自作のショートショート小説やライトノベルを載せていきます。
2016年10月19日 (水) | 編集 |
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写真は箱取り合戦をするシマポン親子です。

   【 仮想家族 】
 
 朝の通勤時、都心に向かう京王線は珍しく混んでいて、座りきれず立っている人もいた。

 そういう人は仕方なくスマホの画面に見入っているが、椅子に腰掛けている人達は大抵、雑誌や新聞を手にしている。

 これは最近のトレンドだ。今世紀の初頭には落ち込んでいた某少年漫画誌も発行部数が初めて500万部の大台に乗ったとか。そういえば、廃刊していった雑誌の殆どが復刊したと聞く。

 あの政策「みなし法」によって、日本経済は順調に復活しているのだろう。

 8時20分。通勤快速は定刻通り京王新宿駅に到着。俺は仕事先や学校に向かう人の流れに沿って歩き出した。

 だが急ぐ必要もない。そこで少し寄り道をしてファストフード店に入り、コーヒーを一杯注文した。

 この店も新宿の一等地にあるが、ゆったりしている。店員が二人。客は数人だ。しかし見た目は閑散でとしていても売上はすごいらしい。

「ありがとうございます。ブレンド・コーヒーと、お子様・セットが二つでございますね」
店員は注文もしていないのに、家にいる子供達の為のお子様・セットを付け加えた。最近はマイ・ナンバー・カードがお財布代わりなので客の家族構成が分かるのだ。

「コーヒーの方は店内でお召し上がりになりますか?」
 俺は黙って頷いた。

「ではファミリー・セットは、ご家庭に届けたことにしておきますね。お会計は1400円になります」
 店員はブレンド・コーヒーのみをトレーに乗せて渡した。昔はこういうファストフード店で1400円も使うことは無かったが・・・と嘆息しつつも助成金が出るので、まあいいかと思いなおして時間を潰すことにした。

 10時過ぎに出社すると、20台程並べられた営業一課のパソコンは小気味よく作業中で、ただ一人部屋にいた新入社員の加藤が、俺を見つけて「吉岡さん、今日は出勤日ですか」と、嬉しそうに声をかけた。

「何か問題は?」

「いえ、すこぶる順調です。ただ、退屈で・・・」
 加藤はそこでハッとして、就業時間中に読んでいたと思われる漫画雑誌を隠した。

「かまわんさ。退屈な時は本でも読んでいればいい。そのうち、この仕事にも慣れるさ」

「恐れ入ります」
 
 この春入社した新人は、すでに大半が辞めている。

 我が社は政府系の物流会社で、仕事は簡単、給料は高く、休日出勤もない(というか、本人が望めば毎日が日曜日だ)。
 だが、人間贅沢なもので、そういう仕事は逆に辛いのだ。

 辞めた人間はどこへ行くのか? 人事部のデーターによると、故郷に帰って農業とか漁業に従事する者が多いようだ。

 彼らの気持ちはよく分かる。あの政策でがんじがらめの東京では生きている実感がわかないのだろう。

 そのせいか新聞によると、本年度・新卒者が入りたいとする会社の上位には、一昔前だとブラック企業と呼ばれた、忙しくてなかなか自由な時間もない、ハードな所がズラリと並ぶ。

 ウチの会社のように、事業の大半をコンピューター任せで、ただ見守っているだけ。顧客からクレームが出る恐れもなく政府の指令によって発送業務を(それもほぼ自動的に)行うだけの仕事は、やりがいがないのだろう。

「釣りに行きたいので帰ってもいいですか?」
 漫画本を読み終わった加藤が俺に許可を求めた。

「この時期、何が釣れるの?」

「東京湾だとイワシか小アジですね。秘書課の山名さんを誘うことにします」

 いいぞ。そのタフさがこの職場では必要だ。もしかしたら彼は来年も我が社に残っているかもしれない。

 加藤が出ていった後、一人で今月の売り上げを見ていると、部屋の中に数人の運送業者がそれぞれ大きな荷物を抱えて入ってきた。

「営業部長の吉岡さんですね。事務机とパソコン、こちらに置いてもよろしいでしょうか?」

 そういえば我が社は事業拡大の為、10人の新たな従業員を雇い入れたのだった。

 レッド・ナンバーと呼ばれる新しい従業員は出社せず、コンピューターを通じて仕事をする、幻の従業員だ。

 要するに空のデスクがまた増えるだけで、スペース的にも無駄だと思うのだが、心理的にも国の経済的上でも必要なことなのだという。

 もうお気づきかもしれないが、レッド・ナンバーは人間ではない。

 人間のマイ・ナンバーが黒なのに対し、赤い数字で表された幻の人間だ。そしてこれこそ、「仮想人類・みなし法」の骨子なのだ。


 日本の人口は2016年2月26日、減少に転じた。このままでは年金制度を維持できず、かといって移民政策には反対が強く、「産めよ増やせよ」は時代錯誤と言われる中、政府が考えだした迷策が人工知能に仮想の人格を持たせ、二級市民として最低賃金が支給されるという、「働き手・倍増計画」だったのだ。

 これを有識者会議にかけたところ、「ならばいっそうのこと、仮想の人口(仮想通貨の人間版)を増やせば良いではないかと」いう意見が出、最終的に「仮想人類・みなし法」が出来たというわけだ。

 例えば俺は現在35歳の独身だが、そういう人には強制的に仮想家族が与えられる。
 先にファストフード店で、頼んでもいない「お子様セット」を押し付けられたのはそのせいだ。ただし損はしない。仮想家族には働き手として吉岡2号(もう一人の俺)がいて、こいつがどこかの会社で働いて、入金してくれるからだ。

 人口が増える、(つまり一人の人間が生まれ、生産者や消費者となる)とはどういうことなのか? これを分析し、1歳から100歳までの平均的な物品・消費量を算出。次に20歳から70歳までの働き手としての生産量を計算し、ビッグ・データーによる、経済的な波及効果まで付け加えた上で、『ニッポニア』という政府所有のスパコンの中に数多くの仮想人格を作り上げたのだ。

 これらの仮想人格は名目上食事もするし、漫画雑誌も買う。ただしそれらは金銭が動くだけで実際には存在しない。空発注、空決算が国家単位で合法的に行われる制度といえよう。


 新しく営業部に納入されたコンピューターが順調に機能することを確認した俺は、観たい映画もあった為、少し早めに退社した。

「夫婦50割が適用されますので、二枚で2200円です」
 入り口に立つロボット従業員にマイ・ナンバー・カードをタッチすると突然、驚くべきことを言われた。

 そういえば俺は前の妻との間にできた二人の子を引取り、別の女性と結婚したというのが、家族省から送られてきた設定だった。
 
 いずれにしても仮想家族なので、相手のプロフィールもろくに見ていなかったが、俺が35歳なのに、新しい奥さんが50歳を超えていたとは・・・。

 夫婦50割はどちらかが50歳以上だと適用される。つまり奥さんの年齢は50歳以上ということしか分からない。

 だとするといったい何歳なんだろう? どうせなら女子大生くらいにしといてくれればいいのに・・・などと考えているうちに映画が終わってしまった。

 帰宅途中、スマホで調べてみると妻の名前は吉岡パナハ。岐阜県緒玉村出身の78歳趣味はカバディーを見ることとあった。

 俺はそのいい加減さにあきれ、思わず電車の中だというのに吹き出してしまった。

 しかし、聖蹟桜ヶ丘の自宅に帰ると、さらに驚くべき通知が舞い込んでいた。

「おめでとうございます! 新しい奥さんとの間に3人目のお子さんが誕生しました」と書いてある。

 確か彼女は78歳という設定だったはずでは? ずいぶんと高齢出産だなと苦笑しながらも、子供の名前を付けて登録するようにとあったので、適当に『ラオシー』と名付けておいた。

 テレビのニュースでは、「今年ついに日本の人口が15億人を突破してインドを抜きました」と報じていたが、このうちブラック・ナンバー(人間)は8000万人にすぎない。

 どこかの国が、政府のスパコン『ニッポニア』にハッキングをかけ、幻の人間をすべて消してしまったら、20世紀末のバブル崩壊より悲惨なことにならないだろうか?

 俺はふと思った。


         ( おしまい )
  

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2016年09月21日 (水) | 編集 |
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写真は記事とは関係のない、チビポンを見守っているクロちゃんです。

   【 鬼次郎金融10 リベンジポルノ 】
 
 ある日、真由美との連絡に使っているスマホのメモに驚くような内容の記載があった。

『私はこれまで保母さんになろうと努力してきました。けれどこんなことをされたら、夢は全部諦めないといけないでしょ。ステテコ登校の次はこれ? 安倍先生はあなたのことを悪霊じゃないと言われましたが、だとしたら悪魔です。お願いだから私から出ていって!』

 恨みがましい文面とともに「フェイスブックから」という画像が添えてあった。

 それは正面を見据えて不自然なポーズを取った真由美の全裸写真だった。

 もちろん俺はこんな卑劣なことはしない。だとすると第三者が介在していることになる。

 フォロワーである友人数人だけの限定公開だからといっても、パスワードに生年月日を使うという無防備さがもたらした結果だが、冗談で済まされるものではない。

 だがその前に一つだけ、払拭しておかねばならない懸念材料があった。

「もしもし、先生かい?」
 俺は真由美と俺の秘密を誰よりもよく知っている安倍に電話した。

「ひとつ聞いておきたいことがあるんだが、真由美の中にもう一人いるという可能性はないか? つまり二重人格ではなく、多重人格ということだが」
 安倍はしばらく押し黙って考えた末、「それはないと思う」と答えた。

「100%断言はできないが、今まで診察してきた私の経験則からいって可能性は低いはずだ。それに最近は君たちが協力してスマホメモを取ってくれているので、少なくとも数週間は君たち以外の人格が乗っ取りを図ったと思えない」

 俺はそれだけ聞くと「何があったんだ? 言え」という安倍からの質問を「後で話す」と言って電話を切り、開店前の栄子のガールズ・バーに向かった。仲間の力を借りて、早急に悪意ある合成画像(!)を作った犯人を見つけ出す必要があったからだ。


「これはいわゆるリベンジポルノというやつっすねえ。真由美さんにふられた元彼氏とかが嫌がらせにやってんすよ」
 栄子が常識的な判断をした。

「だが俺の知る限り、真由美に彼氏がいたことはない」
「そらまあ、何かっちゅうと姉(あね)さんが出てきはるんやもん。彼氏ができるわけ・・・」
 従業員(その1)の鈴木がよけいな突っ込みを入れたので、ポカッと叩いておいた。

「もしかすると真由美さんというより、姉(あね)さんの方に恨みを抱いている者ということかも・・・。となると、犯人の特定が難しいっすね」
 それはそうだろう。俺に恨みを抱いているやつは数十人を下らない。

「その中で可能性の高いのは、真由美を監禁しようとして失敗し慰謝料をふんだくられた宗教団体。フィッシング詐欺に仕返しをしてやったヘンテコ商会。栄子のガールズ・バーを乗っ取ろうとして、直接対決で潰したライバル店・店長。内容のない講義を指摘してやった某国立大教授。直接焼きをいれてやったスピリチュアル詐欺の祥剣采(しょうけんさい)。同じように制裁を下したストーカー野郎で元アルバイト先の上司・山田・・・」

「山田!」

 俺と栄子は顔を見合わせた。

 FBIのプロファイラーでも、この種の犯罪行為を行う可能性が一番高いのはこの男と推測するだろう。

 しかも放っておくとフェイスブックに留まらず他のサイトにも写真をばらまきかねない。だが、確固たる証拠がなければどうにもできないのが辛いところだ。

 そう思いながら唯一の手がかりと思える画像を見ると、奇妙な事に気付いた。

「この正面を見据えている写真は免許証か履歴書に貼る写真っすねえ」
 栄子がそう言った。しかし俺が違和感を感じたのは、首から下の方だった。

「それもそうだが、この体の部分はよく見ると人間じゃないぞ」
 それは某等身大ドールメーカーが製造する、ひと目では人間と見分けがつかない精巧な高級フィギュアの体だったのだ。

「こういう高額なフィギュアを持っているマニアはすぐに分かるんじゃないっすか?」
 栄子の指摘は当然だが、そう簡単ではない。この種の高級フィギュアは未だに偏見が強く、誰が購入したかは、本人が語らない限り分からないようになっているものだ。

 殺人事件絡みで裁判所からの強制捜査でも入らない限りメーカーも個人情報を渡さない。ましてこの犯人が単にインターネットから引き出した画像を合成しただけという可能性もあるのだ。

「写真画像からは特定できないか・・・」 
 俺がそう呟いた時、鈴木がヘラヘラ笑った。

「簡単に分かりますよ。ただアカウントに変な工作をしてへんかったらですけどね」
 そういえば鈴木はハッキングの天才で、以前俺にその技術を少し伝授してくれたことがあった。

 鈴木によれば、誰かが成りすましでログインしても、その記録は残る。つまりはサーバーから犯人のアカウントを記録し、そのアカウントでアクセスした全てのサイトを調べれば山田かどうかを特定できるというのだ。

「その前に、この顔写真の類似画像が他の場所に使われていないか探らんとあかんか・・・」
 鈴木はグーグルの画像認識プログラムを使って、エロサイト等にも同じ、もしくは類似の写真が流されていないか検索をした。

「どうやら、まだそこまではやっとらんようですわ。ほなアカウント検索っと」

 鈴木はたちどころに同じアカウントによるアクセス先を調べ、犯人が立ち上げている幾つかのブログやミクシー、フェイスブック、ツイッターを見つけ出した。

「やっぱ、このアカウントは山田はんのもんに間違いなさそうや」

 鈴木がパソコン画面に出したのは山田のフェイスブックで、会社での活躍ぶりや、奥さんと台湾旅行に行った時の楽しそうな顔の写真が並んでいた。

「それだけやないで。山田はんは別にアパートを借りとったみたいで、こっちのブログのタイトルは『ボクの秘密部屋♡』や」

 そこには山田の顔は一切写っておらず、代わりに裸エプロンやバニーガールの格好をさせた等身大フィギュアが毎回UPされていた。

 さらに鈴木が山田のパソコンに侵入すると、そこにはデーター化された今回の真由美の写真が制作過程も含めて記録されており、さらに製作中の新・真由美エロ写真まであった。

「はあー、これは決定的っすね」栄子がため息をついた。

「この卑劣やろうが! 奥さんがいる上、等身大ドールまで購入しても飽き足らず、未だに真由美に執着しやがって。どうしてくれよう」

 俺はまず、山田のPCから真弓に関するデーターをすべて抜き出し記録すると、やつのPC上にある同じデーターは消去。

 それからフェイスブックには『ボクの秘密部屋♡』の記事を全てリンク。さらに、『ボクの秘密部屋♡』に集まるブロ友に向けて、やつの本性をさらすべく、最新記事で「楽しいリベンジポルノ」を付け足し、顔はわからなくした真由美の写真を、ブロ友達が愛すべきドールと合体させて悪事を働く様子をUP.。

 ついでに「NEVERのまとめ」には山田の笑顔写真付きでで『Hな合成写真・作り方まとめ』を載せておいた。

「これでよし。やつは社会的偏見をなくそうと努力しているドール愛好家達からも強烈な非難を受けるはずだ。それと真由美の方には安倍先生から誤解を解いてもらうとしよう」

「姉(あね)さんを怒らせたら大変っすねえ・・・」

 栄子が苦笑した。

      (第10話・リベンジポルノ おしまい)

 

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2016年08月24日 (水) | 編集 |
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     写真は部屋を占領するシマポン親子です。

   【 ウィークポイント 】
 
 京都に本社がある御桂(おかつら)屋、は老舗の鬘(かつら)会社だ。

 明治4年に断髪令が出た時、当時染物屋をしていたご先祖さんが「これは商売になる」と思い立ち、開業した。

 以来145年間、地元で髪の薄い旦那衆から「おけーはん(さん)」と親しまれ、近年では年配婦人向けウィッグを中心として営業を続けてきたが、最近はア◯ランスやア―◯ネー◯ャーといった大手に押され、倒産の危機にある。

 俺の代で廃業かと腹をくくっていたら、大学時代の飲み友達、櫻井が良い話を持って来てくれた。

 彼は俺と違って学業だけは優秀で、大学に残りヘッドギアによるパソコン入力法を研究していたのだが、高性能な薄型センサーを開発したとかで、これをウィッグに埋め込めないかと相談してきたのだ。

 例えば現在、手が不自由で、しかも話すことも出来ない人はパソコン入力を目で行っている。センサーカメラがその人の目線を追い、50音のどこをみているのか、あるいはyesかnoかといった感情を読み取る仕組みだ。

 しかし、このやり方では時間がかかり本人にもストレスがかかる。そこで櫻井は、頭の中に思いたった言葉を脳波として、直接読み取る研究をしていたのだ。

 しかも櫻井は文節単位で読み取る方法まで考えついていた。

 カツオシDが書いた「不条理な弱点」という本を読んでもらうだけでいいのだ。

 この本は簡潔な文章で書かれたショートショートで『てにをは』が比較的しっかりしている。

 これを、予め数十人の学生アルバイトに読んでもらい、個人差を記録。後は自由に脳内で言葉を思い浮かべるだけで、モニターに文字として映し出されるというわけだ。

 将来は装置を小型化して音声を発せられるところまでやりたいという。

 まことにありがたいお誘いだが、一つ懸念があった。

「こんなええ話をなんで大手に頼まんと、ウチに持ってきてくれたんや?」

 俺は学生時代、櫻井の方から飲みに誘いながら、支払いの段になって「スマンが、今日は持ち合わせがない」と開き直ったので呆れた経験がある。こいつは友情のために一肌脱ぐというような、義侠心など端(はな)から持ち合わせていない男なのだ。

 そう突っ込まれると櫻井は渋々本音を語った。

 特殊な医療用の場合、需要が限られているため、国からの補助でもない限り大手に頼めないのだという。

 と、いうことは当然ウチでも赤字になる。

 単に、ウイッグにセンサーを取り付けるだけと思うなかれ、常に01ミリ単位で脳のポイントにしっかり固着させねばならないウィッグを作るというのは至難の業なのだ。
 
 しかし俺は会社の存続をかけて櫻井の話に乗ることにした。

 特殊な医療用どころか、これは将来、世界のパソコン事情を根底から覆す、革命的な商品になると考えたからだ。

 眼鏡やコンタクトレンズに組み込んだ小型モニターと連動させれば、人は歩きスマホからも開放される。

 世界中の人が通訳無しでコミニュケーションもとれるし、情報も即座に得られよう。うまくいけば、御桂屋は任◯堂、京◯ラに続く京都発の世界企業になれるだろう。

 そこで妻を含む全社員8名から、猛烈な抗議を受けながらもクーラーの取り換え工事を断念。社員旅行も台湾から城崎に変えるなどして開発資金460万円を捻出した。

 しかも、年配婦人向けウィッグの新商品開発主任を、この秘密プロジェクトに回したために取引先から「売れてまへんで! はよ、新作出しなはれ」と嫌味を言われてもがんばってきたのだ。

 10ヶ月後、ようやくベーター版(市場に出す前に試用する製品)の完成にこぎつけた。

 連絡を受けて大学からやって来た櫻井と、俺自身で試してみた結果は上々。

 常務(妻)のスマホにも「どうやろう? 俺が考えてる事がそっちで読み取れるかいな。本日は晴天なり晴天なり」という言葉が映し出された。

 これには、今回の開発に渋い顔をしていた妻も「もしかしたら、これは売れるかもしれんなあ」と言い出した。

 妻によれば、今まで鬘を付けると周りから笑われるかもしれないと、消極的だった髪の薄い男性も、脳波でパソコンを操るのに必要不可欠だからという理由で、堂々と御桂屋の鬘(ウィッグ)を身につけてくれるかもしれない。

 しかも一般のウィッグと違って付加価値が高い分、割高なので相当な利益をあげられるかもしれないというのだ。

 完成も間近。ここまで来たら、まずは医療用。そして一般向けに大量生産にかかるだけ。

 櫻井は喜んで、今日は久しぶりに二人で飲もうと誘った。

 勿論、櫻井が飲み代を払わないことは百も承知だったが、俺は今日ばかりはやつの誘いに乗ることにした。

 今までずっと倹約していたのだ。少しだけ羽目をはずしてもよかろうと、安いキャバレーと馴染みのスナック美智代を梯子した。

「あれ、久しぶり。なんかちょっと若なりはったんと違う?」

 店に入るなりスナックのママがそう言った。実は櫻井も俺も試用品のウィッグを付けたままだったので、5歳位は若く見えたようなのだ。

 中年男がこのウィッグを着用して女性からどう見えるか。これは非常に重要なことで、飲みに行くというのも仕事のうちだ。気持よく酒を飲みながら、帰ったら妻にはそう言おうと俺は考えを巡らせた。


 家に戻ると案の定、妻の機嫌は悪かったが、俺はこれも仕事のうちで大衆酒場の女店員にも違和感なく見られたと話した。

 それにしても、この商品の開発のために1年近く酒を絶ってがんばってきたのだ。

 なんでこんな言い訳をくどくどせにゃいかんのか。

 さっきのキャバレーの若い子のみたいに抱きついて、ほっぺにチューをしろとは言わへんが、スナック美智代のママさんみたいに帰ったらオシボリの一つくらい出してくれたらええのに。

 だいたいそんな仏頂面してるから飲みに行きたなるんやで。そう思いながら、俺はハッとした。

 妻がじっとスマホを見ていたのだ。

「なるほど。これ便利やねえ・・・。そんなこと思うてはったんかいな」

 マズイ! これは少し制御しないと。思ったことがなんでも文字になるのはトラブルの原因になる。

 しかし、この場はなんとか繕わなければ。と、思って・・・、

「なるほど。ウィッグだけにウィックポイントがあった・・・なんちゃって」という冗談を頭に描いてみたが、妻はモニターに現れた文字に「フンッ」と反応しただけで、その目は全然笑っていなかった。

            ( おしまい )
 

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2016年07月25日 (月) | 編集 |
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      写真はオモチャに飽きたウチのチビポンです。

   【 202X年の医療事情 】
 
 
 国家財政の事実上の破綻、それは少し考えれば誰にでも予測できることだった。

 国の借金が一千兆円を超えたこと、さらに日本を代表する銀行が国債の応札義務がある「プライマリー・ディーラー」の資格返上という動きが、すでに暗示していたのだ。

 ここに来て政府は国債の「デフォルト」という最悪の自体を回避するために、強硬な手段を取った。すなわち社会保障費の大幅カットである。
ことに近年増大していた医療費に関しては大鉈が振るわれた。その結果が・・・。


「いらっしゃいませ。こちらに健康保険証をタッチし、診察券のある方は続けてタッチして下さい」

 クリニックのドアを開けると、一台の『ヘッパー君』がそう言いながら側に寄って来た。『ヘッパー君』は某通信会社が開発した汎用性のある人型ロボットだ。

 ロボットなのに変に人間臭くて、あまり可愛くない。

 少し前まで、受付には顔なじみの看護師・山野さんが座っていて、俺の顔を見るなり、「田端さん今日はどうされました?」と、にこやかに応対してくれたものだ。それが、経費削減のためか、ロボットの受付に変わったようだ。

 そういえば、このクリニックも医療改革の後、全国に出来たメディカル・カンパニーに買い取られたと聞いた。俺は、これも時代の流れかとため息をつきながらロボットの胸についた端末で「頭が痛い」とか、「熱が少しある」とかの項目に答え、順番が来るのを待った。

 待合室には十人ほどいたが、意外に早く小型の『ヘッパー君』が迎えに来た。

 まさか診察してくれるのも『ヘッパー君』? と不安になったが、診察室に座っていたのは、先日まで受け付けにいた山野さんだった。

「あれ田端さん、今日はどうされました?」

 医師用の白衣を着た山野さんがにこやかに応対してくれた。

「山野さんは、お医者さんだったんですか。僕はまた看護師さんだとばかり・・・」

 そう言いかけると彼女は、

「いえいえ、私は看護師ですよ。お医者さんはこちらにおられます」とコンピューターを指差した。

 モニターには名医を絵に書いたような、というより絵そのもののドクターが映しだされていた。

「うちのメディカル・カンパニーのコンピュータには、世界中の名医と呼ばれるお医者さんが、問診により隠れた病を見抜く『技』がすべてデーター化されています。さらに、モニターの後ろにはインターネットを通して熟練したドクターが見守っているので私はコンピューターの指示通りに動くだけで、99.9999%の確率で誤診なく診察できるようになっているんですよ」

 山野さんはそう説明してくれた。

 確かに昔テレビで観た医療番組では、誤診によって重篤な状態に陥ったり、何人もの医師に診察されながら治らず、最後に診てもらった名医によって初めて真の病名が分かるといったものがあった。

 病院を転々とし、何度も血液検査されたり、X線照射されながらも病名がわからないのは苦痛だ。

 だからこそ、誰もが最初から名医に診断してもらいたがる。

 しかし、そういう所は長期間待たされたり、あるいは紹介がなくては診てもらえないということが多かった。

 それがメディカル・カンパニーの系列クリニックでは、最初から名医が診断する手順がデーター化されているので、対応するのが看護師一人でも最高の診察が受けられるというわけだ。

「大丈夫。田端さんの病名は通常の風邪ひきだと診断されました。ただし、風邪という病気は実は何千種類もの疾患の総称ですから、今の症状と体質にあった薬を出しておきますね」

 そう言いながら山野さんは、これもインターネットに接続されたメディスン・アウトレット・マシンから薬を取り出した。

「本日の診察料は健康保険5割負担で、薬代、税金込み640円です。料金は通信代引き落としの中で一緒に請求されます。ありがとうございました」

 いつのまにか背後にいた『ヘッパー君』がそう告げた。

 どうにも味気ない対応だが、診断自体は正確だったと見えて、翌日には全快した。

 しかし、この調子だとメディカル・カンパニーは山野さん自体もリストラするのではないだろうか? 

 俺はニュートラムが普及し始めた頃、何もしない職員が運転台に座っていたことを思い出した。その職員はいつの間にかいなくなり、今は無人で運行されている。

 案の定、数カ月後に別の病気でそのクリニックに行くと、診察室に座っていたのは、聴診器を手にした『ヘッパー君』だった。

          
               ( おしまい )


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2016年06月29日 (水) | 編集 |
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      写真はビニールに頭を突っ込み困っているウチのクロちゃんです。

   【 猫にとっての幸福論 】
 
  ラッセルによれば、人間の幸せとは食と住、健康、愛情、仕事上の成功と仲間からの尊敬が欠けずにあることなのに対し、動物の場合は健康で、食べ物が豊富にあれば幸福なのだそうだ。はたしてそう単純なものだろうか。

 気が付くと俺は路地裏の空き地にいた。
 ここにたむろする猫は数匹。空き地のボスである大柄なトラ猫・ゴン太。その地位を狙うブタ猫・シロ。メス猫のクロエとミケタン。それから風来坊の俺・通称はっちゃんだ。

 俺は雄猫とはいえ、ゴン太やシロのように粗暴ではなく、どちらかといえば理知的なので、地域猫ボランティアの人から与えてくれるカリカリも最後に食べる。食料は十分にあるし、健康だがあまり幸福感はない。

 クロエやミケタンからのペロペロはないし、誰からも何も期待をされない。つまり俺の場合は、愛情も仕事も仲間からの尊敬もないという状態なのだ。ラッセルは動物を一括りにしたが、少なくとも猫のような高等動物に単純な幸福の条件は当てはまらないと思う。

 さらにいえば、俺には本能に根ざした充足感があまりない。
 腹を減らしながら獲物(ネズ公)を追い詰め、鋭く研いだ爪を突き立て、牙で止めを刺す。
 ハンティングにおける高揚感、すなわち目標達成への過程の幸せが欠け落ちているのだ。

 とはいえ、カリカリが貰えるだから、その点では恵まれているし、与えられる餌が正直、生肉よりもうまいことは事実だ。では他のメンバー達はどう思っているのだろうか。

 人間と違い言葉を持たない猫のこと、推測でしかないが、おそらく空き地に君臨するボス猫のゴン太なども退屈さを感じていると思われる。彼の場合はアランの言う「王は退屈する」というやつだろうが、いずれにせよ人間の幸福感と似通っているというべきだろう。

 いつもゴンタに戦いを挑んでいるシロの場合はどうだろう。
 俺はシロがゴン太の目を盗んでミケタンとこっそり情事を重ねているのも知っている。

 彼の場合、食料、健康、愛情が揃っているので満足しても良さそうなものだが、いつも眉間にしわを寄せ、すきあらばこの空き地のボスになろうと画策しているのだ。

 負けず嫌いなのだろう。ラッセルはそういった場合、結果は受け入れるべきで、他の人(猫)とは違った道を求めるべきだと言っている。
 しかし、すぐにあきらめてしまうのも問題だというので、案外シロの行動はしっかりとした猫道を歩んでいるのかもしれない。
 
 一方、俺の場合は問題が多い。戦いを避け続けて来たことで、この空き地における地位は最悪。
 クロエのそばに寄っただけで彼女からネコパンチを食らわされる始末だ。
 
 ならば、この状況を打破するために、一度行動を起こさねばなるまい。
 天は自ら助くる者を助く。望むものを手に入れたければ山をよじ登らねばならない。
 
 無論、ゴン太やシロにそのまま立ち向かったとしても勝てるわけもない。
 要は彼らを去勢手術で、おとなしい猫にしてやればいいわけだ。

 俺は地域のボランティアの人たちが、避妊去勢手術の為に仕掛けた箱の前で、いかにも美味しい肉を食べたという演技をしてみせた。
 すると、日頃は警戒心の強いゴン太が、乱暴に俺を押しのけて箱に入り、まんまと捕まったのだ。

 俺が罪の意識を感じたかって? 
 ぜんぜん。これは、しょうがないことなのだ。

 しかし、ゴン太が騒いだためにシロをもうひとつの箱に押しこむのは失敗。
 ゴン太も手術を済ませると、すぐに帰ってきたし、結局、俺が最下位の地位であるのは変わらなかった。
 いくら考えてもどうにもならないこともある。「まあ、いいか」と思うことにした。


「なるほど。高梨君のおかげで興味深く猫における幸福感を観察させてもらったよ」

 急に頭上が明るくなり、目を覚ますと俺は研究室の中にいた。
 頭頂に電極がいっぱい付いたヘルメットが被せられている。

 ここは動物の行動学をバーチャル空間で観察する施設で、俺は博士の雇われ助手なのだった。

 では、次は『大海を漂うクラゲは空間幾何学を理解し得るか』というテーマで、バーチャル実験をやってみよう。
 博士は喜々として次のプログラムにとりかかった。

 猫の場合は結構疲れたが、クラゲだったら楽そうだし、それでいてお金が稼げるので俺は構わないが、バーチャルは本物ではないし、そもそもクラゲに脳なんてあるんだろうか・・・。

 俺はふと、この研究に疑問を持った。

     ( おしまい )

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