岡平です。君はこの家の子?」

 十朱のイケメンぶりを活かした陽動作戦だったが……、

「サガミックス? そんな変な名前のグループは知らない」

 と、よけいに疑われてしまった。使えないやつだ。

「もういい。とにかく時間を稼げ」

 俺は子猫の首筋に破魔効果のある銀の玉を、ペット用のGpS埋め込みに使う注射針で打ち込むと、さらに妖力を奪うために短刀を振り下ろした。

「斬!!」

「ミギャ~!」

 子猫がひときわ高く悲鳴を上げた。

「キャー! ゴンタロウ~!!」

 少女が悲鳴を上げ原田を蹴飛ばし、十朱の手を振り払ってかけて来た。

「処置が済んだ。撤退するぞ!」

 俺は十朱たちを促し、送迎車に向かった。

 少女には可愛そうなことをしたが、仕方がないことだ。後で役場の者から子猫にマダニ感染の疑いがあったとかなんとか言ってごまかしてもらおう。

「発見が二、三日遅れていれば大変な厄災が日本を襲うところでしたね」

 少女に顔をひっかかれた十朱と、蹴飛ばされた原田工作員も疲れた表情で車に乗り込んだ。

「出してくれ」

 俺は事情が分からず「何が起きたと?」と尋ねる運転手に答えず車を出させた。

「ウワァァァ~ン! 変な叔父さん達がゴンタロウのヒゲを切った~」

 俺達は少女と子猫の泣き声を背に受けながらその場を後にした。


        ( 第一話 妖猫 おしまい )

   
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2018年02月14日 (水) | 編集 |
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 写真は記事とは関係のないウチのめっちゃ君です。

  【 幌鷺村・大雪騒動 】 
 

「困った。まさに想定外の大雪だ。村人からはなんとかしてくれと悲鳴が上がっているが、役場の者たちが総出で雪かきをしても後から後から降り積もってどうにもできない」

 防災服に身を包んだ幌鷺(ほろさぎ)村の吉川村長は疲れ果てた様子で頭を抱えた。

 地球温暖化が叫ばれて久しいが、幌鷺村では夏も気温が上がらずで米は不作だったし、この冬は氷点下の日が続いている。温暖化どころか、どこかの学者の言っていた小氷河期が来ているんじゃないのか? 吉川はそう愚痴らずにはいられなかった。

「村長、お年寄りの多い米山地区ではもう3日間も移動販売車が来ておらず、ガスはなんとか持ちそうですが、食料が心もとなくなっています。しかも電柱が雪で倒れて電気が供給できませんので、テレビも見れずガラケーだけが頼りとか」

 助役の須藤が疲れきった顔でそう言った。

「自衛隊や県警に救援を要請しているのか」

「現在各方面に出動中だそうです。国道や幹線道路が優先とかで、もう少し待って欲しいとのことです」

「じゃあ、米山地区の人にはスノーモービルを出して、中央公民館に非難してもらえ」

「スノーモービルなんてウチの村にはないですよ。元々『椰子の実ジュースの飲める日本のパラオ』で村おこしをしていたぐらいですから、除雪車だって耕運機を改造したのが1台あるだけです」

「渓流下りのラフティング用のゴムボートならあります!」

 そう提案したのは観光広報課の女性事務員・浦部だった。

「川は凍ってるだろうが!」

「ええ、ですからソリの代わりにして犬に引かせます」

「犬?」

「例えば村長が飼ってらっしゃる大五郎君です」

 浦部が奥の村長室に設置されたアラジンの対流式セキユストーブの前で丸まっている犬を指差した。

「パグ犬に引かせると言うのか。だったら君のとこにも犬がいるだろう? 昨日バス停前のスーパーでペディグリーチャムを買ってるのを見かけたぞ」

「ウチのルーカスはトイプードルです!」

「じゃあ、大五郎とルーカスと、言い出しっぺのお前がお年寄りを乗せたゴムボートを引け」

「・・・。やっぱり無理ですね・・・」

「他に何かいい案は?」

 その時、オズオズと手を上げたのは普段は全く目立たないの総務課の久保田だった。

「実は先程、除雪車を貸してくれるという会社から電話があったんですが・・・」

「なんで早く言わない! 今やってる会議が次の慰安旅行に熱海に行こうか白浜温泉に行こうかという議題だとでも思ったのか?」

「いえその、先方がずいぶんと遠慮がちな言い方で、会社の名前も伏せていましたし、実験段階の除雪車というのも怪しく、詐欺ではないかと・・・」

「詳しく聞かないと分からないじゃないか。とにかく今はワラにもすがりたい気分なんだ。それに実験機ならタダで除雪してくれるかもしれん。電話番号は控えてあるんだろうな」

 吉川村長がとりあえず説明を聞こうと電話してみると、相手の会社はたいそう喜んでくれ、このプロジェクトは某国立大学や国が蔭で支援してくれていて、今回はデーター取りも兼ねているので、無料で引き受けるということだった。

 しかも除雪車はすぐにでもスタンバイできる状態になっており、大型バス程度の大きさながら、並の除雪車の十台分以上も性能があるということだった。

 だとすると断る理由はない。

「それは願ってもない。すぐにお願いします」

 吉川村長がそう言うと、相手企業は二つだけ条件を付けてきた。

 曰く、実験中の物だけに、企業秘密もあって作業領域の100メートル以内には近づかないようにして欲しいということ。それとデーターを取るため除雪車の走る村道を一筆書でなぞれる(つまり同じ箇所は二度通らない)ように準備して欲しいということだった。

「そりゃまあ、実験ということなら、そういうこともあるでしょう」

 吉川はなぜ一筆書きにそれ程こだわるのか不思議に思ったが、とりあえず承諾した。

 数時間後、大型ヘリに吊るされてやってきた雪上車は、少し異様な形状をしていた。

 前方にはラッセル車のような扇風機が備え付けられており、荷台にはバキュームカーのタンクを縦に付けたようなものを背負い、その周りをチューブがグルグルと囲んでまるでカタツムリのようだった。

「なるほど。こりゃあ試作機だな」

 吉川は役場の窓から、その無骨で奇妙な車を遠巻きに眺めて苦笑した。

 だが、ヘンテコな形状にもかかわらず、その除雪車はすごかった。

 というより、それは除雪車というより雪原熔解車とでもいうべき代物だった。なぜなら、

 通常の除雪車の場合は前方の大型扇風機のような装置で取り入れた雪を、そのまま周りに吹き飛ばすだけなのに対し、この車両は一旦車内に取り込んで雪を溶かし、高温のお湯にして周りにばら撒くという仕組みだったのだ。

 強力無比の破壊力で、車両の周りは湯けむりが立ち、たちまち役場前大通りはアスファルトの路面が現れた。

 それだけではない。なんとこの車は途中で電線が倒れて電気の供給の滞っている地区に車内で発電した電気を蓄電池を通して供給してくれたのだ。

 ただ、その正体が気になった。

「村長、あのタンクの側面にある黄色い『三枚羽・扇風機』のマーク、気になりませんか?」

 浦部が役場の窓から双眼鏡を覗きながら言った。

 それは吉川も少し気になっていたところだった。どこかで見たことがある。そう、それはハザードシンボルというやつだった。そういえば車の周りで作業している者たちも頭から足先まで全身を白い防塵服で覆っている。

「あれ・・・、原子力除雪車ですね・・・」

 助役の須藤がポツンと言った。

「グッ、まあいい。俺たちは何も見なかったし、聞いてもいなかった。とにかく作業が終わったらお礼を言ってさっさと帰ってもらおう」

 だが、そう簡単には終わらなかった。


 役場前の大通りにあった雪が除雪車によって綺麗に片付けられたという情報に勇気づけられた横町商店街の店主たちが「わしらも協力しよう」と一致団結し商店街の表通りの雪を除雪車が来る前に片付けてしまったのだ。

 それを見た他の地区の人達もこれにならった。

「村長、約束が違う! 除雪車の前方の雪が全部片付けられてるじゃないですか」

 役場の中に白い防塵服の男が一人、血相を変えて駆け込んできた。

「すまない。確かに片付けられてしまった場所はデーターが取れないな。急なことで住民には、よく伝達されていなかったようだ」

「そういう事じゃない。雪がないと車の中心部の温度が上がるんです。だからあれほど一筆書きができるようにコースを設定して欲しいと言ったのに。どうしよう。除雪車が雪のない場所を通る事になる」

「そうなると?」

「冷却材の雪が無いと、最悪、炉心熔解を起こして、放射能漏れと水素爆発が起こります」

 これを聞いて、役場の職員全員があんぐりと口を開けた。

「しかし、ヘリコプターで運んできた時は・・・」

「ヘリコプターには強力な冷却装置がついていたんです。でも今は冷却材の交換で基地に戻っています。すぐには引き返せない」

「まあ大変・・・」

 浦部が他人事のように言った。

「じゃあ、どうすれば・・・」

「こうなれば人海戦術しかありません。申し訳ありませんが村で動ける人は総出で除雪車0の前に雪を用意して頂きたい」

 浦部がそれを聞いて、村の防災無線室に駆け込んだ。

 戦後初めて村に総動員礼がかかった。

 雪を片付けて、ちょっと一服していた商店主達も学校の子供達も、コタツに入ってミカンを食べていたお年寄りも、パグ犬の大五郎も、トイプードルのルーカス君も、脇坂農園の牛豚もゴムボートに雪を乗せ、除雪車の前にひたすら運んだ。

 おかげで、数時間後にヘリコプターが除雪車を迎えにやって来た時には、米山地区の一番小高い山裾まで、雪はきれいに無くなっていた。

 こうして南国・幌鷺村の雪騒動は終りを迎えたが、翌日綺麗に除雪された商店街で営業している店は殆ど無く、通りは閑散としていた。

 唯一賑わっていたのは、森永整骨院で、ここには湿布薬を貰おうとする村人が列をなしていた。

           ( おしまい )



 参考までに・・・最も小型の原子炉はアメリカARSC社のUTRという機種だそうで、炉心の大きさは70cm×60cm×50cmと超小型。現在も研究用として近畿大学にあるそうです。
http://www.ele.kindai.ac.jp/utr-kinki/

   
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2017年11月15日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないシマポンママとクロちゃんです。

   【 感知器 】
 
 「猫の目は、光を感知する杆状体(かんじょうたい)が人間より発達しているものの、色を見分ける錐体(すいたい)細胞は二種類しか無いので三種類持つ人間と比べると、緑や赤が鮮やかに見えません。その為、彼らは一般的に色弱であると思われがちですが、そうとも言えないのです」

テーブの上に科学雑誌や論文を広げて、全国賃貸住宅連盟の山下会長に説明している田辺教授は、獣医学博士ではなく超常心理学者だった。

「確かに猫に花を見せても色あせた写真のようにしか見えないかもしれませんが、光を認識するのは脳なのです。人間は脳の中で、本来は入ってきた情報を遮断している可能性があり、猫は遮断しないので紫外線等は人間よりもよく見えているという研究結果もあります。まだ脳の発達過程にある幼児が、あらぬ方向を指差して笑うのもそのせいでしょう」
「そ、それはウチの孫がよくやっています」

 山下がブルっと震えた。田辺教授は満足そうに頷くと話を続けた。

「また猫はフリッカー融合頻度が高い事から人間の目には滑らかに動いているように見えるアニメーションも猫の目には高速で点滅しているだけに見えます。その能力ゆえ猫達が何もない壁を凝視している時には、そこに異物が潜んでいる可能性があると私は考えています」



 最近、連盟加入の賃貸アパート・マンションで事故物件が増えている。

 いわゆる瑕疵(かし)物件というやつで、殺人事件が起きたという様な特殊なケースだけでなく、入居者の高齢化による孤独死で何日も経ってから発見されるという場合が多い。日本では、そうした物件は予め借り手に知らせる義務があるので、多くは期間を定めて、家賃を割り引く事で、納得して借りてもらっている。

 勿論部屋で死人が出たとしても、殆どの場合何も起こらない。
 単に気持ちが悪いという精神的な理由だけだ。

 ところが中には本当に「幽霊が出た!」と言って、入居者が引っ越してしまう場合がある。こうなるとその物件は噂になり、家主はお祓いを頼んだりタダ同然の家賃設定をしなければならなかったりと苦労する。
 
 もし、予め部屋に霊が憑いていない事が証明できれば、連盟加入の家主もそれ程家賃を割り引かなくても済むし、後に噂になって苦労する事もないだろう。

 賃住連の山下会長が、著名な超常心理学者である田辺に会いに東都大学を訪れたのは、その対策を相談する為だった。

「なるほど。紫外線域も感知でき、極めてシャッター速度も早いカメラを制作して事故物件を撮影すれば、そこが何もいない部屋なのか、それともお祓いを必要とする部屋かを選別できるということになりますね」

 山下は教授の言葉をボイスレコーダーに記録しながらそう言った。

「そうですね。ただ、それだけでは十分と言えないかもしれません。山下さんは人間の中に稀に四種類の錐体細胞を持つ人がいるのを知っていますか? そういう人から見れば、我々には同じ緑に見えていても鮮やかさの異なる色に見える事があるそうです」
「ほう? 犬猫が二種類、普通の人間が三種類なのに対し四種類の錐体細胞ですか。そんな能力を持った人が存在するんですか」

「例えばサンティエゴに住む画家のConcettaさんがそうです。彼女は四色型色覚を持った人で、これは我々哺乳類の祖先が夜に活動する生活をしていたことから進化の過程で忘れてしまった能力と言われています。さらに言えば四色型色覚は性染色体のXに起因しているので女性特有とも言われています。私は、カメラにはそうした機能も追加した上で異物が感知できたら、それを通常の人間が分かる色彩に直して見せてくれたらいいと思います」

「これは面白い試みになるかもしれません。協賛してくれるメーカーにもお願いして、製作してみようと思います」

「完成したらウチの研究室にも、ぜひ一つ分けて頂きたい」


 山下会長は教授から聞いた事柄を実現させるべく、経済界のツテを頼って、長野にある精密機器メーカーでプロトタイプを製造してもらった。

 担当してくれた技術者・高畑は興奮したように「これは人類の宗教観を根底から覆させるかもしれませんよ」と言いながらかなり重いカメラを渡し、さらに実験で撮った『写っちゃった』画像をモニターに出していくつか見せてくれた。

 どうやら高畑はカメラの性能を試すため、インターネットに度々登場するいくつかの有名心霊スポットまで足を運んだらしい。カメラの大型モニターには一度見ただけでトラウマになりそうな恐ろしい亡霊が写り込んでいた。

「想像以上のものができましたね・・・」
 山下のカメラを持つ手が震えた。

「これさえあれば、会員の悩みを軽くできます。ただ賃貸物件は東京だけで約340万戸(国土交通省)あり、その中でウチの連盟に加入する物件は12万棟で50万戸。家主も7万人を超えます。これを全国で展開するには相当数のカメラが必要になってきます」

「その事に関しても手は打ってあります。会長が今持っておられるカメラは試作品で、実はこのカメラの必要最小限の機能を組み込んだモバイルができたのです」

 高畑はポケットに入るスマホ型のモバイルを見せた。
 モニターには現在彼らのいる研究室が映し出されていた。

「スマホに組み込む装置として売り出すことを考えています。今は研究室以外、映っていませんが、幽霊がいればそこに映り込みます。暗視機能もすぐれているので別の用途にも使えるでしょう。そうなれば提供料金も安くできます」

 高畑は胸を張った。

「すばらしい。ぜひお願いします。ネーミング等もお考えですか?」

「ええ、ポケットに入るモバイル型Ghost sensor,、略して『ポケ・モバ・ゴースト』でどうでしょう。ウチの社長には承諾を頂きましたが・・・」

 その安易なネーミングと、モバイルのカメラを向ければ、そこに潜む何かが見えるという機能に、山下は若干不安を覚えたが、高畑の熱意に押されてGOサインを出してしまった。

 すると案の定、京都にある某ゲーム会社からクレームが付いた。

 製品化され、連盟所属の家主の元に届くのはもう少し先になるだろう。


         (おしまい)

   
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2017年10月18日 (水) | 編集 |
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  写真は記事とは関係のないウチのめっちゃ君です。

   【 猫とトキソプラズマの関係 】
 
「君はジュネーブ議定書を知っているね。だとしたら何故こんなおぞましい物を私の前に出してきたんだ!」
 オランフ大統領は提出された書類を見て激怒し、執務室の机を叩いた。
 
「まあまあ、大統領落ち着いて下さい。君、大統領にお茶でも差し上げて」
 ハノーバー上級戦略官が慌ててとりなし、ボーイを呼んだ。

「ティーパーティは好きだが、関税はかからんだろうね」
 大統領は少し落ち着き、紅茶を飲みながら冗談を言った。
「まあ、話だけでも聞いてやろう。少しぬるいようだが君も飲み給え」
「ありがとうございます、大統領。では私はコーヒーをブラックで」
 上級戦略官は砂糖を断り、芳醇な香を楽しむと一口飲んだ。それからおもむろに書類を広げ、その説明を始めた。

「まず最初に説明をしなければなりません。これは生物兵器ではなく、治療薬です」
「ならばどうして公衆衛生局ではなく君が書類を手にしているんだ?」
「極秘だからです」

「フン、それみたまえ。どうせ軍の研究所から上がって来たものだろう。細菌か?」
「いえ、この兵器もとい治療薬はサトリ茸というキノコが原料で、インド山中のごく限られた地域から取れる貴重な物質です」
「毒キノコなのか? それをコメットマンに飲ますんというんだろう?」

「いえ、これに毒性はありません。また特定の要人が対象でもありません。紛争地域全体にばら撒くのです。培養には成功しましたが大量に必要ですし、容姿という別の問題もあるので煮沸した抽出液を薄めた物になっています。でないと、頭のてっぺんからキノコが生えますので」

「煮沸して薄めた抽出液を、ばら撒くとどうなるんだ?」
「体内に取り込まれると、論理的に話が通じるようになります。寛容さが戻り、中東では一部の先鋭的な教義の流布はなくなり、本来の平和が戻るでしょう。コメットマンは造形技術を活かして北極ではなく、南極1号とか2号を製造するようになるかもしれません」

「そんなバカな。死に至らせる毒ならともかく、人間を操る力などキノコにあるものか」
「そう言われるのではないかと思っていました。そこで補足資料も添付してあります」
 そこには『猫とトキソプラズマの関係』と書かれた資料があった。

「キノコではありませんが、生物が特定の物質で人間の感情をも操るという例としてこのトキソプラズマを上げました。これは猫を最終宿主とする寄生虫です。珍しいものではなく全人類の三分の一の体内にもいると言われています。エイズ患者や妊婦などを除けば、ほぼ無害と言われているものですが、ただこれに寄生されますと・・・」
「どうなるんだ?」
「主な症状としては、猫が好きになります。ですからまあ、人間の場合はさほど問題がないんですが、実はネズミにも寄生するんです」
「すると?」
「猫が好きになります」

「何? そうなったら・・・」
「ハイ、猫の前に平気で現れて食べられるという悲劇が起こります。つまりネズミはトキソプラズマにコントロールされ、自ら猫に命を捧げることになります」
「恐ろしいな。ネズミは寄生虫にコントロールされることがあるのか。だが人間は猫が好きになるだけなんだろう?」

「女性の場合には社交的になり、容姿にも気を使い愛情豊かになるそうですが、男性の場合は嫉妬深くなり、規則に従うのを好まなくなる事もあるとか」
「まあ、猫と共生しているような寄生虫だからな。猫の気質を投影しているのかもしれんな。で、君の言ってることを証明するような統計はあるのか?」
「フランスではトキソプラズマを持っている人が80%、日本が低くて20%ほどだそうです」

「説得力があるな。フランスで民主革命が起きたわけも、感染率の低い東洋で人間が従順なのも説明できる。だが、君は先にサトリ茸が治療薬と言ったが、トキソプラズマに害がないのであれば、なぜ今回のプロジェクトを持ってきたんだ?」
「それはですね」
 上級戦略官が紫色に着色された顕微鏡写真を取り出した。

「これは最近発見されたトキソプラズマの亜種でシープ・トキソプラズマというものです。猫を宿主とする物とは違い、羊を最終の宿主とするもので、これに感染するとドーパミンが泉のように湧き出てきます。性格も変わり、社会の規範、国際的な枠組みを極端に嫌うようになって、自分達だけが正義だと勘違いするテロリストになります。どの羊にもいるわけではありませんが、特定の地域では・・・」

「なるほど。言うことは分かった。生物が出す物質には感情までコントロールするものがあるというんだな。だから毒には毒というわけか。が、シープ・トキソプラズマの感染者だけにサトリ茸を飲ますという事は事実上不可能ではないのか?」
「ですから抽出液の薄めたものを散布するんです。するとこのキノコの出すアンチヘイトキシンという物質によって、様々な考え方を容認できるようになり、人間が丸くなります」

「しかし、今までの話を聞いているとサトリ茸を飲ますべきは偏狭な指導者だけで、むしろそれにおとなしく従う国民には猫のトキソプラズマをばら撒いた方が効果的なような・・・」
 オランフ大統領は、ハッとして目を見開いた。

「待った。まさかとは思うが、だから被験者第一号として私を選んだというオチではないだろうな。例えば先程飲んだ紅茶とかにサトリ茸の薄めたものが入っているとか」

 だが、上級戦略官は落ち着いてコーヒーを飲むと、それを否定した。
「いいえ。大統領に薄めた抽出液なんて効きませんよ。貴方には生きたサトリ茸の胞子をたっぷりと飲んでもらいました」

 その言葉に大統領は激怒した。
「なんだとハノーバー、貴様自分で言ってる事が分かっているのか!」
 オランフ大統領がティーカップを床に叩きつけたその瞬間・・・、
 ポンと頭に小さなキノコが開いた。

「許す!」
 キノコを頭に乗っけた大統領は満面の笑みを浮かべて戦略官を抱擁した。


    ( おしまい )
 
   
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